第14話 回想編⑪初詣

2022年1月5日


 新しい年が明けた。

 

 彼は年末年始、1週間お店を休みにした。休みの間は誘われることもなく、私たちは1度も会わなかった。「年末はお店の掃除もあるし、父親のお墓参りにも行かないとあかんから忙しいねん。僕の実の父親は年末に亡くなったから。」と言っていたので、大晦日には「今からお墓参りに行ってくるね。」と連絡があった。実の父親が亡くなったのは彼が高校生の時で、それから数年で今一緒に住んでいる父親と母親が再婚した。義理の父親と大人になってから一緒に住む事自体複雑さを感じたが、彼自身それを感じさせなかった。そこにも違和感を感じていた。

 年明けには「お節食べた?」との問いに、「沖縄の人はお節食べる習慣ないんよ。寿司と父親の作ったソーキそば食べたよ。」と返事があった。彼は沖縄の血筋で、彼の義父もたまたま沖縄から出てきたそうだ。


 「5日からお店開けるけど、昼で閉めるから、初詣でも行こうか。」と誘われたので、5日は昼過ぎにお店に着くように京都へ向かった。お店に着くといつものように、「何飲む?」と聞いてくれたので、温かい紅茶を入れてもらい、いつものように奥のソファーで話をした。「家族で初詣に行ったら、足腰弱ってるおかんが、滑ってこけたんよ。家は車がないからレンタカー借りて父親の運転で家に帰ったわ。その前にも家の中でこけて。。」と大変そうに話していた。実はその後にも彼のお母さんは家の中で転倒したので、計3回転倒した事になる。だから、病院にも付き添わないといけないと話していた。

 その日彼は煙臭かった。「なんか煙臭い。」と言うと、「あ、昨日妹が急にデイキャン行きたい言い出して、母親は足悪いから置いて父親と3人で亀岡の方行ってきたんよ。でも寒すぎてさ、焚き火してご飯食べたらすぐ帰ってきたわ。」ああ、それでこんなに焦げ臭い匂いがするのか。。そう言えば彼の父親は煙草も吸うと聞いていたが、彼の体から煙草の匂いはした事がなかった。煙草を吸う人と一緒に住んでいて、匂いが全くしないなんて事あるだろうか。

 「お父さん煙草吸うのに、匂いしたことないなあ。」と私が言うと、「僕は仕事終わって帰るのも遅いし、ほとんど接触しないからね。」と言った。でも・・・夜は早く帰ってるはず。家の事しないといけないからと。。私はそれ以上聞き返さなかった。


 セックスしながらこんな会話もした。彼は普段私に、「会いたい」「愛してる」など、めったに言わなかったが、「今年はもっと言って欲しいな。」と伝えると、「わかった。今年はもっと言うようにするよ。」と言ってくれた。彼は恥ずかしいからあまり言えないと言ったが、私は愛されている自信がなかったので言葉で伝えて欲しいと思っていたのだ。

 そんな会話をしながら、事が済むと彼はぐったりとしていた。「何考えてる?」と聞くと、「何も考えてない。薬飲んでぐったり。」と言った。その日はかなり調子が悪そうだった。


 そろそろ初詣に行こうかと言う事になり、思いついたように、「今宮さん行こう!」と彼は言った。今宮さんとは、今宮神社といって、さほど遠くない場所にある神社らしい。とはいっても歩くと時間がかかるので、タクシーに乗る事になった。

 5日にもなると、神社に人はあまりおらず、スムーズにお参りができた。「今年は彼と穏やかに過ごせますように。彼の体調が良くなりますように。」と祈願した。

 この日も彼を被写体にして写真を何枚か撮った。後で見直すと、窶れたような彼が写っていた。薬と睡眠不足の影響か、血流が悪そうで目にクマができていたし、ゴルゴラインというのか、目の下に筋ができていた。少しでも体調が回復して欲しいと願いを込めた。

 祈願の後は、この神社に来たら必ず寄るという、あぶり餅というのを食べた。その場所には同じあぶり餅を提供するお店が向かい合い、元祖と本家で競っている。小ぶりのおもちが細い竹串に数本刺さっており、きなこをまぶして炭火で焼き上げている手のこんだおもち。最後に白味噌のたれにつけて提供される。「どっちで食べる?」彼に聞かれて少し迷ったが、味もさほど変わらないというので、直感で元祖の方に並んだ。

 竹串は10本以上はあったが、本当に小ぶりだったので、あっという間にペロリと食べてしまった。きな粉の味はよくわからなかったが、香ばしいおもちと白味噌はとても合うのだ。温かいお茶ともよく合っていて、体も温まった。「どこに何があるとか、詳しいよね。」と私が言うと、「母親連れてきたらなあかんやん。」と彼は言った。普通に本当の事だとすれば、なんて母親思いのいい息子なんだろうと、誰しもが思うだろう。しかし、何故か私にはそうは思えず、何かが引っかかるのだった。彼が冷たい人間だと言いたいのではない。だが、どこかしら私の元旦那の、だらしなさのようなものが垣間見えるのである。私の直感でしかなかったが。。



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