ファイトギアゲーム~パイロットの夢に破れた俺が、もう一度立ち上がる物語

@nanafushi10101

第一章 錆びついた歯車

第1話 クビです




 夢に破れた人間は、もう二度と立ち上がれないのだろうか。

 敗者がもう一度、夢に向かうは許されないことなのだろうか。

 それは無謀なだけの戦いなのだろうか。


 

 チャンスは再び訪れることはないのだろうか。

 夢破れた少年は、今―――。


」 

 そう、コクピットの中で呟いた。



「ミッション確認。これより作戦行動に移る」


 視界前方のモニターには、外の景色がリアルタイムで映し出される。見えるのは茫洋と広がる荒野だけ。草一つ生えない枯れた大地に、鉄骨で組まれた建造物が聳え立つ。


 少年は装着型の操縦桿・通称M・M(モーション・モジュール)を両手足に通し、前傾姿勢を保つ。Ⅿ・Ⅿはさながら血圧計のように四肢に密着し、彼の些細な動きを伝達、拡大する。

 

 少年が僅かに左脚を踏み出すと、縦尺六メートルはある鋼鉄の巨人が一歩前進する。

 震ッッ! とコクピット内部に振動が響き渡る。


「各関節部モータ。歯車構造。腰部スタビライザー。異常ナシ」


 少年は脳であり、心臓であった。彼の挙動(思考)は電気信号へと還元され、配電コード血管を通り末端への命令を送る。|モータ《関節

》が回り、複雑な歯車構造筋肉と内臓がそれを拡大する。

 ギア。

 そう呼ばれる鋼鉄の巨人を、少年の矮躯が完全に制御している。


 有人二足歩行ロボットだなんて荒唐無稽な技術。半世紀前なら誰もが「無理だ」と笑っただろう。だが人類の英知は、そんな夢物語を実現させてしまったのだ。


「目標確認。メタルハウゼン――― 安全装置解除、武装展開」

 

 少年が両腕を突き出すと同時に、ギアの屈強な両腕部も放たれる。

 機体両腕部の先端に付属するアームレンチが目標を掴む。


「目標拘束。これより指定位置に移動!」

 

 ギアが掴んだのは、 青色のコンテナだ。強固な金属板による直方体の中には、数tの資材が積み込まれている。リフトでも容易に持ち上げられない重量だが―――。


「行くぞ」


 少年と、彼が操縦するギア、その名も「メタルハウゼン」は、アームレンチでがっしりと掴んだコンテナを持ち上げる。

 ぎぎぎっ、と腰部の歯車に悲鳴が上がる。


「ッ、腰にガタがきてたか! メタルハウゼン! 旧式の意地を見せてやれ!」


 少年は声高々に、愛機に呼びかける。周りの声など聞こえなくなるほどに熱中している。

 ――――――故に、もう一つの声がコクピットに反響していることに気づかなかった。


『よーし、良いぞ。オーラーイ、オーラーイ』

「負けるな。いけるぞっ! うおおおおおお」

『オーライ……オーケーオーケー、このコンテナの上に重ねてくれ』

「あと少しだ! ふぅぅう、腰のハイポイドギアが火を噴くぜ」

『ん? おーい。聞こえてるか?』

「摩耗限界なんて気にすんなよ相棒!! 俺の魂に応えてくれ!」

『おいコラガキ!!!! 聞いてんのかッッッッ! マイクオンにしろ!』

「っ!?」


 スピーカーから響いた怒鳴り声に、思考が現実に振り戻される。

 機体頭部に搭載されたカメラを下に向けると、ギアの足元で中年男性が無線機を片手に怒り顔を浮かべていた。少年は即座にコクピットのマイクを起動する。


「す、すみません! 聞いてました!」

『聞いてるか聞いてないかじゃねえんだ馬鹿野郎! 返答しろ返答ぅ!』

「…ご、ご、ごめんなさい」

『ったく、元ジュニア選手だが何だか知らねえが、ここじゃいっぱしの職人なんだ! ホウレンソウをしっかりしろ!』

「は、はい」


 コクピットの中、少年は慌てた様子で呼吸を整え、モジュールを繰る。

 ギアは駆動を再開する。抱えた青いコンテナを、数メートル先に置かれた赤いコンテナの上に乗せる。ズレなく繊細にきっかりと、角と角を完璧に合わせる。


『ほほお、相変わらず腕はいいんだな腕は…』

 

