第22話   おふくろさん

 忘年会が終わって二週間も過ぎると、もう新年会で又集合致します。

大した活動をするでもなく、ただただ楽しく飲んでばかりの会なのに、町内にも結構知られるようにもなって、馬さんは道で会う人達からも師匠師匠と呼ばれるようになりました。あくまでものせられていることや、洒落で遊んでいるのだということはよく承知しているものの、本心ではやはり気恥ずかしいものがありました。


 落研を作る以前にも、誰かが洒落で言ってくれた事もありましたが、それはその場限りのものでありました。 しかしどうやら今度からは定着しそうな感じで、誰かがチクショーと叫んでも私にはシショーと聞こえることがよくありまして。


 そんな具合でしたから生活の中にまで「落研」が入り込んで来て、馬さんは益々それらしく振舞おうとしましたし、私は私で、自分は噺はやらないくせに何とか皆の芸が上達するようにと、教育ママの如くあれこれ指導に口出しをしたり、生意気にも、会の大喜利の台本を書いてやろう等と、言葉をあれこれもじったり駄洒落の研究をしてみたり致しました。

 

 何を思ったのか、忘年会の席で浦辺さんが、来年こそは真剣に落語を研究する会にしようと訴えまして。明けてこの新年会を、皆は決起集会のように考えて、各々が自分の目標とする所を述べ、それを新年の誓いとする事に致しました。相変わらずの人達の目標とする事は、とうてい無理としか言いようのないものでありましたが・・・。



  その目標はそこそこにして、ちょいと二次会に行った時の様子のご紹介を。

カラオケスナックで二次会だなんて私には初めての体験でして、それはまぁ何と楽しかったことか。ゆったりとしたソファーに腰を下ろして天井を見ると、キラキラと照明が美しい。これが人から聞いていたミラーボールというものだったんですねえ。少し高くなったステージに上がると、誰もが皆アイドル歌手や演歌の女王に変身してしまうのですから、もう最高! でして。


 サワーを勧められて飲んでいると、あれっ何処かで長淵剛が歌っているではありませんか。思わず「え、本物?」と思ってステージを見ると、何とそれは浦辺さんではありませんか。「おっさん、いいぞ! 」の声さえかからなければ、薄暗い照明の中で浦辺さんは長淵剛でいられたことでしょう。


 榎木さんと広原さんは「釜山港へ帰れ」を韓国語で歌いながら、勉強した会話を披露しています。韓国語の次に島原さんが「思い出のサンフランシスコ」を英語で歌い、「無理すんなぁ。スワヒリ語じゃぁ分かんねえゾ」とやじられていますが、本当に酔いが回ってきているから英語か何語か分かりません。


 それでは僕が、と弦巻さんがその気になって若者に人気の曲を選び、早いテンポにのせて身体を揺らして踊りだしました。しかし鬼頭さんと鍋さんを見ると、ついていけないねえと言いたげな顔をしていましたが、そこに武田さんが「ひばりの佐渡情話」を歌い出したら急に二人は元気になり、皆で武田さんの真似をして「ひばりちゃーん」「お嬢! 」と声をかけてやると「ん。あ・り・が・と」と、ひばりになりきって礼を言うのですから、武田さんも相当な度胸でしょ。


 小野田さんはニコニコしながらウーロン茶を飲み、ビールを勧める真似をすると、

 「アタシもう飲めません、ウイーッ」

 と倒れて見せ、「鍋さんも一曲」と勧められると

 「私は落語以外はどうも、得意なものはありませんでねえ」

 とやんわり断ってウイスキーをグビグビ。 


 佐川さんは得意の杉良太郎の「なやみ」、馬さんは「片恋酒」を歌うと、次に浦辺さんが森進一の真似で(物まねのコロッケの特技)「おふくろさん」を歌ったのでありますが、これがまた馬鹿馬鹿しいほど可笑しくて、顔を見ただけで吹き出してしまいます。

 皆にはもう慣れっこで「あいつ又馬鹿やってる」という顔をしていましたが、私には初めてのことでして、余りの可笑しさで飲んだものを全部ふいてしまいました。


 

 「おふくろさんよ、おふくろさん」身体を揺すりながらガチャガチャに潰した顔は、まるでテレビで見たガラパゴス諸島の大トカゲのようでして。 曲の終わりではグーンと盛り上がり「傘になれよと教えてくれた貴女の貴女の真実―っ」と、息を止めずにずっと声を伸ばしながら、身体を斜め四十度まで倒し、大トカゲがひどい便秘でもがき苦しみ、やっと死ぬ寸前に堅い岩のような便が出た安堵の顔で「忘れはしなーい」と叫び、元の姿勢に戻る、という何ともおかしく苦しい歌でありました。



 この歌には笑い過ぎて涙がボロボロ、鼻水まで流して笑いころげた私。もし自分の二人の息子が母を慕っておふくろさんと呼んでくれたって、とてもこんな顔をされたんじゃぁ「アタシャ、アンタを生んだ覚えはないよ」としらを切り通してやりたいと思う程でして。例え血液鑑定証まで付けて「アンタの子でしょ」と言われたって、絶対に母のプライドが許すもんですか、とつっぱねたい程でありました。



 せっかくの大喜びの中、ゲゲ、鬼頭さんの面白くも何とも無い歌が! 天国の花園で宴会をしていた私達は、突然地獄の血の海に突き落とされてしまいました。鬼頭さんの歌声は皆も初めて聞いたけれど、『異国の丘』の「我慢だ待ってろ・・」の歌詞には全員で「すみません」と頭を垂れてしまうような、お説教がましい歌に聞こえまして。

 

 このまま沈んだ気分で解散したくないなと思っていた時、またも弦巻さんが流行の曲を歌って、間奏には腰をくねくねさせて、ちょっぴりセクシーに踊りだしました。

 皆にいいぞいいぞと乗せられると更に調子に乗って、下半身を前に突き出したりグルグル回したりして見せました。


 するとやんやの喝采の中で「ぎゃー」と叫んでバッタリ倒れたのでありました。あああ・・ギックリ腰!苦しくて死にそうな顔が、何とも哀れで仕方ありません。でも、彼が救急車で運ばれ姿が見えなくなると、浦辺さんの森進一の顔を思い出し、皆は又おかしさで大騒ぎになりました。



 飲み会で「バーロー」の台詞が聞かれずに弦巻さんが帰ったのは、とても珍しい事でしたが、やっぱりベロベロに酔って帰ってくれた方がよかったかな。

こんな時、親切に救急車に付き添って行ってあげるのは、やはり佐川さんでありました。

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