第2話


 世界が震撼した。

 大袈裟ではなく校舎が揺れたのだ。精神に打撃を受けた多くの生徒たちが狂乱の渦に叩き込まれた。


「だから……もう一度言うけど、俺たち付き合うことになったから」


「そんなわけで、申し訳ないけれどもう告白してこないでね」


 間髪入れずに嘘だと叫んだ一人の男子生徒の頬を一人の女子生徒が張り倒した。泣き崩れた女教師に寄り添おうとした校務員が足の震えを止められずに階段から落ちた。心を殺して祝福しようとした女生徒が気絶し、発狂した男子生徒が校舎をあとにした。

 誰もが耳を疑い、目を疑い、世界を疑った。それでも、男――竜之介りゅうのすけの逞しい腕には女――琥珀こはくのしなやかな腕が絡まっている。互いに身体を預け合う様は、愛し愛される男女の営みそのものである。


「なっ、そっ、馬っ! だっ!! だって竜之介! お前!! 恋愛とか興味ないって!!」


「そうよっ!? 琥珀だって彼氏なんか要らないって!!」


「運命ってやつかな……」


「うん。もう彼無しで生きていけないかな……」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁんんっっ!?」

「なぁぁぁぁぁぁぁぁんんっっ!?」


 それぞれの友人が嘆願するように質問すれば、竜之介と琥珀は聞くだけで砂糖が零れてしまいかねない甘い声で返事をする。互いに見つめ合い照れ合うまでセットとなれば、友人はこの世の者とは思えない叫びをあげざるを得なかった。


 竜之介と琥珀が付き合いだした事実は、瞬く間に学校を、街を、県を、そして県外を駆け抜けた。駆け抜けついでに多くをひき逃げしたため多数の死傷者が出る羽目となった。


「なんだよ、おめでとうって言ってくれないのか」


「いや、でも……だって……まあ、おめでとう、だけど」


「そうよ、少しは喜んでくれてもいいじゃない」


「いいこと、なんだけど……でも、嘘じゃ、ないのも分かるけど」


「まあいいさ。俺には琥珀さえいれば」


「私もよ、竜之介さんが傍に居てくれるだけで嬉しい」


 おずおずと、さりとて力強く。

 これぞまさしく付き合いたてのカップルですと豪語する抱擁を前にして、世界は再度震撼することとなった。


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