第6話 彼女たちの覚悟


「別にお前の意見は聞いてないんだよ。抵抗したって無駄だ、こっちは元でも本職だからな」


 下卑た視線が三人に注がれる。三人が背を合わせて左手にニューナンブを構え、右手にスタンバトンを持ちスイッチを入れる。


「撃てるのか、玩具じゃないんだ、それでここを撃てるのか!」


 心臓を拳で叩いて挑発する、銃を持ってはいてもそれを人に向けるのは初めてだ。ましてや撃てと言われても決心がつかない。


「私は……どうすれば良いのだ? このままでは」


 じりじりと輪を縮めてくる、一斉に飛び掛られては防ぎようも無い。彼らがその一線を越えようとした、後一歩の距離にまで接近した時、若い男の声が響いた。


「ネェウェ モォト アサシネェト!」


 軽い、そう何か紙が弾けるような軽い音が連続した。突如聞こえたその音に合わせる様に、輪を作っていた全員が血を飛ばして転げまわる。地獄の叫びのような悲鳴を上げる。


「何よこれ!」


 あたりの繁みから小型の機関銃、マシンガンを手にした外国人が数人現れる。


「ここはお任せ下さい」


 たどたどしいながらも日本語を口にした。


「お前らは何者だ?」


 敵では無さそうだが銃をぶっ放すとは普通ではない。


「私はゼラドーラのメンデス。ボスにカーポ・ササキの護衛を命ぜられました」


「カーポ・佐々木だと?」


「カポレジーム、ファミリーってことよ。どういうこと?」


 夕凪が悠子に説明を求める。


「校長――プロフェソーラが私をファミリーだとしたのだ。こういうことであったか」

 ――私は様々な者に助けられている。いつか助ける側になれるのだろうか?


 恨めしそうに睨みつける田中元上級曹長の腹を一人が蹴り付ける。血を吐きながら転がった。


「こいつらはゼラドーラで預かります、殺しはしません。が、のうのうと生かしもしません」


 それ以上は聞かないほうが良いでしょう、メンデスが面倒が起きないうちに場を離れたほうが良いと助言した。


「夕凪、綾小路、ホテルに戻るぞ。自分の身も守れないとは、私は何をしているのだ!」


 次に銃を抜く時には撃つようにしなければならない。今のうちに覚悟を決めておく、そうしなければならないと強く誓った。言葉の端に悔しさを感じた夕凪は、彼女の後姿を黙って見詰めてついていった。




 ホテルの宴会場に長机を並べ、皆がその上にパソコンを置いていた。七人の幹部は反対向きで座り、ハンドディスプレイとコムタックを傍に置いている。教官が壇上に居て皆を観察する、レティシアが現れ教官の近くに座った。悠子が立ち上がり目の前に行く。


「先日はありがとう御座いました」


「何のことだい」


「ゼラドーラのメンデスという者に助けられました」


 今の今まで話す機会が無かったので場を借りて礼を言う。が、彼女は首を振った。


「そいつはこっちの手下だ」


 親指を結城教師にやって目を瞑る。悠子は向き直り頭を垂れて礼を述べる。


「ありがとう御座います」


「気にするな、私は言わばそれが役目でもあるのだ」


「どういう意味でしょうか」


 彼女の口からは言いづらいのか、それともこの場が悪いのかはっきりしない。レティシアが横から口を挟む。


「ゼラドーラはうちのゴメスって奴の下だ。そのうち悠子に預ける、そういうことだ」


 大幅に間を省いてしまった説明でそういうことだと言われても、はいそうですかとは言えない。


「預ける、ですか?」


「ああ。お前が一人で立てるようになるまで、こっちで面倒見てやる」


 一方的な物言いだが反論出来なかった、何せ自分の身を守れなかったのだから。


「申し訳御座いません。いつかお返しを」


「日本に進出する時に足がかりにさせて貰うさ。それまでにきっちり平和にしておけ、そのほうが稼ぎ易いんだ」


 蓮っ葉な物言いではあったが裏に隠された優しさが垣間見えた。


「鋭意努力致します」

 ――この人もやはり芯はクァトロと同じところにあるような気がする。


 やり取りを終わらせて席につく。警報が鳴る、ついに作戦が始まった。


「候補生に通告、自衛隊が姫路市に進出を始めた」


 各自のイヤホンに自衛隊の通信が流れる、幹部はコムタックをそのチャンネルに合わせた。ボイスチャットは幹部グループを指定している。周りが煩くても、離れていても彼女等のみの会話が可能だ。


「国道372号、国道312号から普通科連隊前進、国道2号からもです」


 姫路東を南北に流れる市川に沿っているのが312号、横切る形で東西に行くのが372号だ。2号は海側、新幹線の路線に沿って東西に走っている。


「主任、姫路城に敵の防衛部隊が伏せています」

「国道2号の複線部分の橋にも敵部隊!」

「通報です。播但線と山陽自動車道の交わる場所に機動部隊が潜んでいます」

「姫路市内に警報発令、外出が禁止されました」

「中国語で非常呼集が呼びかけられています」


 パソコンと携帯を駆使して現状把握に努める。結城教師が意外な顔をした、レティシアは口元を少し吊り上げる。


「悠子、お前ならどう攻める」


「敵の司令部は姫路市役所、ならば姫路城を無視して直接攻めます」


「背中が城側から狙われるぞ」


 市役所と城の間は二キロと離れていない、放置していたら狙撃銃でなくても砲撃の射程内だ。もっともそれは比喩であり、実際は建物が多すぎて視界も通っていない。


「城から出てくれるならそれにこしたことはありません。肝要なのは相手の頭を潰すこと、市役所を落とさずに勝ちはありません」


「ふん、いいじゃないか。だがよく見ておけよ、自衛隊はそうじゃないって所をね」


 足を組んで無線に聞き耳を立てる。彼女が言うように、国道2号を行った連隊が部隊を割いて、二軒ある病院の保護に走った。


 驚きだった、国道312号からの部隊も三つある病院に兵を派遣したではないか。


「戦闘部隊が侵攻中に病院の保護? 道義的にわからなくもないが、それでは遊兵が出来てしまう。いくら兵力があっても足らなくなるではないか」


「姫路城付近で交戦開始」

「外堀川の線で交戦です」

「一般通報、機動部隊が県道398号を通過、市川を外回りして姫路城に向かっています」

「通報、警告です。植物園に大砲があります!」


「場所は!」

 

