第12話 真相

12-1 経営の実態

 「今日で、何日、経過したかしらね?神崎さん」

 葵はかつて、捜査のために訪れた互助組合事務所で自身を迎えた神崎を相手に、取調室内にて、机を挟んで言った。

 「神崎さん、あなた、あの神崎哲也の弟よね。神崎製作所って、資金繰りが大分、おかしくなっていたみたいだけど」

 神崎は表情を変えた。

 関係者の逮捕から、約1週間程が経過していた。警察は当然のごとく、互助組合の建物、或いは神崎製作所等、関係各所から、捜査資料となるべきものを、押収していた。

 神崎は観念したように言った。

 「真相を話します」

 彼自身、証拠となる各物件の押収によって、かなり、追い詰められているのを感じていたらしい。今日まで、あまり、口を開こうとしなかったものの、事の真相を語り出した。

 「元々の問題は、兄の哲也を甘やかした初代社長で親父の一雄に原因があったんで

 す」

 このように切り出した神崎は続けた。

 「親父の一雄は一代で神崎製作所を築き上げた凄腕の技師でした。しかし、ワンマ

 ンで、ある意味で身勝手で、周囲の意見を余り聞こうとしないと男でした。そし

 て、そうだからこそ、自分の道を進み、一代でそれなりの企業組織を築き上げたと

 言えるかもしれません」

 神崎は、それまでの自身の人生、あるいは家族史を振り返るように続けた。

 「しかし、3年前、癌で他界しましてね。その直前、後継者として、一方的に兄を

 指名したんです」

 真剣に聞き入っている葵を前に、神崎は更に続けた。

 「父と兄は、何かウマが合うところがあったのかもしれません。しかし、問題だっ

 たのは、今回の斉藤氏殺害の実行犯となった崎田と山村でした」

 葵は少し、表情を変えた。いよいよ、ことの真相が明らかになりつつあるからであろう。

 神崎は言った。

 「さっき、親父は、他人の話を聞きたがらない、ということを言いましたよね。し

 かし、崎田と山村の話はよく聞いていました。親父は周囲に耳を貸さない頑固者な

 のに、あの2人の言うことだけには耳を貸したのは、あの2人は社長だった親父に

 耳当たりの良いことを言って、取り入っていたのでしょう。

  あるいは、社長人事の件ですが、あの2人が、兄を推薦していたのかもしれませ

 ん」

 葵は問うた。

 「どういうこと?」

 「親父に可愛がられた兄は、ダメ男でした。学歴は高卒まであるものの、3流校を

 ギリギリで出たような男です。実質的な学歴なんて、中卒といっても過言でない

 し、まして、学力だなんてことになれば、それ以下でしょうね」

 葵は何となくイメージが湧いた。

 「つまり、崎田と山村は、自分の好みに合わせて、社長をコントロールすること

 で、実質的経営権を握りたかったってこと?」

 葵の問いに対し、

 「おっしゃる通りです。流石、刑事さん、察するのが上手いですね」

 しかし、そんなダメ男たる哲也の下で経営が上手く行くはずがなかった。次第に「神崎製作所」は、経営が傾き出したのである。

 「崎田や山村も、経営能力がある人物ではありませんでした。強い者に取り入るの

 が上手いだけでした。しかし、哲也に取り入ることが上手くいかなければ、自分達

 の地位が危うくなることが分かっていましたから、哲也の社長就任後は、哲也をお

 だてていたんです」

 神崎によれば、おだてのために、哲也を高級バー等に連れて行ったこともあったという。

 つまり、葵が牛丼屋で見た光景は、部下による哲也へのおだてだったのであろう。

 周囲の人間が

 「国士」

 「反日は困る」

 と右派的言動をしていた事について、葵は問うた。

 それについても、崎田と山村が、外国人差別的言動をすることによって、哲也を「愛国者」に位置付け、おだてたのであった。無能な哲也はそれによって、重要人物になったかのように自己満足に耽溺していたのであった。学歴が全てとは言えないものの、無能な人間は往々にして、おだてに乗り、勝手な思い込みから差別者になりやすい、という話を葵自身もインターネット等で読んだことがあった。

