第5話 家族というもの

 移動機が着陸すると、

「博士、ようこそ」

 ノアがにこやかにライキを迎える。

「ライキでいいですよ。ノア、あなただって博士でしょ」

 苦笑するライキだが、

「あなたとは格が違いすぎますよ」

 ライキはそれほど偉い学者なのか、とカイトは思った。外に出て、ようやくカイトの存在に気づいたように、

「ノアといいます」

 笑顔で握手を求めた。乾いた、温かい手。カイトより背が高く、白髪だがしっかりした体つきだ。

「カイトです、よろしく」

 と挨拶すると、ノアの隣にいた、やはり背の高い人物が、手を差し出してきた。

「タキです。この家の居候」

「私の親友なんですよ。我が家を仕切ってくれてます」

 長い黒髪をタキは背中で束ねている。年齢は40前後だろうか。薄化粧が似合う、きれいな人だとカイトは思った。

「ライキ、中へどうぞ。タキは、カイトを皆に紹介してあげて」

「それじゃ、カイト。それと」

「育児アンドロイドの、シオンです」

「シオン。よろしくね」

 タキはシオンとも握手したが、今まで存在を無視されていた気がして、カイトはちょっともやもやした。高く青く澄んだ空を見上げ、ため息をつく。

「いまは牛と羊が3頭」

 ヤギに鶏、ペットは猫と犬、と家畜小屋を案内する。隣の物置には、3人が作業中だった。白い中型犬が尾を振る。ランという名の保護犬だ。

「カスガです、こちらはパートナーのスギ、そして僕らの子供、ミライです。22歳、カイトくんは18だったね」

 屈託のない笑顔のカスガ。スギとミライもにこにこしている。椅子やテーブルを制作中だという。

「カイトと呼んでください」

「よろしくね、カイト」

 神秘的な瞳、色白のミライと握手する。しっとりと冷たい手だった。

 みんなカイトより背が高く見下ろされている、みたいだ。

 もしかして僕、背が低かったの? 173センチは低身長か。

 畑では二人が何やら話している、近づくとどちらもアンドロイドだった。

 農業が専門のハン、林業アンドロイドのジャン、と次々に紹介される。

「みんな、お茶にしましょう」

 タキが声をかけ、アンドロイド以外は邸内に戻った。


 大きな木製のテーブルには、ノアとライキが既に座って、紅茶を飲んでいた。ノアの足元には茶トラのネコがいた。リビジュニアと言う名だそうだ。


 カイトはライキの横に腰を下ろしたが、シオンは突っ立ったままだ。来て、と、隣の空席を指さしたが、シオンは横に首を振り、ダイニングを出ていった。

 アンドロイドだから?

 僕にとっては大事なパパだけど、ここの人たちにとっては単なる道具なのか。畑にいた二人も置き去りだったし。

 確かに彼らは飲食はしない、夜の充電で事足りる、それは分かっているけど。

 カイトの胸に、またもやもやが広がる。


 いい香りの紅茶とクッキーをふるまわれた、紅茶も自家製と聞いて、カイトは驚いた。

「緑茶を発酵させるんですよ。うちはなるべく自家製を目指してます」

 タキが胸を張る。

 しばし談笑の後、それぞれ持ち場に戻り、カイトとシオンは邸内を案内された。

 まずは一階、広いキッチンとリビングダイニングは既に確認した。廊下を挟んでノアの書斎と、ノア家の蔵書を収めた図書室。ちょっぴりカビっぽい臭いがした。

 カイトは、紙の本には、ほとんど触れたことがない。莫大な蔵書量にびっくりした。

「雨の日は読書三昧」

 タキの言葉に、うなづくカイト。

 さらに奥に進むと、共同のバスルーム。

「体を伸ばしたいときは、こっちを使うけど。どの部屋もバストイレ付だから」

 凄い家だなあ、とカイトは感心する。いままでは、せいぜい2部屋のマンションにしか住んだことがない。

 洗面所、洗濯室、家事室に共通の大型クローゼット。

「ここにある服は、みんなで共有していいことにしてる、カイトも使ってね」

 最後に、いちばん奥の部屋に通された。


「カンナ、入るよ」

 軽くノックし、タキが室内に進む。クリーム色に塗られた壁。カイトが中を覗くと、

「こんにちは」

 育児アンドロイドのカンナが立ち上がり、カイトたちに挨拶する。とても優しい顔立ちだ。

「私の孫の、サヤカです。カスガとスギの孫でもあるの」

「ん?」

 言っている意味が、カイトにはよくわからない。

「ミライが産んだのです。生後半年」

 とろけそうな笑顔でタキはサヤカを抱き上げ、

「いらっしゃい」

  カイトを呼んだ。

 小さなサークルベッドに近づくと、サヤカという赤ん坊がキラキラした目を、こちらに向けた。


「うわあ」

 思わず声が出た。

「本物の赤ちゃんを見たのは初めてです」

 シオンが映してくれた自分の赤ん坊時代の映像しかカイトは知らない。

「抱いてみる?」

 タキの申し出に、とんでもない、とカイトは手を振って辞退した。繊細なガラス細工に触れる気がして、怖い。でも、ちょっとだけ。

「さわっても、いいですか」

 タキが頷く。

 小さな小さな手に、おそるおそる触れる、と、その手がカイトの小指を握りしめた。

 なんて柔らかいんだ!

 感激だった。

 ふわふわした気分のまま部屋を出ると、そこには裏口のドアが。

「夜泣きがひどい時は、カンナが抱いて外を歩いてくるの。この部屋は便利なのよ」

「はあ」

 夜泣きと言われても、カイトにはぴんとこない。

「シオンも苦労したんじゃないかな」

 タキがシオンを振り返る。

「はい。そんなこともありましたね」

 静かに答えるシオン。

 夜中に泣いてパパを困らせたのかな、僕も。

 記憶にはないが、申し訳ない気持ちになる。


 二階は、各自の部屋とゲストルームと和室。

 ドアにカラフルな名札がかかっていて、間違えることはなさそうだ。

 とあるドアの前でタキは立ち止まり、小さな声で、

「ハヤセは不調で、伏せているの」

 カイトは、小さい声で、はいと答えた。

 足音を立てないように静かに進む。

「この部屋を使ってね」

 日当たりのいい部屋に、カイトとシオンは通された。ツインベッドルームで、落ち着いた雰囲気だ。


 キッチンとダイニングルームにおいしそうな匂いがあふれる。

 午前中の仕事を終えた面々が、次々に戻ってくる。

「お昼は炊き込みご飯か」

「おっ、大根サラダ。好きなんだ」

「お皿並べて」

 にぎやかな中、シオンはやはりダイニングの外に行ってしまった。そういう家なのだから、カイトの傍にはいられない、と言うみたいに。

 一緒に食事はしないけど、いつも食事が終わるまでパパは見守ってくれた。テーブルにパパがいないなんて、とカイトは不安になる。

「みんな、席について」

 とタキが声をかけたが、

「ちょっとハヤセを見てくる」

 ミライが出ていき、すぐに戻ってきた、目が潤んでいることにカイトは驚いた。

 ミライは涙声で、タキに、

「こんなに苦しいなら、赤ちゃんなんかいらないって」

 と訴える。

 タキはドアに向かいながら、

「みんな、先に始めてて」

 作り笑いを浮かべ、ミライと一緒に出ていった。


 赤ちゃん。

 サヤカちゃんのほかに、まだいたの?

 カイトは戸惑うばかりだ。


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