第15話 無防備な女の子にドキドキします

「今日はいっぱい食べましょう!」


 3日目の夜。


 授業への復帰に伴う手続きを終えて戻った俺を、ミラが出迎えた。


 いつも作ってもらっている野菜スープ、ボルシュ。

 首都キーウィで良く食べられているカツレツ。

 そばの実のお粥。 

 丸い小さな揚げパン。


 その他色々な料理が並べられている。

 居酒屋の娘の腕の見せ所といったところか。 


「ありがとう。でも、こんなに作ってくれていいのか?」

「はい!この前作ってくれたボルシュのお返しもまだですし。今日は体調も良くなって本当によかったです」


 尽くしてくれるのは嬉しいが……ゲームの時系列より好感度が高くないか?


 同じ歳の可愛い女の子と2人きりで食事なんて、人生ではじめてだ。

 正直、かなりドキドキする。


「それでは、レゼンさんの謹慎期間終了を祝して、乾杯!」

「明日から俺も頑張るよ。かんぱ……」


 ぐぅ。


 内心の緊張を悟られまいと平静を装っていると、腹の虫が鳴った。


「ふふふ、レゼンさんに喜んでいただけたようで何よりです」

「か、乾杯!」

「はい、乾杯です」


 照れ隠しで、木のカップに入ったライ麦と麦芽を発酵させて作った炭酸飲料をグイッと押し込む。


 くそっ。

 こうなりゃ前世でもっと女の子と絡んでおけばよかった。 


 女性と仲良くなることは、時に堅固な要塞を陥落させることより難しいと聞いたことがある。


 要塞の門1つ叩いたことがない童貞の俺には──、

 

 


「……」


 その時、ミラの目線が伏し目がちなことに気づいた。


 顔も赤いし落ち着きがない。

 体調でも悪いのだろうか。


「大丈夫か?」

「いえ……その……」


 ミラは青い瞳をパチパチさせながら顔を覆い、消えいるような声で答えた。




「今まで、歳の近い男の人と2人で食事したことがなくて……急に恥ずかしくなってきました……」


 きゅうう。


 今度はミラのお腹が音を立てる。


 体の緊張が一気にほぐれ、思わずふふっと笑みをこぼしてしまった。


「あぅぅ、恥ずかしい……」

「大丈夫、俺だって初めてだ。ミラのようにずっと緊張してたんだ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。可愛い女の子の前でお腹の音を鳴らしたのも」


 今度はミラが軽く吹き出す。


「ミラも、そんな経験ははじめてです……ふふふっ」

「ははは……」



 お互いに笑い合ったあと、緊張感は完全に消え去る。


「冷める前に食べよう。2人いればあっという間だ」

「はい!」


 穏やかで楽しい時間がすぎていく。


 美味しいものを食べて、話したいことを話し、お互いの話に感心したり笑ったり。




 戦争のことをしばし忘れ、心から楽しんだ。



 ****



「ひっく……レゼンさん……お星様が見えます……」


 宴会には失敗がつきものである。

 特にお酒が絡んだ時は。 


 勧められるがままに飲んだライ麦と麦芽を発酵させて作った炭酸飲料、これをクワスと言う。


 スラヴァ王国では子供でも飲んでいるポピュラーな飲み物。

 ……が、微量ながらアルコール入りであった。




 はいストップ。


 今『わざと飲ませて夜のエクストラモードR18禁展開を狙ったんでしょ?エ〇同人みたいに!』と邪推した人がいるかもしれない。

 

 断じて違う!


 昨今のゲーム事情を考えれば当然だが、未成年のキャラクターがメインの『戦場のスラヴァ』に飲酒描写はない。


 クワス:この国ではありふれた炭酸飲料。飲むと体がする。

 

 クワスも単なる賑やかしアイテムだった。

 ゲームではレーティングで縛られていた要素が、この世界で表に出てきたということらしい。


 つまり……俺は悪くねぇ!

 クソゲー制作陣許すまじ!


「大丈夫か?少し早いけどベッドに入った方がいい」

「ミラのことはしんぱいしないでくらひゃい……ここでねましゅ……」

「そういうわけにはいかない。さ、手を貸すからベッドに行こう」

「は、はい……」


 華奢な彼女の体に手を貸して、少しずつベッドへと歩んでいく。


「明日は一緒に……学校へ行きましょうね。ミラがついてますから……顔は怖いけど優しい人だって……」


 ミラは幸せそうな表情を浮かべている。


 殺伐とした『戦場のスラヴァ』のゲーム中ではあまり見られなかった、素の彼女なのだろう。




 その顔を見て、決意が少し揺らぐ。

  



 本当に……彼女や他の人間を戦争に向かわせても良いのだろうか。


 エクストラモードだし、本編が鬱展開満載のゲームのファンディスクにありがちな平和展開なのかもしれない。

 『戦争なんて起こらずヒロインとイチャイチャハーレムを築ける世界線』みたいな。


 もしそうだったら、俺が今やっていることは──、

 


 

 カーン……!カーン……!カーン……!


 突如寮内に鐘の音が鳴り響いた。


 平時の音ではない。

 何か異常な事態が発生した時の早鐘だ。


「北方のリビチョブから『腐染獣』の群れが急速に接近中!訓練生は至急シェルターに避難されたし!繰り返す……」


 寮内がにわかに騒がしくなってきた。


 聞いたことがある地名だ。

 ここからさらに北方、第二次ヴラス帝国国境にほど近い場所にある無人地帯。


 かつて『エーテル計画』と呼ばれた実験が行われ──、




 ミラ・クリスの父親、ヴーク・クリスが亡くなった場所。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る