 コンテナをズレなく重ねた技術に、上司は一転して上機嫌だ。


目標ターゲット沈黙、任務完了ミッションコンプリート


 そんなを、スピーカーから拡散されないように心の中で呟いた。


(バイト中に何してんだ…俺)


 モニターに映し出された景色を眺めて現実を思い出す。

 草一つ生えない枯れた工事現場荒野に、建設中のビル鉄骨が聳え立っている。


 ちなみに、少年が乗っている機体は、正式にはメタルハウゼンという名称ではない。

 彼が勝手にそう呼んでいるだけだ。

 実際のところは、工事現場のスタンダードモデルである一般建築用ギア・建蔵二号けんぞうにごう

 そう。 建蔵二号だ。

 定価98万8900円。

 メタルハウゼン、なんて


 ずんぐりむっくりとしていて愚鈍そうだし、随分と前から使っているらしく赤錆が節々に浮かんでいる。建蔵二号なんて間抜けた名前がお似合いの機体だ。

 当然、ただの建築用ギアなので、安蔵装置も武装もついていない。ミッションというか普通にアルバイトだし、目標(ターゲット)なんて大それたものじゃなくてただの資材コンテナだ。


 システムオールグリーンも、言いたかっただけ。

 全部、妄想。全部、設定。

 子供染みた、ごっこ遊びだ。


『いやぁ。ギア一つあるだけで随分楽になるな。はははっ。そこの資材もよろしく頼むぞ』


 紛争地域。災害救助。工事現場。スポーツ。Et cetera……。

 有人二足歩行ロボット・通称『ギア』は至るところで人々の生活に組み込まれている。


 読んで字の如く、時代という機構システムの歯車となっている。


 しかし、巨大ロボが現実になったからと言って、ビームサーベルを振るえるわけでもロケットパンチがぶっ放せるわけでもない。戦争もない日本において、戦車が大砲の火を吹かせることがないように、ギアが暴れ回ることもない。


 戦う巨大ロボットなんていやしない。


 ―――、

 例えばスポーツとか……。


『そういえばお前、もうファイトギアはやらんのか?』


 上司が聞いてくる。


『はは、もしまだやるってんなら、応援してやろうと思ってな』

「あ…その」


 コクピットの中で、少年は自嘲気味に笑う。


「俺はもう、辞めちゃったんで」

『…うーむ、そうか』


 少年には夢があった。ロボットに乗って戦いたい、という夢。

そして「現実」となった有人二足歩行ロボット。

 だがどうにも―――、


『オーライ、オーライ』

 メタルハウゼン……否、建蔵二号はまたコンテナを掴む。

 ぎぎぎぎ、と機体腰部が悲鳴を上げるのを聞きながら、少年は深い溜息一つ。

(とりあえず、仕事仕事。もう怒られるのは勘弁……)


 ―――と、その瞬間だった。

 悲劇は唐突に訪れる。


「?」


 突如、コクピットのモニターに映る景色が暗くなった。陽光が暗雲に隠されたように周囲が影を帯びていく。

 何が起きたと機体頭部に搭載されたハイビジョンカメラを上に向けてみれば―――。


(嘘、だろ?)