 葵は改めて問うた。

 「しかし、『世界創世教』とどんな関係があるの?」

 この部分がかなり肝心であった。

 神崎は答えた。

 「経営がおかしくなる中、どこかからか、経営コンサルタントとして、津島が接触

 して来たんです。津島は先代社長の父の友人だと言っていました。確かに、姿は親

 父の生前から見かけていましたからね」

 「ふむ、それで」

 葵は話の続きを促した。

 「津島は御社の経営は厳しいようだから、低利の融資をしよう、親父さんとの仲と

 いう誼だ、と言ったんです。低利すぎるような気がして、私としては不審を抱いた

 ものの、背に腹は代えられない、助け舟だとばかりに、兄とあの2人は飛びついた

 んです」

 話はいよいよ、核心に迫ったようである。

 「しかし、津島の背後に『世界創世教』がいることが分かった時には、もう遅かっ

 た。大規模融資によって、実質的に経営権に食い込んだ津島には逆らえなかったん

 です」

 さらに、葵は促した。

 「斉藤良雄氏殺人の件とは、どのように結び付くのかしら?」

 「すみません、30分程、休みをくれませんか?少し、疲れた」

 葵は同意し、30分の休みをとった。


12-2 殺しの真相

 30分の休憩の後、神崎は再び、話し始めた。

 「『世界創世教』としては、あの地区一体で、勢力の拡大を企ていたんです」

 葵は問うた。

 「なぜ?」

 「日本では未だに外国人参政権がないでしょう。外国人労働者達は、まじめに働い

 て税も納めているのに、自分達の不満や人権侵害等の現実を正規の政治のルートに

 訴えられないことも少なくないので、日本社会のある種の不満分子と化している彼

 等、彼女等を取り込もうとしたしようなんです」

 カルトはいつの時代も、不満分子に取り入ろうとするようである。

 「『世界創世教』としては、経営が苦しくなっていたとはいえ、比較的に良い装備

 等を持つ斉藤鉄工所に目を付けました」

 「目を付けたって、どうやって乗っ取る計画だったの?」

 葵は問うた。事件の肝心な部分である。決して、見逃すわけにいかない。葵は強い調子で問うた。すでに、神崎は観念しており、言った。

 「その乗っ取りのために、斉藤氏を殺すことにしたんです」

 「殺すにあたって、殺し屋を雇うことや、自分の部下を下手人にすることも崎田や

 山村は考えたようです。しかし、それでは、暴力団を引き込む等、いよいよ、やや

 こしいことになりますし、部下を下手人にしたら、逮捕時に自白してしまうかもし

 れません。そこで、斉藤氏のスマホを鳴らし、その隙に、崎田と山村が手を下した

 んです」

 斉藤殺しは、「世界創世教」にコントロールされているのみならず、「神崎製作所」にて、哲也に取り入り、かつぐ体制を維持せねば、生きて行きないという意味では、崎田と山村にとっても死活問題であった。

 「ですので、兄も『世界創世教』の地区の責任者にならざるを得なかったし、斉藤

 氏殺人の件は、兄も承知のはずです」

 と、神崎の言葉が続いた。

 神崎哲也、崎田、山村の殺人容疑は更に固まった。葵は更に続けて、問うた。

 「私が捜査のため、斉藤鉄工所に行った時、外国人労働者は皆、斉藤社長は良い人

 だ、と言っていた。どういうことかしら?」

 「あれは、偽装工作です。斉藤氏の殺人を、物取りの犯行に見せかけたうえで、経

 営者死亡に対する互助組合からの緊急支援に見せかけようとしました。斉藤氏が殺

 された後、直ぐに互助組合が介入したら、場合によっては、斉藤鉄工所のゴタゴタ

 や労使対立につけいった乗っ取りが疑われる可能性がありますよね。ですから、外

 国人労働者には、現金を与えて、あのように言わせたんです。外国人労働者は、生

 活が苦しいだろうから、現金を与えれば、手なずけられるという計算でした」

 札びらでほほを叩くという全く失礼な話である。しかし、この非礼は、外国人参政権なき日本の政治の下での苦しい経済生活といった社会の現実が生み出したものでもあった。

 葵は更に問うた。

 「凶器の鉄バールだけど、現場にそのまま、残されていたわよね。物盗りが犯行後

 に慌てて、逃げ出した姿を演出したのかしら?」

 「おっしゃる通りです」

 神崎の回答を聞きつつ、葵はいつもの自身の職場のホワイトボードにある


① 怨恨説


② 物盗り等


を思い出していた。意外な形で、葵達は、犯人側の演出にふりまわされていたようである。

 不意に、取調室の戸を叩く音がした。葵は、記録係の警官に神崎を見張っておくように言い、一旦、取調室の外に出た。そこには楓がいた。

 「重要参考人の中原徳子ですけど、近日中に釈放の上、DV被害者のためのシェル

 ターに送るとのことです」

 「本件に加担した疑いはないのですか?」

 「はっきりしません。但し、逮捕は今後の世界創世教の捜査等に支障をきたすとの

 ことで、という捜査本部の判断です」

 「分かりました」

 それだけ言うと、葵は一旦、手洗いに向かった。

 洗面台の前で1人になった葵は考えた。

 「徳子さんが逮捕となると、DV被害者のような人権侵害を受けた者を保護もせずに苦しめる警察、という図式ができる。そうなると、警察批判を通して、DV被害者のような人権侵害を受けた者を保護することで、それでも一応は『人権擁護』に努力したと主張する世界創世教が勢いづき、むしろ、被害者の会への攻撃材料を提供することになるかもしれない。そうなった場合、世界創世教の活動の正当化に資してしまうことになるかもしれない。そうなれば、警察がカルトを助けた、というある種の構図にもなってしまう」

 そう思いつつ、

 「まずは神崎等の件を処理しないと」

 心中、そのように言って、取調室に戻った。


12-3 検察への移送、津島の死

 数日後、神崎哲也、崎田、山村の3名は殺人容疑で、検察に移送された。弟の神崎は証拠不十分で釈放された。徳子は、女性警官の護送の下、シェルターに移送された。

 そして、津島は自殺した。留置所内にて自らの眼鏡を割り、ガラス片で手首を切ったのである。報告を受けた葵が駆け付けた時には、既に津島は死亡していた。本件にて、

 「世界創世教」

 の正体を説く手がかりは、自ら、その扉を永遠に閉じた。

 葵は思った。

 「取調を苦にしての自殺なのか?それとも背後に大がかりな何かがあるのか?」

 今回の件は殺人だから、捜査一課に仕事が回って来た。殺人でなければ、公安の仕事だったかもしれない。

 「とにかく、まずいことになった」

 心中、葵はそのように思いつつも、

 「あるいは、公安は捜査一課を利用していたのかもしれない」

 等と考えてもみた。

 そのように考えてみると、葵自身、改めて、警察という組織の歯車であることを思い知らされたりもする。

 夕方、取調室からいつもの職場に戻った葵は、楓に、以前とは逆に一緒の夕食を提案したものの、残業を理由に断られた。

 葵は、定時に本庁舎を出た。空は暮れかけ、夜のとばりが下りようとしていた。

 「外国人労働者や××小学校で出会った子供たちが、加害当事者の一員でなくて良

 かった。その点はとりあえず、幸いだった」

 そう思いつつ、葵は地下鉄に乗った。








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