第27話 S級美女と雨の中で②(凛)
「い、いや……俺の家はまだ比較的近い方だし、それに風呂くらいなら貸せるかもって思っただけで」
「………」
凛の極寒とした声が晴也の耳に届いてから、晴也は誤解を生まぬ様、必死に取り繕っていた。
あくまで家に来る提案をしたのは彼女のためを思ってのこと。邪な考えがあってのものではい。だが、それを凛が晴也の思っている通りに解釈してくれるかは別問題である。
普段は、ぱっちりと見開かれている凛の桜色の瞳が今は細められており何とも居心地が悪くなる晴也。
ザァーッと降りしきる雨の音に神経を研ぎ澄ませながら、思わずゴクリと固唾を飲み込んだ。
(……まずい、居心地が最悪だ。それに胃が痛くなってきた)
凛の有無を言わさぬ視線から、逃れる様に顔をそっと下に俯けてそんなことを思っていると———不意に凛が笑いだす。
「ごめん、ごめん……ちょっと揶揄いすぎちゃった」
「え? どういうこと?」
ぽかんと呆けた返答が漏れる晴也。だが無理もないことであろう。
ジトっとした凛の視線は一転し、おっとりとした視線になったのだから。
「下心とかないのすぐに分かったから。私ってさ〜、凄くモテる友達がいるからそういうの敏感なんだよね」
「……びっくりした。タチの悪い揶揄いはやめてくれ」
胸を撫で下ろして、心底ホッとするとクスクスと隣から笑い声が聞こえてきた。何とも小悪魔気質な凛である。
「でも、何で……家に着いてくること提案してきたの? 初対面である異性なら警戒するのが普通じゃないー?」
信頼の置けてない人、ましてや初対面の異性を家に上げようとするなんて、とリスクの高さを凛は晴也に指摘してくる。
「まぁ、普通ならそうなんだけど……寒そうにしてたし、顔色もどことなく優れてなさそうに見えたから……それで家も遠いって聞いたしね」
「……あれ、私ってそんなに分かりやすかった!?」
凛は晴也に悟らせない様、気を遣っていたのだろう。だからこそ、晴也に気づかれていたことに驚きを隠せない様子。
ぱち、と桜色の瞳を見開いては『あちゃー』と凛は頭を抱え込んだ。
「……は、はは。何か気恥ずかしいね。けど、流石に家に行くのは忍びないかな」
これ以上迷惑はかけたくない、と真顔で凛は訴えかけてくる。晴也としては気が引けるものの、凛の表情からは強い意志を感じ取れた。
——ただ、体調の悪い女の子をこのままにしておくことはどうしても出来そうになく、晴也は一人、立ち上がる。
(……これくらいのお節介は焼かせてもらう)
どうせ関わるのもこれっきりだしな、と内心で呟きながら晴也は雨の中を駆け出した。
「ちょっと、ここで待っててくれ」
「え———どこに行くの!?」
背後からそんな凛の声が聞こえたが、晴也は聞こえないフリをしてひたすら走りだした。
公園の隅っこにある一角。そこを目指して雨に打たれながら駆ける晴也。
晴也は自動販売機の前までたどり着くと、150円分の硬貨を入れて温かい飲み物——ココアを一つ購入する。
———ガタンッ。
ココアが取り出し口に落ちた音が聞こえると、次に『ピピピッ』と当たりかどうかの判別が行われた。
777——と三桁の数字が表記され次の数字が"7"と出れば当たりであり、もう一本無料で頼めるのだ。
だが、晴也としてこの自動販売機の当たり機能に期待はしていなかった。
現にこの当たり機能で数字が揃ったことなど一度もないからである。
早く数字が揃わないで終わってくれないかな、と雨に打たれながら思っていると——驚いたことに"7"と最後の数字が表示される。
(え、まじ!?)
半口を開けてぽかんと固まる。今まで自動販売機を利用してきて初めての当たりだったからだろう。何だか現実感がない様だった。
晴也は驚きの表情を浮かべながらも、自分の分の飲み物も無料で手に入れてしまった様子。
すぐさま、取り出し口からもう一本の飲み物を手に取って晴也は凛の元へと走りだした。
♦︎♢♦︎
「え、この雨の中で、わざわざ買いに行ってたの?」
凛に温かいココアを手渡すと、開口一番、ご満悦そうに晴也は笑われてしまっていた。
気恥ずかしさに襲われて、押し黙ると『でも、ありがと』と感謝の言葉を述べてくる。
「私、ココア好きだからさ嬉しいよ。そっちはどうしてエナジードリンク?」
凛には温まるココアを選択したのに、どうして自分の分は冷たい飲み物にしたのか気になった様子。晴也はその質問待ってました、と言わんばかりにテンションを高めてこう言い放つのである。
「それがさ。自販機で当たったんだよ」
「あ、そうだったの?」
「うん、だから一番値段の高いエナジードリンクを選んだ感じだな」
「……なるほど、ね。だからそんなに嬉しそうだったんだ。なんていうかちょっと子供っぽいね」
「ま、まぁそこは否定できないけど、でも初めて当たったからかすげぇ嬉しい」
初めてのことだったというのが、一番影響しているのだろうが晴也はニッコリと凛にエナジードリンクを向けて満遍の笑みを浮かべる。
凛は、はっとすると自分の下半身の方へと俯いた。この流れで恥ずかしそうにするのはどうしてなのだろうか。気づけば凛の顔と耳は赤く染まっていた。
「ん? どうしたんだ?」
「い、いや………別に!」
唇を尖らせて凛は缶のタブを開けると、そっとココアに口をつけた。
———外は未だに雨が降っており、気温は低めだったが凛の火照りだした身体を冷ますにはまだまだ足りないくらいだった。
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