第54話 嵐の予感
◇
王都エラドラのギルド本部。
冒険者ギルド幹部のジェイコブは、いつものように自分に割り当てられた執務室で膨大な量の書類を捌いていた。
ギルド員の不祥事、イレギュラーな依頼、新たな人員の確保……。
やらなくてはならない仕事はいくらでもある。
ジェイコブの目の下にはクッキリとした色の濃い隈が浮かび、彼の疲労を物語っている。
サラサラと書類にサインを入れ、未処理の書類の山を見て大きなため息。
毎度思うのだが、この殺人的な業務量はどうにかならないのだろうか?
眠い目をこすりながらすっかり冷めた紅茶に口をつけ……。
突然執務室のドアが物凄い勢いで開かれた。
「ジェイコブはいるか?」
そういってズカズカと執務室に入り込んできたのは、ギルドマスターのハザン・バーナム。
どうやら彼にドアを”ノックする”という常識は通用しないらしい。
ジェイコブは特大のため息を吐き出して、ゆっくりと立ち上がった。
「……なんのようですかギルドマスター。どうせろくでもない事でしょう?」
「おう、よくわかったな」
「あなたが私を探すときってのは、大抵ろくでもない事件が起こったときですから……それで、何があったんです?」
疲れ切った表情を浮かべるジェイコブに、ギルドマスターはソレを告げる。
「戦だ……フスティシアがグランツに仕掛けるとよ」
疲れて眠たげだったジェイコブの目が鋭くなる。
「……その情報は…確かですか?」
「あぁ、残念ながらな」
ジェイコブはイライラと髪の毛をかきあげて、大きなため息をついた。
長き歴史を持ち、世界を救った勇者の生まれ故郷でもある ”騎士の国” フスティシア王国。
周囲の弱小国家を恐るべきスピードで飲み込んで、瞬く間に巨大な国家を形成した ”革命の女帝”率いるグランツ帝国。
両国ともその勢力は絶大。
フスティシアとグランツの衝突は、事実上世界の覇権をめぐる戦ともいえる。
「……結果がどうなるにせよ、被害は甚大になります。仕掛けるのはフスティシアでしたか…騎士の国は何を考えているのでしょうか?」
ジェイコブの言葉に、ハザンは苦い顔をする。
「勇者だろう。やはり」
「……なるほど」
今や勇者カインはフスティシアの騎士長であると聞く。
騎士の国と呼ばれるフスティシアにとって、”騎士”という称号の意味は重い。
その騎士たちを束ねる長……実質的な権力は凄まじいものだろう。
そしてカインは、魔王を滅ぼしたという強大な戦力であり、”勇者”という実績で民の心をがっつりつかんでいる。
勇者が所属するフスティシアとグランツ帝国との戦であれば、他国は勇者の所属する国を応援することになるだろう……。
世界を揺るがす戦力とカリスマ。
フスティシアが世界をとるのなら、今しかない……。
「国家間の争いにギルドは介入できない……だが、周辺国家の被害を最小限にするように動くことはできる……急ぐぞジェイコブ」
「……そうですね。歯がゆいですが」
そう言いながら、ジェイコブの脳裏に浮かぶのは、身の丈ほどの大きさのバトルアクスを背負った女戦士の姿。
マーヤは、この事を知っているのだろうか?
◇
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