12

 一方、ソルの元へ一人向かったユーシスは鈴の音に足は止めず一度後ろを振り向いていた。だがそこには、つい先程までいたはずの四人とジャックの姿はどこにもなかった。

 しかしユーシスは立ち止まる事はせず、顔を前へと戻す。そして依然と佇むソルを逃がさぬように見つめ足を進めた。

 着実にその距離を詰めて行くユーシスに対し微動だにしないソルだったが突然、背を向けると逃げるように建物から建物へと走り始めた。


「チッ。どこに行きやがる」


 愚痴を零しながらもユーシスはその後を追う。それから逃げるソルを只管に追い続けるユーシス。

 だがそれも長くは続かず、目の前を走っていたソルの姿は跳んだ先の建物へと消えて行った。それを追うユーシスも天窓からその倉庫のような建物へ。

 広々とした中は幾つか荷物の山がある程度であまり物は無く、月明りだけが照らし薄暗い。そんな建物でソルは待ち構えるように足を止め、一足遅れで下りて来たユーシスと対峙した。


「もう逃げなくていいのか? 逃げるのは得意だろ?」

「そうだな。でもここなら邪魔が入る事もないはずだ」


 最初は軽くあしらうような口調で、ソルはここまで来たのはそのためだと説明するように言った。


「そんな事はどーでもいい。アンタは何がしたくてここまで追っかけて来たんだ? いつも追っかけてばっかで。それとももっとおしゃべりでもしてーのか?」


 その煽る口調にユーシスは苛立ちに表情を染めながらこれ以上何かをいう事も無く、地面を一蹴し悠然と構えるソルへと向かって行った。

 だが、ひらり落ちた葉が流るる川に抵抗出来ぬようユーシスは気が付けば地面へとうつ伏せで倒されていた。殴り掛かった腕は後方へと伸び固定され、背中を踏み付けた足が体を押さえつけ身動きが取れない状態へ。


「まずは一回」


 ソルはそう言うと手を離し足を退け、ユーシスを解放した。

 その瞬間、ユーシスは間髪入れず寝返りを打ち起き上がるよりも先にソルの足を払おうと試みる。だが読んでいたのか反応したのか、ソルは跳んで躱すとそのまま顔を蹴り飛ばした。

 そして着地後、大きく退いたソル。


「ほら、さっさと立て」


 流血する鼻へ手をやりながら立ち上がったユーシスは、生々しい音を鳴らすと溜まった鮮血を地面へと噴き出した。一見すれば中々にダメージはありそうだったが、その表情は平然そのもの。


「そんくらいどーってことねーだろ」


 言葉を言い切る一歩先にソルは最初のユーシスを再現するように一蹴し間合いを一気に詰めた。そこから防いでは攻めの攻防が続くが、戦況が動くような一撃は無いまま。台本通りの打ち合いのように一定の攻めをした後は防御し、また攻めに転じを互いに繰り返してた。

 だがソルの一撃を受け止めたその時。ユーシスはその握った手を一気に引き寄せ、一歩近づいたソルの顔へ蹴りの分を返すように拳をぶつけた。顔は勢いそのまま横を向かせれるが、ソルはそれと同時にユーシスの足元を掬った。殴打の衝撃を右足で耐えながら重心を掛け、左足で足を払う。視界だけでなく意識すらも認識できない外側から放たれた足払いに気が付いた頃にはユーシスの体は傾き始めており、そこから背中へ衝撃を感じるのは直ぐだった。

 しかしその痛みに耐えてる暇は無く、ユーシスはすぐさま体を回転させた。一歩遅れて隣の残像を踏み付けるソルの足。

 ユーシスはそのまま地面を転がり僅かに間合いを取ると軽やかに起き上がり、片足を軸にソルへ蹴りかかった。反射ではなく見てから悠々と構えた腕は、大木のように微動だにせずその蹴りを受け止めた。

 そこから繰り広げられた第二ラウンドと言うような激しい攻防。最初より激しさはあったものの一発二発と着実に蓄積されているのはユーシスの方。一撃一撃、大したダメージではなかったものの体へ響く衝撃は僅かながら力の差を見せつけるようだった。

