第16話 飲み会は楽し

 皆のことをもうだいぶ暴露してしまいましたから、彼らの向上心がどれ程のものだったかなど、詳しくお話しなくとも想像するにいと安し、でございましょう。

精一杯張り切るのは練習ではなく、寄席を計画することばかりなのですから、とても始末に悪い人達でありまして。 


 折角集合したとしても練習らしきものはほんのちょっとで、あとは会費から用意されたビールをグビグビ。町内の噂話からギャンブルの話で盛り上がり、榎木さんの下ネタ話なんぞでは時間が許されれば、いつまでも尽きることがないようでして。



 そんな様子でありましたから、噺も上達する訳がありません。適当に時間が過ぎて行くと、必ず広原さんの所で一杯どうですかとなるのであります。だんだんそれが当たり前のようになって、仕事で遅くなったとか忙しかったからとか言い訳をしながらも、いちおう集まることは集まって、飲み会へレッツ・ゴーと相成ります。



 もともと馬さんはこの会の目的を、噺家の養成などとは思ってもいませんで。皆が熱心に持ち上げてくれて、師匠師匠と甘い言葉でくすぐってくれるので、それに対するほんのお礼のつもりで、小噺を幾つか覚えてもらい宴会などで披露出来ればいいなぁ、と思う程度でありまして、万が一にもきちんと噺らしい噺が出来るようになれば、それはそれでめっけものと考えておりました。ですから忙しい皆が集まって飲み会になり、親睦を深めていくだけの会だとしても、大いに満足していたのでありました。


 忙しい皆が一生懸命に時間をやりくりして、集まった先の飲み会がどのようなものであったかを、ちょいとご紹介致しましょう。


 まずお店の前に立っているだけでも、中のばかな騒ぎようが手に取るように分かります。中では馬さんが「いつもの」と手を挙げるとタコが出て来て、「メッチュ、メッチュ」と榎木さんにはかわいらし過ぎるような言葉にビールが出て来て、あっちからこっちからと賑やかな注文が飛び交っております。

 一応は落語研究会のメンバーという自覚が、皆の頭の中に少なからずもあるようでして、会話の中に洒落を織り込んで話そうとしています。



 部屋の中やテーブルの上にあるもの等を題材にして、駄洒落がいっぱい飛んでおりまして。

 「大埜さん、お父さんの具合どう?」

 「はい、この頃は少しいいみたいなんですけど、ちょっといいと飲みたがって」

 「お宅のお父さんいける方だったからなぁ。大埜さんはからっきしなのにねぇ」

 「ワタクシ(串)母に似たんでしょうねぇ」

 と、大埜さんは少しおどけて焼き鳥の串を摘みあげて見せます。

 「それって煮た(似た)んじゃなくって、焼いたんじゃない?」

 と、鍋さんは煮物と焼き魚の皿を指しました。


 師匠が「ブスダコ」と言って私と酢ダコを見比べると「うまいうまい」と榎木さんが嬉しそうに言うので、佐川さんは

 「そりゃぁママに悪いよ」

と私にすまなそうな顔で言うのでして。するとすぐに

 「食ったらうまいんだよ」

と榎木さんの説明が入って佐川さんはやっと納得。それには私だって負けてはいませんから、

 「箸にも棒にもかからない洒落だこと」

 と割り箸を見せると、

 「本当に俺達って、洒落も大したことないよなぁ」と皆で大笑いになりました。



 そんな中、突然「バカ、止めろよ」と佐川さんの声。

 「イヤだよこいつ。いっつもチチ触るんだもん」

 「触るっつうのはこうだろうが」

 と言って、榎木さんは佐川さんの胸元を触ったり摘んだりしてはじゃれ合っております。いつものスキンシップのようでありますが、とっても幼稚、いえ微笑ましいというかおぞましいというか何ともコメントに困ります。



 「うちのやつにだって触りそうなんだから油断ならないんだよこいつは」

 「俺まだ芙美子には触ってないよ」

 「触っちゃぁいないけど、お前は危ないんだよ。この前だってそうだよお前。師匠から貰った扇子持ってうち来たろう。その扇子で何やった?俺のケツつっついてよ、その扇子の先を芙美子の鼻んとこへ持って行ったろうが。」

