第33話 動き出すS級美女(凛)

 結論としては、男子のピアスとワックスブームはすぐさま終焉を見せることになった。

 教師陣からのお叱りに男子達は耐えられなかったのだそうだ。

 ピアスが"フェイクピアス"つまり、イアリングだったことが影響してか、そこまで大きな騒ぎにはならなかった様である。

 クラスの男子達の風貌は元通りになり、穏やかなつつがない生活が戻ってきていた。

 ……ただ、一点を除いて。


「いやぁ、あのS級美女達を惚れさせたというピアスにワックスの生徒……凄まじいよなぁ」

「それそれ。俺達なんか先生に一回怒られただけでギブだったってのに……肝が据わってるよなぁ」

「噂によりゃ、イケメンでその上紳士的で、おまけにこの精神力……まるで"伝説"だな」

「……それによ。まだ見つかってないんだって」

「え、マジで幻の伝説じゃん」


 晴也の所属する教室では、そんな男子達の話題が絶えなくなっていたのだ。

 教師陣からめっぽう怒られ、ピアスとワックスをつけ続けることを諦めた男子達はS級美女三人を惚れさせたというワックスにピアスをつけた男子(晴也)のことを尊敬の眼差しで見つめる様になってしまっている。


 クラスに特別関心のない晴也でも佑樹の口からその情報は耳に入ってきていた。


「幻の男……一体誰なんだろうなぁ。一時期は相良だろ、と騒がれてたが"ピアスにワックス"をつけるのあいつも辞めてるし違う可能性が高くなってきた」

「……知らないな、それと色恋話は興味ないぞ」

「相変わらず釣れないなぁ。とは言っても、ここまで騒ぎになってる"幻の男"、一度くらいは顔を拝んでみたいものだよな」


 ケラケラとご機嫌よく笑う佑樹。晴也は視認できていないものの、佑樹の耳からもピアス、おそらく"フェイクピアス"であろうが外れているのが伺える。ワックスが髪に馴染んでいないあたり、もう佑樹もブームを捨てたのだろう。


「S級美女達も、なかなか見つからなくて焦ってるみたいだしな」

「はぁ……毎回思うんだけど、どうしてそんなにその女子のことに関してはやけに詳しいんだ?」


 はっきり言って、"S級美女"に関する話題の共有の速さは目を見張るものがある。

 例えるなら、アイドルや芸能人がスキャンダルを起こして暴露されるまでの速さに酷似しているのだ。正直な話、四六時中……彼女たちのことを見張っていなければ、ここまで情報が素早くそして確実に共有はされないだろう。


 何を今更、と言わんばかりに呆れた様子で佑樹は軽口をたたいた。


「S級美女に関してはホント、アイドルみたいなもんだから、すぐに情報が共有されるみたいだ」

「……………」


 そういうものなのか、と一人納得して晴也は押し黙る。S級美女達の話題から一転、今度は彼女達を惚れさせた男子の話題で賑わうのだから、クラスの関心ごとは絶えずにいるのだ。

 晴也は『これくらいは世間話だと思って覚えとけよ』と忠告してくる佑樹を軽くあしらって寝たふりをすることにした。


♦︎♢♦︎


 クラス内で主に男子が、"S級美女達を惚れさせた男"について称賛の声を送っていたときのこと。


「一体どうなってるのよ……私たちが"探している男子"って別に共通してないのに」

「あたかも同一人物かの様に噂がでっちあげられてますよね……」

「ワックスにピアス……この共通点が抜き取られて同一人物だと解釈されたのかもね〜」


 ここは、本来ならば立ち入り禁止の場所であるはずの"屋上"。三人の女子生徒はその場所でひっそりと、ある話を共有していた。一見すれば、密談かの様にコソコソと彼女たちは話し込んでいる。


「それにしても、情報出回りすぎじゃないでしょうか……。私たち、そんな話し他の方にしてないですよね……?」


 琥珀色の瞳を不安げに揺らして、S級美女の一人である沙羅は表情を曇らせた。


「そうね、沙羅。私のときもいつの間にか噂が広まっちゃってたしもう足掻いても無駄なことなのかも」


 制服を着崩している結奈は気怠そうに黒髪をいじり回す。


「う〜、どーしてこうなっちゃんだろう。もういっそ開き直ってさ〜こんなコソコソ話すの辞めちゃう〜?」


 桜色の髪を靡かせながら、諦めといった表情を浮かべ凛はそんな提案をしてきた。

 三人が頭を悩ませる原因。それは、それぞれが"探し求めている男子"が見つからないことに他ならない。ただでさえ、男子が見つからないのに噂をでっちあげられるものだから彼女達の精神的ストレスは余程大きいのだろう。


「まぁ、こんなに噂が広まればいずれ"探している男子"はさ、それぞれ見つかるかもしれないから………ポジティブに捉えるしかないよね」

「ですね。もう自分から会いにいく、というのは難しいと自分は思ってたので結奈ちゃんの意見に賛成です」

「だったらさ〜、このでっちあげっぽい噂ちょっと面倒臭いから私たちももうコソコソしないでいた方がいいかもね」


 凛の溢す提案にコクコク、と結奈そして沙羅は首を縦に振り同意を示した。


「もうさ……私、攻めることにしたから」


 押し黙った沙羅そして結奈を前にして凛は瞳に決意を決め込む。凛の覚悟は"噂の沈静化"そして"彼に出会うこと"それを願っての想いに他ならないのだろう。


 凛はこの中で一人だけきゅっと口を結んだ。

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