第43話「慈悲で稼ぎまくる」

 エリックがスマホを操作すると、先ほど賛美歌が流れた街頭スピーカーから別の音が流れ始める。

 それは曲とかではなく、ただ「ぶぅーー」という不快な音が流れるだけであった。


「何このいやな音……」


 その音を聞いたホリィは顔をしかめる。痛みがあったり、気分が悪くなったりなどはないのだが、ただただ不快という、戦闘においてはあまり意味のない音をわざわざ鳴らすエリックの真意を測りかねている様子だった。


「チャンスっ!!」


 エリックは愛用のナイフを取り出し、ホリィに斬りかかる。


「っ!?」


 反応の遅れたホリィはハンマーで防御するが、力の入っていないそれはエリックのナイフの前に弾かれる。


 そのままナイフはホリィの足元に切り傷を与えた。


 ナイフでの戦闘は、いかに相手に傷を与え動きを鈍らせるかに掛かっている。故に、相手に深々と突き立てるのではなく、小さな傷を与える攻撃がメインとなる。

 長年ナイフを愛用しているエリックも相手が強敵であればある程その事を守り攻める。


「乙女の柔肌に何すんのよっ!!」


 斬られたはずの足で、思いっきりエリックの顎を蹴り上げる。


「うげっ!」


 脳を揺さぶられたエリックはその場に倒れる。


(や、やばい、このままだと追撃が……)


 そう思うのも束の間、ハンマーの一撃が頭部を襲う。

 頭蓋が砕かれる音を聞きながら、ゴロゴロとゴミくずのように道路を転がる。

 エリックはそのまま、少しでも距離を取るべく、転がる勢いに身を任せる。


(ま、まずい、今の一撃はまずい)


 弱点となる頭部への一撃によって、エリックは上手く思考もまとまらず、頭痛と吐き気。それと脱力感によって立ち上がることもままならない状態となっていた。


(な、なんとか、回復するまで距離を取らないと)


 腕の力だけで、ずるずると身体を引きずって逃げていると、ザンッ! と左腕が吹っ飛んだ。


 既視感のある痛みに叫ぶことも忘れ、左手を切り裂いた物体を見つめる。

 それは鉄板で、その表面には十字架に磔にされたキリストの絵が。


(くそ、また踏み絵の鉄板かよ)


 片腕を失くし、動く事も出来なくなったエリックの元に死の足音が近づく。


(もう少し、もう少し時間があれば……)


 まだ回復しきらない頭では、そんな夢物語ばかりを壊れたラジオのように何度も繰り返す。


「さてと、決着のようね。最後に言い残すことはある?」


 その発言にエリックは吐き気も吹っ飛ぶ程の衝撃を受ける。


「は? え? 何? 遺言ときゃ聞いてくりゃれるきゅらいの慈悲、はあるの? てっきり、問答無用、きょろしゃれると思ってたんらけど」


『遺言とか聞いてくれるくらいの慈悲はあるの? てっきり、問答無用に殺されると思ってたんだけど』と言いたかったのだが、脳の損傷により舌が上手く回っておらず、ところどころ変な言葉になっていた。

 それでもホリィに意味は通じ、質問の答えを返す。


「ん~、そうね。まぁ、モンスターだから殺すけど、ダンジョンのモンスターとは違うのは分かったし、ダンジョン攻略にも協力してくれたから最後の言葉を聞くくらいの恩情はありかなって」


「ぃや、おきゃげで助かるよ。でも、……あ、あ~、その恩情を裏切るようで悪いけど、まだきょきょから逆転出来る目があるから、遺言は最後まで足掻いてきゃらだっ!!」


 エリックは道路に位置するマンホールに手をかけた。


(この街のマンホールの位置は全て記憶している。戦いながら、ここに逃げるのなんて、エリートの俺には造作もないことだ)


 本来なら、ここから下水に逃げる用であったが、フランの企みにより、このマンホールにも十中八九爆弾が仕掛けられている。

 先ほどはそれで命の危機が訪れたが、今回は――。


 マンホールを力任せに開けると、爆破が起きる。

 その衝撃に身を任せ、エリックは空高くに舞い上がり、ホリィと距離をとって、最初の公園付近へと墜落するのだった。


(これで、時間が稼げる。回復と、それと、最後の策を使う時間が)


 エリックは公園へと身を隠した。

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