第6話 森の中の小さな女の子

 イーサさんが周囲をそれとなく見てくれている間に色々なものを集めては手当たり次第に【空間収納】に入れていく。

【空間収納】は収納していくと同時に【鑑定】効果が発動するのだが、雑草というジャンルにまとめられている草を入れていくと面白いことがわかる。

 たとえば『味』だ。

 なぜか、『苦くて食べられない』だとか『おひたしにすると意外とおいしい』だとか『灰汁抜き方法』だとかがわかるのだ。

 一体誰がこんな感想を入れているのだろう。

 不思議に思いながら色々なものを集めていると、何やら人の声が聞こえてきた。


「とりゃー!!」

 軽く確認してみると、ボクより身長高めの男の子と革防具を身に着けた長身の男性が一緒に何かをしていた。

 男の子は木剣を振り回しては布の巻かれた木の幹に打ち込んでいる。

 どうやら森の中で稽古をしているようだ。


「そうそう。その調子だ。布でガードしているとはいえ、下手なことをすれば怪我に繋がるから注意しろよ」

「わ、わかってらい!」

 男の子は年若いらしく、年長の男性にはやや反抗的に見えた。

 もう少し話を聞いてあげないとあとで痛い目に合いそうな気がする。


「稽古か。ちょっと声をかけてみるか」

「やぁ、精が出るね」


「む? おぉ、アーサーさんか。久しぶりだな。ん? その子は?」

 どうやらイーサさんの知り合いのようだ。

 でも見慣れないボクを見て眉をひそめている。


「あぁ。この子は私の姪でね。一緒に王都まで旅をしている途中なんだ」

「ほぉぅ。アーサーの隠し子ってわけじゃないんだな?」

「くははは。違うって。妹の娘さ」

「……」

 和やかに話す二人とは対照的に、打ち込みをやめた男の子がボクのことをじっと見てきた。

 なんなんだろう? よくある新参者いじめかな?


「え、えっと。ど、どうしました?」

「あ、いや。なんでも……。見ない顔だなと思って……」

 なんとなく気まずいので声をかけてみると、男の子も同じように気まずそうにして顔をそらしてしまった。


「えっと、アーサー叔父さんと一緒に王都まで旅をしている最中なんです」

「あ、そ、そうなんだ。ふぅん……」

 相手が女の子だったらこうも上手く話すことはできないけど、男の子だから慣れたものだ。

 とはいえ、やっぱり初対面ってのは緊張する。


「お? なんだなんだ? お前照れてんのか。まぁ可愛らしい子だもんな」

「う、うるせえ!! そんなんじゃねえよ……」

 うんうん、微笑ましいやり取りだ。

 でもさっきから盗み見るようにボクのほうをチラチラ見てくるのはやめてほしい。

 

「おいお前。名前なんてんだよ」

「え? ボクは遥です」

「お、おう。遥な。俺は【マーク】だ。この辺りは初めてか?」

「えっと、はい」

「そ、そうか。ならちょっと教えてやるよ」

「あ、ありがとうございます」

 どうやらこの辺りのことを教えてくれるようだ。

 感謝。

 

「えっと、この辺りの森は新人研修とかによく使われるんだ。簡単な地図があるから見てみろ」

 マークさんは地面に膝をつきながら地図を広げた。

 簡単な見取り図みたいな地図なので地形といくつかの注釈しか書かれていない。


「ちょ、近くね?」

「え、そう?」

 たしかに横に並んでいるので少し近いかもしれない。

 でも気にするほどでもないのでスルーだ。

 地図には色々と書き込まれていた。

 例えば水場がどこにあるのか、猟のポイントはどこか、森の中での合図の方法だとかだ。

 そういえば、イーサさんも声をかけながら手を上げていたっけ。

 そんなことを考えていると、マークさん肩がボクの肩にぶつかった。


「あ、悪い」

「いえ、大丈夫です」

 肩がぶつかったので謝ってくれたのはいいのだが、なぜかこちらのほうを凝視したまま動かなくなってしまった。

 視線はやや下に向いている気がする。


「マークさん? おーい」

「あ、わ、悪い。ちょっと急用思い出したから先帰るわ!!」

「え? あ、はい」

 突如マークさんは立ち上がり、村のほうへと駆け出していった。

 一体何があったというのだろうか。

 もしかして何か気分を害することでもしたのかな?


「どうしたんだろ」

「くははは。遥、胸元空いてる」

「え? あ、本当だ。いつの間に」

 どうやら紐が緩んでいたらしく胸元が若干見えるようになっていた。


「マーク、あいつはかわいそうな奴だな」

「くははは。そうだね」

「しかしよ。遥ちゃんは十歳手前くらいだろ?」

「そうだね。今は八歳か」

「八歳か。いやでも、村の女の子でももう少し慎みあるぞ?」

「まぁ、遥はそういうところには無頓着だからね」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。弟や妹たちが見てるからね」

 長身男性は困惑気味な様子だ。


「さて、私たちは行くよ。森の中での勉強の最中なんでね」

「お、そうか。あいつも戻ってこないし今日は終わりだな。遥ちゃん、またな」

 男性は手を上げ去っていった。


「さて、続きをしようか。遥はもう少し女の子を覚えたほうがいいかもね」

「そうは言われても。ボク、女の子と話すの苦手なんですよね。男の子だったら楽なんですけど」

 性別が変わってから初めての男の子との接触だったけど、どうもうまくいかなかった。

 性別が変わると反応も変わるんだろうか。

 だとしたら少し残念かも。


「そのうち慣れるさ」

「ん。ありがとうございます」

 何かを察したのか、イーサさんが頭を撫でた。

 これはこれでなんだか安心できるのでちょっとうれしい……かも。


 森の中を歩きながら採集していると大きな岩を見つけた。

 なぜ森の中にあるのかわからないが、木々の間を塞ぐようにどんと鎮座している。


「岩? なんでこんなところに」

「このあたりにはなさそうな岩だね。どこからか落ちてきたのかな?」

 イーサさんも不思議に思っているようだ。

 じっくり観察してみると、何やら周囲の土の色が違う。

 これは後から乗ったということかな?


「イーサさん。この岩の周りの土だけ不自然じゃないですか?」

「たしかに。ずっとここにあったなら多少は草が生えていてもおかしくはないか」

 よく見てみると、岩の中心から外側に向けて飛び散ったような跡があるので、何かの目的で置いたのだと思う。


「よし。遥、この岩を収納してくれないか?」

「え? こんな大きな岩入るんですか?」

「あぁ。大丈夫だ」

「えっと、とりあえずやってみますね」

 物は試しとばかりに岩を収納してみた。


「あ、できた!」

 さっきまでそこにあった岩は簡単に収納できてしまった。

 岩のあった場所には小さな穴が開いており、そこには何やら動くものがいた。


「イーサさん。何かいます」

「私が見てみよう」

 イーサさんは穴に近づくと魔法の灯りを点し、穴の中を照らした。


 すると何かがばっと飛び出し、イーサさんのいた場所に向けて何かを投げつけてくる。

 危険を察知したイーサさんはすぐに飛び退く。

 少ししてその場所に数本の斧が突き刺さった。


「イーサさん、大丈夫ですか!?」

「下がっているんだ。近づいてはいけない」

 イーサさんに言われた通り離れていると、イーサさんの前に小さな人影が着地した。


 それは可愛らしい顔をした小さな女の子だった。

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