マチュアの章・その5 ダンジョンの中は大変です


 マギアス大洞窟の内部はひんやりと涼しかった。

 洞窟内部に溜まっている【魔障】が変質し、内部に冷気を発生させているからであると、とある学者は説明していた。

 その証拠に、活火山である【竜骨山脈】の中腹であるにもかかわらず、この洞窟の内部はかなり温度が低い。

 そして下層に進むに連れて、気温はどんどん下がっていくらしい。



「この手の洞窟には、迷い込んできた魔物が住み着くことが多いのですよ。問題は、住み着いてしまった魔物たちから発する【魔障】が変質し、内部に住んでいる魔物たちを別の生き物に変えてしまうという事があるのです」


 ランタンに火を灯しつつメレアが告げる。


「ということは?」

「うーんと。例えば、中に『ゴブリン』が住み着いてしまったと仮定して。長い間この中に住み着いていると、【魔障】によって『ホブゴブリン』っていう種に進化することもあるっていう事だね」


 そう説明しつつ、フィリアは松明の準備。


「最悪のケースだと、人間すら悪しき存在に変質することもある。それに‥‥変質した【魔障】はさらに魔物を引き寄せる」


 サイノスがそう呟くと、フィリアとメレアも静かに頷く。


「ですが、魔術師にとっては【魔障】は必要なものでもありますよね?」

「マチュアねーちゃんは魔術師の魔法も使えるだろ? 【魔障】の変質した所では気をつけないと魔力が暴走する事もあるんだよ 」


──ゴクリ

 思わず息を飲むマチュア。


「そ、そうなのですか」

「ええ。私のような【精霊魔術師エレメンタラー】の扱う精霊魔術にも【魔障】は関係していますから。コントロールを間違えると精霊の怒りは術者に返ってきますわ」


 百聞は一見に如かず、とはまさにこの事。

 ラノベで読んでみて楽しそうと感じていた事は、実はとても大変なことだと実感する。

 そう考えると、ラノベの主人公って凄い。


「よし、準備完了。いきますかぁ」


 サイノスの掛け声で、いよいよ洞窟へと突入開始。



 ○ ○ ○ ○ ○



 しっかりと踏み固められている足元。

 数多くの冒険者が時折訪れるということもあり、足元は歩きやすいように踏み慣らされていた。


「地図によると、この先までは問題なし。報告にあった崩落現場はここから下の階層ですね」


 羊皮紙で作られた地図を開いて、メレアがそう告げる。

 この地図は冒険者ギルドで販売している地図で、ここを訪れる冒険者の間では結構出回っている代物らしい。

 ここを訪れた冒険者たちから手書きの地図を買い取り、それを清書してまとめて販売しているそうだ。

 製本や印刷技術がないので、すべて手書きで高価らしいが。


「ちょっと見せて貰っていいですか?」

「あ、どうぞ。見方は判りますよね?」


 地図を受け取ると、じっと見る。


(スキャン開始。取り込めるかな?)


