第14話

「あれ、今日って晴れるとか天気予報で言ってたか?」

「いや、雨だって言ってたと思うけどな。最近の天気は不安定だから、予報もなかなか難しいのかもしれんな」


 教室の窓から、外の様子を見た敦人がふとそんなことを口にした。

 彼が抱いている疑問は尤もで、天気予報では雨と曇りで降水確率が60か70%ぐらいと言っていたような気がするが、その予想に反して雨はほとんど降らず、現在は薄日が差してきている。


 最近の天気予報は、予想が難しいのか「思っていた天気と違う……」なんてことがちょっと増えてきたように感じる。


「あんまり雨が降らずに晴れてきたから、久々に外で体育じゃね? ここ最近、体育は雨のせいで体育館ばっかりだったし!」

「確かに、そうなりそうだな」


 本格的に梅雨の時期に入って、体育がある日はよく雨模様で体育館での授業になってしまっている。

 しっかり晴れていた五月もなぜか体育館で行うことばかりしていたので、グラウンドで行うような競技が全くできず、「次の授業時、晴れていればグラウンドで」と言う言葉が毎回のように体育教師から伝えられていた。


「まぁどっちにしても、体育は俺の生きがいだからな! 楽しみなのは間違いない!」


 久々にグラウンドでないと出来ないことが出来るためか、敦人のテンションは高め。

 意気揚々と敦人はそう言っているそんな彼が、侑人としては結構羨ましい。


 いくら数学や英語などの座学で好成績を収めようが、毎日のようにあるこれらの授業が楽しみになることはまずない。

 だが体育は侑人としても楽しいし、運動神経が敦人並みに良ければ出来ることも多くて、楽しいに違いない。


「この感じだと、体育がある午後にはかなり晴れてきそうだな」


 そんなぽつりとこぼれた侑人の言葉通り、六時間目の体育が始まるときには、蜘蛛が多めながら青空と強い日差しが差し込んでいた。

 そして何より、六月に似合わぬ冷たく強い風が吹き込んでいる。


 男子は教室で着替えをし、女子は別に設けられた更衣室で着替えをすることになる。

 五時間目が終わると、教室に居る生徒たちが一斉に体育の準備を始める。


 ロッカーに五時間目の授業で使った教材を片付け、体操服を出していると、同じように荷物の出し入れをしている結愛の姿が目に入った。

 だが、いつものような明るい表情と言うわけではなく、ちょっとだけ悩んでいるような顔をしている。


 侑人としては気になるが、この場で直接声を掛けに行くことは抵抗がある。

 そこで、近くにいる柚希に、結愛のことについて聞いてみることにした。


「真島さん、何か悩んでるみたいだけど何かあった?」

「お、察しがつくようになったか。実はね、こういう天気になると思ってなくて結愛半袖の体操服しか持ってきてないんだって。紫外線は日焼け止めでまだマシだけど、今日って結構風のせいで寒いからね……」

「そういうことか……」


 運動部ではない結愛からすれば、体操服を置いておくことが出来るのはこの狭いロッカーの中だけ。

 その中に多くの教材やらを入れておく必要があるのでしわになったりする。

 今日が雨予報で体育館の活動だと思っていただろうし、持ってきていないのも理解出来る。


「ダメ元で聞くけど、侑人は長袖の体操服持ってたりしない?」

「……実を言うと、持ってはいる」

「え、何で持ってるの!?」

「日焼け対策になるかなって思って持ってきたけど、周りがみんな半袖で目立つのが嫌で着るに着れなくて、そのままロッカーの中に保管してある」


 実を言うと、侑人はロッカーに長袖の体操服を保管したままにしていた。


「着る予定無いなら、結愛に貸してあげな~?」

「そ、それは無いだろ……」

「え、何でよ! 彼ジャージじゃん!」


 それに、一応整理整頓などをしているとはいえ、狭いロッカー内に入れたままでしわや変な臭いが付いている可能性だって捨てきれない。

『彼ジャージ』と言う言葉が、今の侑人と結愛の関係性に正しいかもよく分からないし、仮にそうだとしても管理状況次第でその言葉がより醜くなりそうだが。


「ロッカーに入れっぱなしだから、流石に抵抗あるわ……」

「……私に見せてみなさい。私がいけるとなれば、結愛にも大丈夫だと保証してやろう」

「真島さんとお前じゃ、品が違うんだが?」

「はい、頭来たー。拒否権なし。さっさと体操服出して」


 こういうことを言い出すと、柚希は絶対に引かないことを侑人は長年の経験から把握済み。

 渋々ロッカーから、丁寧に折りたたまれた状態を維持している長袖の体操服を柚希に渡してみた。

 受け取った柚希は、それを拡げて状態を丁寧に確認し始めた。


「お前は質屋か何かかよ……」

「全然問題ないじゃん! 侑人が使わないなら、結愛に貸してあげて欲しいな~?」

「え~……」


 先ほどあれこれ言ったが、同じ女子として柚希が問題ないと言うなら、侑人としての抵抗感は何とかなる。

 ただ、結愛からすればなかなかの抵抗感があるのではないかと思ってしまう。


「心配しなくても、私から体調が心配だって聞いたって言って渡せばOKよ」

「それで遠慮されたら、俺はそのまま退くからな?」

「はいはい。それじゃあ、声をかけてみよー!」


 柚希は結愛の方に行って何やら声をかけると、再び侑人の元へと戻ってきた。


「侑人からちょっと話があるみたいって言っておいた!」

「いや、さっきのタイミングでお前から渡してくれたらそれですべて済んだのでは……?」

「侑人自身の手から渡してなんぼよ! ほら、時間無いし早く!」


 柚希の計らいで、クラスメイト達がいるところから少し離れたところに侑人と結愛は短い時間の中で会うことになった。


「どうかされましたか?」

「すみません、時間が無いのに……。柚希から、今日かなり寒くなったのに真島さんが半袖しか持ってないという話を聞きまして。使わないので、良かったらって言う話なんですけども……」


 どうしても話しながら、言い淀んでしまう。

 柚希としては、結愛の体調も守れるし、良いイベントにもなるとぐらいにしか思ってないのだろうが、侑人からすれば相当大胆なことでしかない。


 そんな侑人の様子を見て、結愛は面白そうに笑い始めた。


「予想ですけど、柚希に押されてきましたね?」

「……ですね、はい」

「なんだか変だなって思ったんですよ。こんな短い時間に呼び出すなんて、いつも会うときは慎重に考えてくれる小野寺君らしくないなって」

「お見通しでしたか」

「ありがたい提案ですけど、本当にいいのですか? 柚希に押されて仕方なくという形であれば、申し訳ないですけども」

「いえ、自分としては使わないので全く問題ないです。柚希チェックで女子が身に付けても問題ないと言われましたし。真島さんが嫌でなければ……どうぞ」

「じゃあ……お借りさせていただきます」


 お互いに顔を少し赤くしながら、体操服を受け渡しを行った。


「じ、時間も無いですし、戻りますね」

「そ、そうですね。本当にありがとうございます」

「いえいえ」


 どうしようもない恥かしさを感じた侑人は、慌てて教室に戻って周りよりもやや遅れて着替えを始めた。

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