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 だがそれでも彼に一切の変化はない。まるで何も無かったかのように灰皿に置いてあった葉巻を手に取り悠々と一服。


「まぁまぁ。僕らは別に戦いに来たわけじゃないからね。アンフィスもそれぐらいにしてよ」


 主にアンフィスを宥める為のメルの言葉に、彼女は舌打ちをし顔を逸らした。

 そんな彼女を横目にメルは再度、視線をヴィクトニルへ。


「実を言うと僕らはまたノワフィレイナ王国を再建しようと思っているんです。その為、まず手始めに自分ら以外の種族を絶滅へと追いやった欲深き人間を狩り尽くします。――是非ともあなたには、その手助けをして欲しいんです。だから今日はこの場所へ来ました」


 だがヴィクトニルは見向きもしない。


「あなたの噂はこの僕でさえ知っています。あのオーディ様にでさえ引けを取らなかったウェアウルフの王、ヴィクトニル・フィーリル・ヴァールガルド。忌まわしき人間との大戦によりウェアウルフも絶滅の危機にあります。あなたが守ってきたものが人間によって壊されてしまったのです。どうかご一緒にあのノワフィレイナ王国の栄光を取り戻しませんか? きっとオーディ様も――」

「お前は勘違いをしている」


 ヴィクトニルはメルの言葉を遮ると葉巻を片手に横目を睨みつけるように向けた。


「儂は先代が吸血鬼と手を組みノワフィレイナという大国を築き上げたその真意を骨の髄まで理解している。それは王であり原種である白狼に代々語り継がれてきたことだ。それ程までに重要で、それは中心に聳える一本の軸。儂は王として何よりも一族を優先してきた。吸血鬼でもなく、他の種族でもなく、ノワフィレイナでもない。ウェアウルフという我が一族をな。――だがそれも潰えようとしている。儂の代で長きに渡り続いて来たウェアウルフという血筋は絶えたと言っても過言ではない程までになった」


 無念、焦燥、自責。今のヴィクトニルは何を感じていたのだろうか。内で煮え立つ感情を沈めるように、彼は緩徐に葉巻を吸っては吐き出した。


「今の儂がお前らに協力する理由がどこにある?」

「ありますよ。あなたがノワフィレイナ王国へどこまで忠実なのかを示す為にも。ノワフィレイナ王国は吸血鬼一族そのものでもあったそうです。この僕でさえ、そう思ってるのですから。実際のあなたもそうであることを願いたい。だが同時にあなたの噂の中に、あなたは誰よりも一族を想うというものありました。流石にあなたのような大物を片手間に相手する事は出来ません。気持ち的にも実力的にも。ですから僕は、確証が欲しいのです。あなたが我々の邪魔をしないという――確証が」

「儂はお前らに何かをくれてやるつもりも無ければ、その義理も無い」

「でも――」

「それは残念です」


 メルはまだ何か言いたげだったが、その言葉をオリギゥムが遮った。


「では、こちらとしてもそのまま貴方を野放しにしておくわけにはいきません。脅威となっては面倒が増えるだけですから」

「お前ら如きにこの儂をどうにか出来ると? ふっ。随分と舐められたものだな」

「お言葉ですが、算段はついています。貴方が力を取り戻している事も、吸血鬼が未だその力の一部を失っている事も、全ては承知の上。ですが我々はここにいるのですよ。力を失ったとは言え吸血鬼が四人。それに加え既にこの場所は多くのデュプォスによって包囲しています」


 その言葉通り小屋の周囲には数えるだけ無駄だと思える程のデュプォスが出番を今か今かと待っていた。


「そして貴方を確実に殺せるよう策も複数用意しています。――メルは貴方の事を随分と高く買っているようですが、どうでしょう? 私とアンフィスは聊か疑問を感じております。本当にこれだけの用意をした意味があるのかと」


 メルは一人顔を俯かせ、オリギゥムとアンフィスはヴィクトニルへと鋭い視線を向けていた。


「ですが、彼が望むのなら貴方にもチャンスはあります。――私達と共に今一度、ノワフィレイナ王国を再建いたしませんか?」


 オリギゥムの言葉に真っ先に帰ってきたのは嘲笑するような一笑だった。


「何度も言わせるな、お前は勘違いをしている。先代がノワフィレイナを建国したのは他でもない一族の為だ。一族がより良く安定した生活をする為に、吸血鬼と手を組みノワフィレイナという国を作った。全ては一族の為。それが潰えようとしている。――正直に言えば儂自身は、吸血鬼が好かん。あの時は一族の為に王としての務めを果たしていた。だが今は違う」

「そうですか。――では残念ですが、致し方ありませんね」


 しかし溜息交じりではあったが、オリギゥムの口調に残念という意思は全くと言っていい程に感じられなかった。

 その視線の先で暖炉へ葉巻を放ったヴィクトニル。それとほぼ同時に机の足を軸に蹴りを繰り出すアンフィス。だったが、その足はいとも容易く受け止められ、ヴィクトニルの姿は獣化していた。


「これがたった一人でも一族を守る事になるのなら――迷う意味もあるまい」

「メル。もういいですね」

「……うん。仕方ないよ」


 未だ一人落ち込みを隠せないメルを場外にソルも加わりヴィクトニルと吸血鬼の激しい戦闘は始まった。

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