 と【GPSコマンド】を起動する。と、1分ほど掛かって取り込みは完了した。

 ただ、取り込んだからといってどうということはない。

 ただ地図をコピーしただけなのだがら。

 【GPSコマンド】と併用して何か特殊な効果が発生するのかと期待はしていたのだが、それほど便利ではなかった。

 それでも地図を広げて確認しつつという事は不要になったので、いざモンスターに襲われたときなどは素早く対処することが可能である。


「あ、ありがとうございました。かなり細かい部分まで書かれているのですね」

「最初にこの洞窟を発見した方の報告から、いままでの情報をすり合わせた地図ですから」


 とメレアが告げた時。


「さて、お嬢さんたち、お喋りはその辺までで。敵だよ」


 とサイノスが手にした松明で前方を照らす。


──ガシャガシャッ

 前方からゆっくりと歩いてくる白骨死体。

 手には錆びた円形のスモールシールドとロングソード、頭には同じく錆びた兜をかぶっている。

 肩甲骨や肋骨に錆びた鎖のようなものをぶら下げているが、あれは鎖帷子チェインメイルの成れの果てであろう。

 数は全部で12体。

 突然のクライマックスである。


「フィリアとマチュアは支援を、俺が前にでる。メレアは炎の精霊で」

「了解っと。マチュアさんはこっちに」


 そのままフィリアと共にメレアの元に下がる。

 マチュアはメレアの斜め前に立つと、スモールシールドとフレイルを構えた。

 メレアは大地に杖を立て、懐から取り出した触媒である粉を松明に近づける。


「火の精霊サラマンダー。いまこそ顕現して力を貸して頂戴!!」


 そのまま瞑想を開始。

 やがて松明の中から小さな『炎のトカゲ』が姿を表した。


「‥‥ダメ。魔障が乱れていて、精霊の力が弱いわ」


 それでもないよりはマシと、メレアはサラマンダーにスケルトンを攻撃するように指示を飛ばす。


「ぐっ。数が多すぎる。マチュアさん支援お願いします!!」


──ガギィッン

 スケルトンの剣戟をシールドで受け止めつつ、反撃の手を探しているサイノス。

 通路が細くて一度に2体しか攻撃してこれないのが幸いしている。


「少々お待ちを‥‥」


(ここで終わるのも嫌だし。どこまで通用するかわからないけど)


