第6話 浮遊機械都市キュービック ③

「今頃リオはマスターてのと会ってる頃か」

「マスターてどんな方なんでしょうね」


 キュービックではマスターの管理の元、ここに住む機械達は必要な物を全て与えられており(そもそも機械達に欲求というものがないため嗜好品という概念が無い)、商売というものが全く発展していなかった。


「さあな……お、こっちの道を行けばマーケットだ」

「機械都市のマーケットてどんな感じなのかワクワクしてきましたねぇ」


 オイルの匂いが鼻腔を掠める道路を進む、すれ違う多種多様なロボット達は珍しい筈の有機生物の二人に全く興味を示す様子が無い。


「商売が発展してないのにマーケットがあるたぁなぁ」


 商売が発展しなかったとはいえ、取り引きという概念そのものは機械に組み込まれている。ただ感情がある訳では無いので、そこを利用した駆け引きは一切通用しない。

 通用はしないが、嘘もつかない為必ず公平な価格取り引きをするという信頼があるらしい。

 つまり供給は充分だが、需要を理解していないため常に一定の物価で取り引きをしているのだ。そのため商売が発展せず独自の文化を築いていた。


「値引きが通用しないから一定の価格ってのはある意味助かるな」

「副長からいくら持たされたんですか? そもそもこの世界の貨幣てなんなんでしょう?」

「あぁ、それが何も無くてな。必要なものを伝えたら後で持ってきてくれて、その時に副長と艦長がやり取りするらしい」

「つまり訪問販売という事ですか」

「ちょっと違うだろ。いやまあ近いもんか」


 そんなこんなで件のマーケットに到着する。マーケットは三階建ての円形の建物のようで、派手な飾り付けも何も無い、パッと見ではただのドームにしか見えないものになっている。

 入口らしき扉を潜り、中へ入る。

 入ってすぐ正面にカウンターがあり、そこに受付らしきロボットがいた。ローパーのような長方形型のロボットで、ペンチのようなアームが触手のように生えている。

 そのローパーロボが声をかけてくる。


「マーケットへようこそ、取り引きですか?」

「ああ、商品をみせてくれるか?」

「かしこまりました。二〇二番のブースへどうぞ」

「ここへ行けばいいんだな」


 言われた通り二〇二番のブースを探して歩く事数分、二階の真ん中にその部屋があった。広さは三十メートル四方の正方形、高さは三メートル程で普通の部屋。しかしその部屋には何も無い、くず鉄一つ無いのだ。

 あるのは床と壁と天井に描かれた模様のみで、その模様も一見するとワイヤーフレームのようだ。


「ワシ達かつがれたのか?」

「どう、なんでしょう? もう少し待ったら商品を持ってきてくれるとか?」


 疑心暗鬼に陥る二人だが、それも直ぐ杞憂におわる。

 ブース内に突如「準備が完了しました」というアナウンスが流れると共に、床と壁と天井が一斉に模様を変え始めたのだ。

 更にそれまで無かった商品棚がまるでスーパーマーケットのように建ち並び、それらが果てしなく広がっていく。最早三十メートル四方の部屋なんてどこに行ったのかと言わんばかりだ。


「こいつは、驚いた」

「な、なんなんですかこれぇ」

「初来店のお客様へご説明します。ここはホロブース、皆さんが見ている物は全て実体のない映像です。しかし重力子波動を使って居ますのでまるで実物のように触ることができます。

 是非手に取って品定めしてください。

 また見たい商品があればその場で声に出していただければ、表示いたします」

「なるほどな、VR空間みたいなものか」

「凄い技術ですねぇ」


 何処かレトロフューチャーなところは否めないが、地球とアルファースには無い技術なのだからこの際楽しむ事にしよう、と意気揚々と品定めを始める。

 不思議な事にどれだけ歩いても壁にぶつかることはない、それどころか三十メートル四方の部屋にいる筈なのに、別々に歩けば歩く程二人の距離感も離され見えなくなっていく。

 おそらく視覚神経を誤魔化す何かがあるのだろう。

 ヒデはせっかくだからと、整備に必要な品物をカートに入れた後で、これらの技術を学べる学術書などを片っ端から追加していった。

 対してドクターの方は、衣料品や医薬品、食料をカートに入れてから、このホロブースを医療に使えないかと同じく学術書などを漁って追加し始めた。

 数時間後、ホロブースを出た二人はとても満足気な表情を浮かべながらガリヴァーへ戻っていったそうな。


「いやぁ、いい買い物したなぁ」「いい買い物しましたぁ」


 二人は忘れているが、実際に買うかどうかは副長と艦長のリオが決めるので全部買えるとは限らない。

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