第16話 S級美女と喫茶店②

 再び席に戻ってきた結奈は、席を去る前と同じで顔を赤らめ何やら緊張している様だった。

 触覚をいじるのは、彼女の手癖なのか落ち着きが見られない。

 テーブルには、オレンジジュースに続いてコーヒーが並べられる。それは晴也が頼んだ物と同じ物だった。見たところ、ミルクが入っていなかったため、失礼ながら飲めるのかどうか晴也は心配になった。

 コーヒー好きな晴也としても、ミルクは入れる派であったからだ。


(……だけど、そこに触れる訳にはいかないよなぁ)


 検討違いであれば、あまりにも失礼な話。特に結奈の容姿はクールじみておりプライドが高そうなため、子供舌なのではないか、と疑ってかかるのは『悪手』だと晴也は判断する。


 先程まで"失われていた"気まずい空気が再度、復活し初めてきたため晴也は再び"少女漫画"の話を振った。


「そういえば……今日買われてた新巻の話ですけど、どうなっていくと思います?」

「え、そ……そうですね。今回の巻はライバルのターンな気がします」

「いやぁ、あのライバル……カッコいいですよね! こう、悪男感あふれている感じとか! 自分、憧れなんですよ」


 今回、結奈が購入した巻で活躍するであろう男のライバル役。晴也はそのライバル役に心底惚れ込んでいた。普段チャラチャラした軽薄な男であり、いけ好かないものの内情ではピュアな心を抱えており、"ギャップ"が大いに見られるキャラ——それが、ライバル役のキャラクター性である。


「……あの、こういうのもなんですけど……やめた方がいいと思います」


 ただ、結奈としては受けがあまり良くないのか、気まずそうにチラチラと青い瞳をこちらに向けてきていた。


「ああいったキャラは……その、二次元だからこその良さというか」

「……な、なるほど」

「貴方は貴方のままでいいと思う……思います」


 途中で言葉のあやに気づき敬語に変え、ピンと背筋を張る結奈。たまに敬語が抜ける癖があるのだろう。逆にこちらとしてもそれは気を遣わせる様で悪かった。


「もし敬語とか苦手な様でしたら、敬語外してもらってもいいですよ。歳も近そうですし」

「いや、それも悪いといいますか……私まだ16歳ですし」


 チラチラと青の瞳を申し訳なさそうに向けてきた。口調から察するに、どうやら晴也のことを歳上だと思っている様子。律儀で礼儀正しいのか、彼女は歳上相手にタメ語で話すことに抵抗がある様だった。

 だが———結奈と晴也は同級生。互いに気づくことはないものの、年齢に差はないのである。


「あの……生憎ですけど自分、15歳なので歳下です」

「え、そうだったんですか?」

「はい、なので……全然タメでも大丈夫なので」


 頭を軽く下げて、下手に出れば結奈はふぅと軽く息を吐いた。彼女としても、堅苦しい言葉遣いは苦手なのだろう。黒髪を弄りながら、こう溢すのだ。


「じゃ……じゃあ遠慮なく」

「はい、全然問題ないですので」

「貴方も敬語外してくれると助かるんだけど」

「あー、それなら自分もタメで」

「お願い」


 そんなやり取りを二人は経て無事、敬語からタメ語に。よそよそしさはまだ取り除かれないものの、互いの"趣味"である少女漫画の話をすれば……時間を忘れて二人は話に耽った。


♦︎♢♦︎


 時が経つにつれて、日はどんどん暮れていき気づけばもう夜の時間になっていた。

 晴也も結奈も当然、夜まで話そうなどと考えいなかったのだが、お互いに"タメ"で話すようになってから、壁がなくなり時間を忘れて話し込んでしまっていたのだ。


「気づけばもうこんな時間……」

「ごめん、気を遣えれなくて」

「いや、私も時間忘れて話しちゃったからいいよ。そっちは大丈夫なの?」

「こっちは一人暮らしだから問題ないな」

「そ。私も予定ないから大丈夫なんだけど」


 互いに高校生にしては珍しい一人暮らし。親のしがらみがないため、時間の制約は受けにくかった。だが、晴也としてはそれでも申し訳がなかった様子。外が暗闇に包まれているのを思うと、女性一人を帰らすのは一人の男子としていけない気がしたのだ。


「よかったら、送るけど」

「あんた歳下でしょ? 大丈夫よ」

「いや、でも」


 普通の女子高生ならここまで晴也も引き留めたりはしない。だが、結奈はかなり美形の女子高生である。それに晴也にとって、結奈は今や趣味を語り合える"友達"の感覚でいた。

 だからこそ、心配はいつにも増してしまっているのである。


(結果的に、彼女の帰宅が遅くなるのも俺と話したからになるしな)


 心配もあったが、責任感もあるのだ。ここでなにもしないというのは益々男が廃るというものである。心配そうに、真顔を結奈に向ければ結奈は視線を逸らして黒髪をくるくると指で巻いた。


「……分かったわ。送ってもらう」

「ありがとな、助かる」

「なんであんたがお礼言うのよ? それは本来、私が言うことでしょ」

「でも、俺の我儘で言ったことだし。感謝するのはこっちの方だって」

「………っ」


 途端、結奈はすっと顔を逸らして誤魔化す様にまだ口をつけていなかったコーヒーに口をつけた。


「え、そ……それって」


 グビグビとコーヒーを飲んでいく結奈を心配そうに見つめる晴也。

 晴也が心配するのは会話の中で、こんなやり取りがあったから———。


『笑わないで欲しいんだけど、私……コーヒー飲めないから』

『え、なら何で頼んだんだ?』

『ま、間違えた……』


 そう。こんな会話を交わしていたため、今グビグビとコーヒーを飲んでいる結奈を見て不安になるのは自然なこと。

 だが、一気にコーヒーを飲み切った結奈はそのまま、すたすたと会計へ向かいだした。

 晴也はそんな結奈に唖然としながらも、彼女の後を追うのである。


(……なんか耳が赤い気もするが、気のせいか)

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