 静かに手のひらに魔力を集める。

 それを頭上に突き上げると、静かに呟く。


「秩序の女神ミスティよ。私たちにその加護を授けて下さい‥‥【祝福ブレス】っ!!」


 突き上げた拳が輝き、サイノスとメレア、フィリアの全身が淡く白い輝きに包まれた。


「【祝福ブレス】です。アンデッドに対しての防御力と攻撃力を高めました!!」


──ズバァァァァァァッ

 と、一撃でスケルトンを切断するサイノス。

 あきらかに威力が増している。


「これなら!!」

「いけそうだねっと!!」


 フィリアもスローイングダガーをベルトから引き抜くと、スケルトンの頭部に向かって放つ。

 それは一撃でスケルトンの頭部を破壊した。

 メレアはサラマンダーを帰還させると、大地に手を当てて詠唱を開始。


「大地の精霊ノーム。あの不浄なる者たちを飲み込んで頂戴」


 詠唱が終了した刹那、後方にいたスケルトンの足元に亀裂が生じ、3体ほどのスケルトンが飲み込まれていった。

 これで残るは7体。

 風向きは此方に変化し


 マチュアもサイノスの横に出ると、フレイルでスケルトンを攻撃する。

 メレアは魔力を使い過ぎたらしく後方に下がり、フィリアはメレアの護衛をしつつダガーを飛ばす。

 そして戦闘開始から20分ほどで、全てのスケルトンが破壊された。


「それにしても【祝福ブレス】まで使えるとは、大したものだなぁ」 


 周辺を調べつつサイノスが告げる。


「それに、効果が半端なかったよなぁ。あの効果は『高位司祭ハイビショップ』よりも凄かったよ」

「周囲の魔障も少し安定しましたから。本当に凄いですわね」

「ということで、ぜひこの依頼が終わったらうちのパフベシッ‼︎」


──スパァァァァァァン

 メレアとフィリアのハリセンがサイノスの頭部に直撃。


「まずは依頼を終えてからですわ。マチュアさんの意思もあるのですから」


 とメレアに促され、サイノスは渋々と先に進み始めることにした。


 このあとは大した魔物は出なかった。

 というか、道中には、巨大な蛭の魔物リーチ・ジャイアントやタイガーサラマンダーと呼ばれる洞窟を好む大山椒魚などの死体があちこちに転がっていた。

 全て切り裂かれていたため、先程のスケルトンにやられたのであろう。


 そのまま下層に向かって伸びる通路を降りていくと、いよいよ目的の崩落現場のある第2層へとたどり着いた。

 コピーした地図によると、この洞窟は地下11層まであるようだが、3層へと向かう通路の途中で崩落が発生し地下墳墓と繋がっているらしい。

 先に進むことも出来ないため、急ぎの調査依頼ということになったようだ。


「それにしても、誰が依頼してきたのでしょうね」

「確かにねぇ。冒険者が依頼主ということもないけれど、かといって商人とかでもないし」

「依頼主は何処だかの貴族だ」


 メレアとフィリアの話にサイノスが一言。


「それって、何か目的があるのでしょうか?」

 とサイノスに問いかけたが。


「詳しくは不明。そこから先は依頼主の情報は伏せられている。だからこその高額依頼だそうだ」


 この依頼、裏に何かある。

 と考えているうちに、いよいよ崩落現場へとたどり着いた。



 ○ ○ ○ ○ ○



 下りの細い道。

 足元は相変わらずしっかりとしているのだが、そのあちこちに天井から崩れた岩や小石が落ちている。

 その右側にぽっかりと別の洞窟が繋がっており、目的の崩落現場へと到着した。


「この奥。あれが見えるか?」


 崩落した洞窟の中に少しだけ入ると、サイノスが松明で奥をてらす。

 と、その奥には人工物であろう石造りの壁と扉があり、しかも扉は崩れ落ちている。

 崩れた扉の欠片には何やら細かい紋様のようなものが刻み込まれており、これが封印なのかもしれないと思った時。


「下がれ!! 敵襲だ!!」


 サイノスが叫んで後ろに下がり始める。


──ユラァッ

 と透き通った姿の魔物が姿を表す。

 ローブに身を包み、そして下半身が存在しないアンデッド。

 それは生贄である生者を感じたのか、次々と発生しては此方に向かってやってくる。


「ゴースト?」

「いや、スペクターだ。かなり厄介だ」


 フィリアの言葉にサイノスが返す。


「ゴーストは死霊ですよね。スペクターは?」


 ふと疑問を感じたのでメレアに問いかける。


「ゴーストやレイス、スペクターは総括して死霊や悪霊と分類されますが。スペクターはその中でも凶悪な悪霊でして‥‥」


 と逃げつつ解説してくれるところは流石ですメレアさん。

 そのまま広い場所‥‥崩落手前の洞窟へと逃げると、いよいよ戦闘開始となった。


「聖別されたダガーじゃないから無理御免っ」


 フィリアが後ろに下がって防御姿勢になる。


「サイノスのミスリルソードしか対抗策はありませんわ。この辺りは魔障が乱れすぎていて」


 どうやら、メレアの精霊魔法は発動しても強度が弱いらしい。

 となると。 


「みなさん下がっていてください」


 そう叫びながらマチュアはサイノスの横にでた。


(祝福であの威力なら‥‥司祭の魔法なら十分いける!!)


 そう確信すると、すかさず両手を合わせて詠唱を開始した。


「我、マチュアの名に於いて命ずる。死霊よ退き給え‥‥」


 もしくは『名の元に』でもいいかも

 両手が淡く光り輝く。

 そして手のひらを大地に当てた時、足元に巨大な魔法陣が形成されていった。


──ブゥゥゥゥン


「え、なに、これなに?」

「なんだこの魔法陣。マチュアさんいったい何を」

「マチュアねーさん、これは」


 と3人の声が聞こえたと同時に魔法陣は完成した。


「【広範囲セイグリッド退魔陣ターンアンデット】!!」


 刹那、魔法陣が輝く。

 そこに足を踏み入れていたスペクターたちは瞬時に塵へと帰っていく。

 かなり広域の魔法陣が展開したらしく、残るは一番奥からやってくる一体。

「どりゃあああああああ」


──ズバズバッ

 一気に間合いを詰めると、サイノスは最後の一体に切りつけた。

 そのまま散っていくスペクター。


(あ、やばい。これは‥‥)


 サイノスたちがこっちに向かってくるのと同時に、俺は膝から崩れる。

 司祭の魔法、それも退魔の魔術は膨大な魔力を消耗する。

 まだ完全な魔法コントロールが出来ていないマチュアにとって、この急激な魔力消費はかなりキツイらしい。

 それに、何度もいうけど怖いものは怖い。


「ふう。なんとかなりましたね」


 と告げるが、顔色が悪くガクガクと震えているマチュアを見て、メレアが慌ててローブをかけてくれた。


「まだ魔法の制御もできないのね。無理をさせてごめんなさい」

「ともかく助かったよ。礼を言う」

「そうそう。一休みしてから先に向かおうよ」


 フィリアの提案もあったので、そのまま少し休んだのちにまた調査を再開した。



 ○ ○ ○ ○ ○


 