 そんな中、ユーシスの一発がガードより一足先にソルの顔面へと迫る。タイミングから見てもそのまま殴飛かと思われたが、拳は身を引きながら一歩下がるソルの鼻先を掠めた。そして顔先を思わぬ空振りをした拳が通り過ぎるとソルは間髪入れず、残していた片足を軸に体に回転を加えながら体を戻す。そのままユーシスの鳩尾へと足を減り込ませた。

 制御を失い宙を進むユーシスの体は積み上げられた荷物へと突っ込んだ。長い間ずっと放置されていたのか空中には煙のように埃が舞いユーシスの姿は見えない。

 一方、ソルは足を下ろすとユーシスを呑み込んだ荷物の山を見つめながらゆっくりと近づき始めた。一歩、一歩。警戒しているのかその足取りは緩徐としている。緊張感を煽るように木霊する足音。

 すると突如、ユーシスは荷物の山の中から爆発の如く飛び出してきた。勢いそのまま咄嗟に足を止めたソルへ体をぶつける。片足を引き、正面から受け止めるソル。そして腹部へ抱き付くような状態で止まったユーシスへ引いていた脚で膝蹴りをひとつ。一瞬、勢いそのまま跳ね上がるユーシスの体。

 だが両腕はその体を離さず、それどころか両脚を抱え込むと掬うように地面へと押し倒した。背への強打と連符を打つようにユーシスは透かさず先ほど透かした一発をぶちこんだ。正面へ戻ってきた顔へ逆の手でもう一発。左右に顔が向く度、地面へはユーシスと変わらぬ赤い血液が飛び散った。

 同じ手で更にもう一発。と拳を振るうが、割り込んだ腕が身代わりとなる。直後、ソルは両脚でユーシスの胴体を挟み込んだ。そしてガッチリと固定しそのまま上体を起こすと顔面へ頭突きを喰らわせた。鈍器で殴打されたような衝撃に思わず上体が退くユーシス。

 しかし何とか体を戻し優勢を保つと、ソルが次の行動を取るより先に伸ばした手が喉元を押さえ付けた。その代償とでも言うのか、隙だらけな側から頬へ走る強打の衝撃。更にソルは喉元を掴んだままだったが力の緩んだ一瞬を見逃さず、自分へ伸びる腕を掴むと依然と胴体を挟んだままの脚へ力を入れユーシスの体を横へ強引に倒した。一瞬とはいえ初動で抵抗出来なかったユーシスはそのまま成す術無く地面へ肩を打ち付け、ほんの数秒で形勢は逆転。喉元へ手は伸びているものの地面に倒れるユーシスへソルが馬乗り状態となった。しかもつい先ほど、負ったはずの怪我も含め血痕はあれどソルの顔にはひとつとして傷は見当たらない。


「まぁ多少はマシになってるな」


 片手で喉元の手首を掴み、もう片方の手で残った血を拭うソル。そして力づくで喉元からユーシスの手を引き剝がすと、もう片方の手と共に地面へと押さえ付けられてしまう。ユーシスの両手を拘束してしまっていたソルの片手。当然ながら抵抗するが振り解く事は出来なかった。


「頑丈だが、吸血鬼と比べて治りはおせーな。って当たり前か」


 そう言いながらソルはユーシスの口元に溢れる鮮血を親指で拭った。

 そして徐に腕を喉元へとやると前屈みで少し体重を掛けて僅かに首を絞め、顔を目と鼻の先まで近づけた。


「なぁ。アンタはこんなんでどーやって吸血鬼からテラを守るつもりなんだ? 口ではそうほざいてても実際はこうだ。なぁ、ユーシス。言ってみろよ」


 だがその重みを徐々に増していくソルの腕は、それにつれ首を絞めていく。そしてついには、呼吸すらままならない程にまで締まり言葉を発するどころではなくなっていた。


「このまま、アンタを殺すことだって出来る」


 段々と手元から離れていこうとする意識。

 だが意識は直ぐに酸素と共に体内へと戻ってきた。喉元から腕が離れると激しく咳込み息を吐き出しながらも半狂乱になったように何度も酸素を吸おうと呼吸を繰り返す。

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