第51話 吹雪

 ”緋色の死神”


 その単語を聞いた瞬間、マーヤは近くに立てかけてあったバトルアックスを掴み、後方に飛び跳ねてマオと距離を取った。


 いつでも切りかかれるように瞬時に臨戦態勢を整え、彼を睨みつける。


 しかし、対するマオは涼し気な顔でクイっと酒を飲むと落ち着いた声でマーヤを制した。


「落ち着けマーヤ。お前を殺すつもりならいくらでもチャンスはあったろう? 今の俺に戦う意志は無い……あの下らん取引通り、人里から離れたこの地で一人暮らしている」


 あの日、ジェイコブが提案した取引。


 緋色の死神が人里に近寄らない限りギルドからは一切干渉しないという取引を、緋色の死神はあっさりと承諾した。


 噂に聞く大量殺人の怪物だとは思えぬほどあっさりとだ。


 マーヤは警戒しつつも武装を解き、席に座る。


「ほら、酒を飲め。多少は体が温まるだろうよ」


「……そうだな。飲まなきゃやってられねえや」


 小さくため息をつくと、コップに並々と注がれた酒を一気に飲み干した。


 その様子を面白そうに見つめるマオは、空になったマーヤのコップに酒を注ぐ。


「……で、説明する気はあるのか? なぜアタシを助けたのかを」


「気まぐれだよ。何かお前とは不思議な縁がある気がしてな。それ以上でもそれ以下でも無い」


 マーヤの鋭い視線をさらりと受け流すマオ。どうやら本当に敵対する意思は無いらしい。


 マオは火にかけたスープの様子を見てうなずいた。

 

「そら、スープが煮えたみたいだ……食うか?それとも死神が作った飯は怖くて食えないか?」


 挑発的な言葉に、マーヤは歯をむき出しにして獰猛に笑う。


「食うさ。料理に罪はねえ」









 深皿にたっぷりと注がれた赤いスープ。


 マオいわく、動物の血と塩水を混ぜた液体に肉と香草を入れた料理らしい。


 湯気の立つほかほかのスープ。


 皿を持つ手がじんわりと温かい。


 匂いをかぐと、強い香草の香りとほのかに血が香る。


 スプーンでそのドロドロのスープをすくって一口。


 目を大きく見開いて驚く。


 スープに血生臭さはほとんどなく、こってりと濃厚で非常にうまかった。


 後味でわずかに鉄の風味がするが、それすらもアクセントになっている。


 適当に作っているように見えたが、非常に完成度の高い料理だ。


 一緒に煮込まれた肉の塊も柔らかく煮えており、噛むとホロホロと口の中で崩れる。


 たまらずコップの酒を一気に飲み干す。


 口に残ったスープの濃厚な味を、スッキリとした味わいの酒が洗い流し、口内をリセットさせてくれる。


 これは、うまい。


 いくらでも食べられそうだ。


 ガツガツとスープを食らうマーヤを見ながら、マオはゆっくりとスープを啜り、説明をする。


「これは獅子族の友が教えてくれた料理だ……ふふっ、どうやら気に入ったようだな」


「獅子族の……なるほど。亜人種の料理も奥が深いな」


 考えてみれば、これまで亜人種の料理を食べたことがなかった。勝手に、人間の口には合わないのだろうと候補から除外していたのだろう。


「……スープはうまかった…ありがとう。それから吹雪から救ってくれたことにも感謝してる」


 マーヤの言葉に、マオは肩をすくめる。


「緋色の死神、結局お前は何なんだ?」


「それを答えるほど気を許してはいないな。また会うような事があれば話してやろう」


「アタシは旅人だ。もう会うことは無いだろうさ」


「それはどうかな? ふふっ、さっきも言ったが、お前とは奇妙な縁を感じるんだ」

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