 崩れた入り口。

 砕けた扉。

 その奥から感じる、何もかも凍えさせるような冷気。



「よし、ここからが本番ということだな。みんな、準備はいいか?」


 そのサイノスの問いに対して。

「無理。ここまでで魔力切れですわ。食料も帰りの分がギリギリです」

「同じく松明も残り2本、ランタンの油は帰りの分しかないぜ」


 メレアとフィリアがそう告げる。


「それにマチュアさんが【魔障酔いマナバースト】を起こしかかっていますわ」


 使い慣れない魔法と大量に消費した魔力により、マチュアは【魔障酔いマナバースト】という魔法使い特有の衰弱状態に陥ってしまった。

 ステータスやスキルはチートでも、それを扱う中身が慣れていないとこうなる。

 なんでも出来る無敵のチートであるはずが‥‥これも二人に分割された加護の影響であろう。

 そう一瞬で理解するマチュア。


(トホホホ。ラノベの主人公みたいに上手くいかないよなぁ)


 と今更ながら反省。


「ふう。調査はここまでか。せめてここを塞がないと」


 と告げつつ、チラッとこちらを見るサイノス。


「魔障酔いが収まるまでまってからにしよう。すまないがマチュアさん、頼めるか?」

「はい。もう少々お待ち下さい」


 と返答する。

 それから30分ほどして、マチュアはようやく落ち着きを取り戻した。


「それじゃあ、一度ここは封印しておきます」


 と告げる俺に、3人は驚きの表情を見せる。


「なっ、封印まで出来るのか?」

「それこそ高位の司祭の魔術。ねーちゃんかっこいいぜ」

「本当に凄いですわ」


 と後ろで告げられているので一言。


「あのー。封印といっても、何百年も出来るようなものではないですよ。通路を浄化して、奥からこっちに来れなくするだけですし。それに長時間は維持できませんよ。1ヶ月持てばいいと思って下さいね」


 回廊に一歩進むと、ゆっくりと詠唱を開始。

「【位置固定サークルセット浄化陣ピュリファイ

 ただの範囲浄化魔法。

 それを回廊の出口に当たる、砕けた扉の周辺に施す。

 浄化された空間を一時的に形成、それだけでもアンデッドの類いは回廊からは出てこられないだろうという結論を出す。


(これを永続化すればいいんだけれど、そこまではやり方判らないしなぁ)


 と考えている刹那。

 再びの【魔障酔い(マナバースト)】に陥る。

 もう少し優しい魔法から練習しようと、マチュアは本気で思った。


「回廊の外れに浄化の魔法陣を形成しました。暫くの間は、アンデッドは此処から出てくることはないと思いますので、あとは戻って報告して下さい」


 とサイノスに告げる。

 が、その光景をポカーーンと見つめている3人。


(しまったやりすぎたか? 範囲型の浄化魔法はこの世界には存在しないのか?)


 という心配が脳裏をよぎった。

 そしてそれは的中した。


「こ、高位司祭でしか使えない範囲型グリッドタイプの退魔魔法陣、それに浄化空間‥‥」


 メレアがそう呟く。


「無詠唱発動や、触媒を必要としない魔法なんて‥」


 フィリアすら驚きの表情。


「す、凄いよマチュアさん。これが高位の【トリックスター】なんですね!!」


 興奮気味に叫ぶサイノス。

 あ、あれ?

 【トリックスター】のスキルっていうことで話が終わるのか?


「すごいです。トリックスターの『何でもできるけど何もできない』っていうのは、冒険者レベルに関係していたのですね」

「Bクラスのトリックスターならこの程度のことはできるのか。うん、凄いやマチュアねーさん」


 あ、あはは。


「そ、そのようですね。でももう限界ですのでそろそろ撤収しましょう」


 それだけを告げると、マチュアたちはいそいそと洞窟の出口へと戻っていった。

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