 鉄骨だ。

 数本の鉄骨が上空から降り注いでいる。

がらららららん―――、と無慈悲な重力に従って。

 世界から現実味が薄れていくのを少年は感じる。


(おい、おい、おいおいおい)


 建設中のビルのクレーンが壊れ、そこに吊られていたはずの鉄骨が落下しているのだ。

 落ちる鉄骨が狙う先は―――、


 上司だった。


 いつも「ボーっとすんなガキ!」と少年を叱っていた彼は、その場に呆然と立ち尽くしていた。上司の身体を影が包み隠す。超重量の鉄の塊に押し潰されたら、その先に待つのは即死。少年の脳髄は迷うよりも先に信号を放った。


(動け俺!)


 建蔵二号は、機動性に欠けた業務用ギアである。

 格闘競技用ファイトギアならいざ知れず、上司を掴んで退避するような余裕はない。


 判断は素早かった。


(選択は一つ!)


 建蔵二号…否、メタルハウゼンは上司に覆い被さる。

 降り注ぐ鉄骨の傘になれるように―――、


「っっ」


 ズ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ッッッッン!!!


 と鉄骨が機体に突き刺さり、衝撃と振動が響き渡る。

 頭部カメラを鉄骨が貫きモニターがダウンする。

 配電コードがズタボロに破壊され、コクピット内の電力が途絶される。

 ブッ、と照明が消える。

 暗転する。

 しかし、流石はコクピットを覆う無敵の『ナノダイラタンシープロテクタ』だ。少年は、全くの無傷である。


「だ、大丈夫ですか!」


 上司に問いかけても返答はない。どうやら音響機器が損傷しているようだ。


「……ダメだ。電源系も切れてる」


 真っ暗なコクピットの中、外に出ることも叶わず、少年は救出を待つ。


(あの人、無事だといいけど…)


 少年が操るギア・建蔵二号は大破したようだ。古い型なので、廃棄される可能性もある。人命救助の為とは言え、一年近く連れ添った相棒が壊れた事実には胸が痛んだ。


(ごめんなメタルハウゼン)


 心の中で、壊れた相棒に謝罪を告げる。

 やがて数分後、少年はコクピットから救助される。


 結果から言えば、少年の素早く正確な判断のおかげで、死者・負傷者ともにゼロだった。しかし、万事解決(オールライト)とはいかないのが物語の定石だ。



「クビです」

「えぇ…」



 少年は一年続けた工事現場のバイトをクビになった。理由はメタルハウゼンもとい、建藏二号を大破させたから…ではなく、こういった事故があった以上、未成年の操縦者に仕事を任せることはできないという至極全うな理由だった。


 実際「クビです」とは言われていなくて、「ごめんね。もう続けられなさそうなんだ」とオブラートに包まれた言い回しだった。

 どこに怒りにぶつければ良いかわからないオチである。


「せっかく見つけた割のいいバイトだったのにさぁ」


 少年は本社からの帰り道、大通りの自販機で砂糖入り缶コーヒーを買って、コンクリートの地べたに座り込んだ。

マナー違反は百の承知だけれど、立っているのも億劫だったのだ。


「母さん、なんて言うかな…はぁ」


 涙がこぼれないように、ってわけじゃないけど少年は空を見上げてみる。

 

 ―――人生、それでいいのか。

 ビルの上には、お節介なキャッチフレーズ。

 それはちょうど彼が飲んでいる缶コーヒーの広告だった。


「…っ」

 思わず排水口に中身をぶちまけてゴミ箱にダンクしたくなったけれど、勿体無いので思い留まる。


「かっけぇなぁ…」


 もう一度看板を見ると、思わず本音が漏れる。

 スタイリッシュなデザインの格闘競技用ファイトギアを背景に、有名選手であるパイロットが缶コーヒーを片手にポーズを決めている。

 鉄と鉄がぶつかり合う、新時代の格闘技『ファイトギア』―――。

 かつて少年も夢見ていた世界。

 今はもう、昔の話だけれども。



「とりあえず、新しいバイト見つけないと」


 ぬるい溜息が、乾いた風に吹かれて消える。





 ――――――錆びついた歯車は、まだ回らない。

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