1章 世界の変貌

第1話 神卸市

 埼玉県西部、元は秩父市と呼ばれた地域は半年前に国主体で大規模な開発が行われた地域だ。

 独自の自治権を持った都市として生まれ変わらせるために山を切り開き、田畑を建築物へ変貌させ年齢を問わない複数の教育機関を建設させた。通常では有り得ない速度で高層ビルや駅が整備された為に区画整理としては杜撰な都市開発だった。

 それでも最新の建築物が持つ利便性のお蔭で多少の歪さに苦言を漏らす者も少ない。


 そんな急速な発展を遂げた特別自治区、神卸市の学園では不可思議な光景が散見される。

 建築物は一様に煉瓦など分厚い素材で構築され、校庭の中央には巨大な水晶のようなオベリスクが建っている。校庭の隅には中世の軍事施設のように木人形が複数立っており近くの小屋には木人形の予備が保管されている。


 不思議なのは建築物だけではない。

 生徒や教員の姿も半数近くが通常の人間ではない。

 動物の耳が生えていたり、頬や頬に鱗が浮いていたり、背丈が1メートル程度しかなかったり、逆に2メートルを超える巨体で獅子を思わせるタテガミを持っていたり人外ばかりだ。


 その上で誰も彼もが美男美女である。

 人外の見た目を持つ者たちも含め、まるで映画の俳優や女優のようだ。

 そんな生徒たちが白を基調としたブレザーの制服に身を包み校舎へ吸い込まれていく様はフル3Dのファンタジー映画を連想させる。


 数は少ないが制服を着ていない者も居る。

 その中に1人、ショートの白髪だが毛先やメッシュが桜色の美女が居た。

 背は高くはないが現実には考え辛い完璧な左右対称の体躯を持ち、パンツスーツに身を包んでいる。

 その歩き方は大股でお世辞にも女性らしくはない。


「カオルさんオハヨウ!」

「今日も素敵ですカオルさん!」


 彼女を追い越すように校舎へ向かう女子生徒たちから黄色い声飛ぶ。

 その都度、苦笑いで手を振る彼女だが、容姿は周囲と比べて特別に優れている訳ではない。声を掛けた女子生徒たちの方が美少女の場合すらある。

 校舎に着き、個室ロッカーに入った彼女は溜息を吐く。


「君らの方が美少女だろうに」


 声は20代の女性として少し低いが容姿に合わない乱暴な所作の方が印象に強い。

 荷物をロッカーに仕舞い、ポケットの小銭入れとスマートフォン、スマートウォッチのみ確認して事務室に向かう。

 自分のデスクに着くと部屋に備え付けのテレビから朝のニュースが流れてくる。

 過激な発言でお茶の間を賑わせては炎上するコメンテーターと、非常に相性の悪い心理学者が今日も騒いでいた。


『ですから、未帰還者などと呼ばれる彼らは社会不適合の最たる例なのです! その上、警察機構では対処も難しい程に個人が高い戦闘力を有している。これは最早、テロリストが近所に住んでいるのと変わらない脅威ではないですか!』

『ですが彼らが居なければモンスターには対抗できない。事実、未帰還者の中でも問題を起こすのは極一部で大多数は国が定めたルールに従っている』

『その極一部が全体に広がらないと誰が言い切れるのですか!』

『その危険性は心理学的にも生物学的にも人間全員に当て嵌まるもので彼らだけを特別視する問題ではない!』

『え~、ヒートアップして参りましたがここでCMです。皆さん、今日も良い1日を』


 肌寒い11月だというのに額に汗を浮かべた女性MCが取り繕ったようにCMを宣言してニュースは途切れた。

 そのタイミングを待っていたのかカオルの隣の美女、スミレが声を掛けてくる。


「おはようございます。あれから半年も経つのに元気な人たちですよね。もう慣れても良いでしょうに」

「彼らにしてみれば、まだ半年、なんでしょう」

「ふふ、そうかもしれませんね」


 カオルのようなパンクな容姿とは異なりスミレは和風美人だ。

 細い体躯に艶の有る黒髪に夜空の星の様に輝きの有る黒目。浴衣ではなく和服をしっかりと着こなし立ち振る舞いも口調も全てが女性らしい。


「聞いてましたよ、今日も女生徒たちからアピールされてましたね」

「彼女たちの方が美少女だろうに、何なんですかね」

「この学校で見た目はあまりアピールポイントになりませんからね。皆、カオルさんの性格が素敵だと思っているんですよ」

「とはいっても、男なんですがね」

「またまた、ご冗談を」

「いやいや、ご冗談を」


 何度も繰り返されたやり取りなのか2人の会話には思考している間は感じられない。互いにお約束をなぞっているような慣れが感じられる。


「そろそろスミレ先生は授業ですか」

「ええ。カオルさんは今日は都市外周部の見回りでしたか」

「マスコミの少ないエリアだって願ってますよ」

「少ないエリアでも追い掛けられるんじゃないですか?」

「……時間ですよ」

「ふふ。では、またお昼に」


 正論に逃げる事しか出来ないカオルを残しスミレは授業用の資料が入ったタブレットを片手に職員待機所から退出していった。

 適当に手を振って見送ったカオルもデスクのコーヒーを飲み干して席を発った。


 スミレとの会話の通り、カオルは教職員ではなく学園周辺を警備する防衛班という組織の一員だ。

 学園職員待機所は都市主要へのアクセスが良いので職種に関係無く数人の大人が席を置いているに過ぎない。


 廊下を歩きながら窓の外、広い校庭を見れば教員の指示に従って大小様々な姿の生徒たちが木人形や的を校庭の隅に設置している最中だった。

 設置が完了すると各々が弓や杖や本を手に持ち、順番に的に弓や火球を発射していく。

 あまりにファンタジーな光景だがこの学園では当たり前の光景だ。


「物理崩壊、か」


 剣、槍、斧などの近接武器を何も無い空間から取り出した生徒たちが木人形を相手に攻撃を繰り出していく。

 準備運動のようで怪我する事も無さそうだ。

 そう安心してカオルは足早に廊下を進み、校舎から出ていった。

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