 「芙美子にそんなことすんなよな。俺だってあの時ハサミ持ってたんだよ。お客さんにケガさせたらどうすんだよ。」



 「大体お前、ガキみたいだぞ、全く。それからな言っとくけど、うちのやつがお前に芙美子芙美子って言われることないんだよ。ひとの女房を呼び捨てになんかすんなよ」

 「芙美子に大輔って言った訳でもないんだからいいだろうが。芙美子だって喜んでいるよ、俺が呼ぶと」

 「嘘つけ、この野郎」

佐川さんは真剣でありますが

 「それはそうと、俺達いつ寄席やろうか」 

 分かってない榎木さんでありました。



 「その前に全員、揃いの着物作ろうぜ」

 「テレビ局が取材に来たら大喜利やって見せなきゃいけないから練習しておこう」

 榎木さんばかりを責められませんねぇ。こんな厚かましい会話でも皆にとっては極ごく普通の会話なのでありますから。


 「まず着物が揃ったらどこの会へ行く」

 「長生き寿会へ行って落語やろうよ」

 「消防団の集まりもいいよね、佐川さんの消防団に、頼むよ」

 「広原さんの神輿の会もいいよね」

 「榎ちゃんのライオンズクラブ、総会の時には出席させてよ」

 「何、総会で落語やろうってぇの、ああそうかい」



 勝手に各々が所属している会や、知り合いの会をターゲットにしているけれど、された方はいい迷惑でありましょう。相手をその気にさせて小噺すらろくに出来ない集団を、芸人集団と名のってお座敷に出ようというのですから、呆れてものも言えません。


 話がすっかり大きくなって明日にでも寄席で芸の発表をと言うのを、先ずは次回に浴衣を持って来て、着る練習をしようと師匠に言われると、浴衣よりもいっそ色とりどりの派手な着物がいいと未練のある人ばかりでありました。



 ねっ、こんな具合なんですから、いっぱしの芸人さんへの道のりはず~っとず~っと遠くても仕方ありませんね。お酒が進むと弦巻さんが酔っ払って、ろれつが回らなくなり出し、同じことを何度も何度も繰り返しています。


 「着物を着るって切るんじゃぁなくって着るんだよ。わかるかぁ。浴衣ぁ?夕方ぁ」

 と、これでも本人は結構洒落ているつもりらしいですわ。ふふふん。

 「支離滅裂だねぇ、君ぃ」

 と鬼頭さんが困った顔をすると弦巻さんは

 「尻がケツだメツだって、知りましぇーん。浴衣ぁ、夕方ぁ?着るよぉ、着ればいいんでしょ着れば。バーロー、あんのかぁお前は」

 と言って大埜さんに顔を寄せると、人のいい大埜さんは

 「はい、持ってるんですよ。お祭りなんかで着ますから。と言っても一、二回位かなぁ着たの」

 と弦巻さんには答えず、全体に向かって言いました。



 「一、二回ぃ、一、二枚~ぃ? 俺なんかもっと持ってんだよバーロー」

 ハッハッハ、弦巻さんの口癖のバーローって、ハクションに続くチクショーと一緒なんですね。

そんな弦巻さんも飲み会が終わる頃には足元がフニャフニャで、誰かしらが支えてやって家まで送り届けます。


 情けない奴、やっぱり与太郎だとでも言いたそうな鬼頭さんを、いいからいいからと言うような目で皆は笑いながら見ています。

 「いちど鬼頭さんも、あれだけ酔ってみてはいかがですか」

 と誰かが言うと、「滅相もない」と真剣になって答えが返ってきます。

 「滅相もないですか、あっそう。滅相はなくても鬼頭さんには別荘がある」

 と榎木さんが洒落て言うと

 「そうそう、今度いつか皆さんで軽井沢へお遊びに・・」

 と鬼頭さんのご機嫌がよろしくなるのでありました。

 


 皆の気持ちが和んでフワフワといい気分になったところで、解散となるのですが弦巻さんはいつだって、この解散の時の様子は覚えていないそうで。


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