第13話 役行者の話し(^^)ノ

私たちは伊勢を後にし、次は宿泊先である吉野に向かった。


丁度、桜が咲いている時期なので、金峯山寺は凄い観光客なんだろうなと思った。


車の中で、夫は修験道の開祖、役小角(えんのおづぬ)について語り始めた。


出雲の国譲りの際に、高天原から武甕槌神(たけみかづち)と言う超武闘派の神がやって来て、天照大神の子孫に国を譲るべきだと、大国主神(おおくにぬし)に迫った。


大国主神は、息子の事代主神(ことしろぬし)と建御名方(たけみなかた)が答えると言って逃げてしまった。


事代主神は、早々に国を譲る決断をするが、弟の建御名方(たけみなかた)は国譲りに反発。


武甕槌神(たけみかづち)と戦いを起こすも敗れ、諏訪の地まで敗走する。


建御名方は、大国主神(おおくにぬし)、事代主神(ことしろぬし)には逆らわない旨、諏訪の地から出ない旨、天孫に国を譲る旨を承諾し、その命を救われたと言う。  


事代主神(ことしろぬし)は元々は鴨族が祖神として信仰していた神である。


役小角こと、役(えん)氏は、三輪系氏族に属する地祇系氏族で、葛城流賀茂氏から出た氏族である事から、賀茂役君(かものえんのきみ)と呼ばれた。


この、地祇系賀茂氏は、後に安倍晴明(あべのせいめい)の師匠である賀茂忠行(かものただゆき)らを輩出した事から陰陽道の大家となっている。


賀茂氏は、地祇系と天神系に分かれているそうで、神武東征の際、神武天皇の先導をしたと言う八咫烏(やたがらす)は、別名を賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)と言い、天神系の賀茂氏の祖となった神である。


導きの神と言えば、天尊の道案内をした猿田彦大神(さるたひこ)がよく知られているが、猿も烏(からす)も、日の出と共に活動を始め、日の入りと共に活動を終える事から、太陽の神使だと考えられたのだと言う。


神武天皇が大和の豪族である長髄彦(ながすねひこ)と戦って勝てなかった時に、金色の鵄(とび)が天皇の弓弭(ゆはず)に止まって雷(いかずち)のように輝いたため、長髄彦の軍は、幻惑されて戦意を失い、天皇は大和を平定した。


鵄(とび)は、よく烏(からす)と争う姿が見受けられるが、これは鵄(とび)が烏(からす)と生活圏を同じくしているからであり、神武天皇の前に現れた金鵄(きんし)も、実は八咫烏(やたがらす)であると言う。


賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)が八咫烏(やたがらす)に変化し、神武天皇の先導を果たしたと言う事は、賀茂氏は、神武天皇が大和の地に入る以前から、既にこの地に土着しており、比較的早い段階で大和朝廷に服属した一族だと考えられる。


また天神系賀茂氏は、山城を拠点としていた事から、同じく山城の太秦を拠点としていた秦氏と関係が深い一族だとも言う。


地祇系の賀茂氏の祖は、崇神朝で活躍した大鴨積命(おおかもづみ)と言う豪族である。


しかし、全国の賀茂神社の総本宮に、奈良県御所市の高鴨神社(たかかもじんじゃ)があり、鴨一族発祥の地を謳っている事から、神天神系の賀茂氏も地祇系の賀茂氏も、元々は同族だったのではないかと夫は推測していた。


どちらにせよ、賀茂氏は秦氏と同様に、古代の秘密の鍵を握る一族であると言う。


事代主神は、その名が示す通り、事を知る神なのだから。

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