 悠子が敏感に危険を察知して詳細を求める。北村クラス長を通して「市役所西北西五百メートル」答えがあった、公園のカメラから画像もディスプレイに送られてくる。見てもそれが何かは解らない、だが発射準備をしている様子が見て取れた。


「教官、自衛隊に警告を出せないでしょうか」


「私から伝えてみよう」


 電話で第3師団の司令部に繋ぐ、だが一般通報扱いされてしまい全然保留が解けない。自分たちの首を絞めるような扱いに呆れてしまう。


「城を迂回して後方に排除部隊を出さないときついだろうね」


 レティシアがそう結論を出した。まごまごしているうちに連隊が迂回してきた機動部隊と城に挟まれる。市民を巻き込んだ市街戦が展開され始めた。外堀川を攻撃している部隊に砲撃が行われる、一気に後退してしまった。が、病院に派遣した部隊は離れるに離れられず、何と病室で防戦をする羽目に陥る。


 ――これでは逆効果ではないか! 何をしておるのだ自衛隊は。


「通報! 山陽平松駅で電車に中国軍が乗り込みました」

「太子町斑鳩寺付近でトラックに乗った武装兵確認、東へ向かっています」

「山陽自動車道を中国軍が東へ向かっています」


 教室の端でレティシアが「退路の遮断と本部増援だね」正体を想定する。そこへ自衛隊の部隊通信が入ってきた。


「戦車大隊より司令部、姫路城への発砲許可を!」

「文化財の破壊を認めない。小火器で制圧せよ、それもあまり銃弾を当てるな」

「バカな! それで勝てるわけが無い!」

「貴様反抗は許さんぞ」

「くそっ! 戦車大隊了解」


 中国軍でなくとも、世界のどこの軍隊が聞いても何が命令されたかすぐに理解出来なかっただろう。獰猛なワニを相手にして皮を傷つけるなといわれているようなものだ。


「通報、黒軍装のジープが県道67号を南下中」

「夢前川駅東、川の上の線路が爆発しています」

「姫路バイパス、山所公園付近にヘリが着陸しました。あれは……アメリカの印があります」

「市川東にトラック多数。国防軍が進出」


「県道67号はどこだ」

 

 探すがすぐに見つけることが出来ない、悠子の声に西田クラス長が画面に矢印を表示させた。


 ――姫路城西二キロ地点、何時の間に。それに夢前川は先ほど中国軍が電車に乗ったという路線か。姫路バイパスは増援の妨害、だがアメリカ軍のヘリ?


 推移を見守る、自衛隊は手足を縛られたまま戦いを続ける。次第に地力を発揮し出すが、火力が劣るので攻め切れない。


「国防軍の初陣だ、精々自信つけて来るんだね」


 勝てば勇気が出るものだが、初陣は緊張で実力を出せない。それでも必ず通る道なのだ。


「付城公園から北西に敵が移動しています。住民の声では二百程」


 画面を見る、丘があって恐らくは気付くのが遅くなるだろう。


 ――これを見落とせば窮地に陥るやも知れん。


 自身のコムタック、三名の幹部とクァトロのグループチャットを開く。


「バイパスを東に行かせるな! ここで一時間足止めしたら撤退するぞ」


 それはフランス語だった。クラスの半数、そのまた一握りが概ね内容を理解できた。喋る側が意識してゆっくり簡単な単語を選ばなければまだ難しい。


「クァトロか。こちら佐々木少尉候補生」

「候補生?」


 フランス語の説明が無理だったので夕凪に通訳を任せる。


「丘を抜けるバイパス、東から二百の歩兵が向かってるわ」

「ダコール! 情報に感謝します」

「星川少尉候補生よ」

「キール上級曹長です」


 植物園の画像が一瞬乱れた。大爆発を起こしている、長い筒を抱えた褐色の男が映像に出る。黒の軍服を着ている彼らは目的を果たすと、さっさと西へと走り去った。


 ――手早い! これが手練の行動というわけか。


「キール上級曹長より、ビダ先任上級曹長。バイパスを歩兵二百が西進中の模様、挟撃を要請」

「おう、二分で挟み撃ちだ、道路に身を出すなよ」

「ダコール」


 簡単に打ち合わせると八人だけが西側出入り口に移動した、軽機関銃四挺を据えつけて待ち伏せする。同士討ちをしないよう、角度に気をつける。


 広間に安堵の空気が流れた、バイパスの中国軍が挟撃で全滅した。直接その被害状況を目にしていたらまた違うだろうが、彼女等は画像の数字やマーカーでしか確認していない。


「脅威は去ったか」

 ――少しは借りを返せたのだろうか?


「悠子、お前の采配かい」


 携帯電話への通報、カメラのクラッキング、そしてクァトログループのコムタック通信。結果、一つの部隊と防衛線の橋を守ることに影響を与えた。


「皆の行動の結果です。私は道の一つを示したまで」


「そうかい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る