第21話「ゴブリンロードで稼ぎまくる」

 人質の安全とエリックの本気を秤にかけようとすると、即答で一緒に連れて行くとホリィは決定した。


「アタシ一人で充分。伊東エリックはその人たちを守ることにだけ力を使えばいいわ」


 そうしてエリックとホリィはゴブリンのボスが居ると思われる小屋へ。

 その小屋は、他のボロ小屋と違い、ある程度まともな作りになっている。

 

 自衛隊の攻撃にほとんどのゴブリンが出払っているにも関わらず、その小屋の前には4匹のゴブリンが門番のように守っている。


「これはかなり有力にボスっぽいね」


 しばらく様子を見ていると、一匹のゴブリンがなにやら戦況を伝えにでも慌ててやってくる。


「あれはやった方がいいわね」


 エリックに確認した言葉だったのか定かではないが、その言葉を発したときにはすでに聖書が投げつけられていた。

 約160kmの速度で投げられた聖書の角がゴブリンに当たると、頭部は大きく陥没し、息絶えた。


「これぞ。カミの力ね!!」


「神なのか紙なのかわからないけど、絶対違う。普通に物理だから」


 改めて聖女の行動を恐ろしいと感じるエリックだった。

 しかし、眼前で急に飛んできた本で死んだ同胞がいれば、不審に思うくらいの知能は余裕で有している門番ゴブリンは、本を投げた主であるホリィを見つけると襲い掛かってきた。


 結構な距離がある中、ホリィを襲おうと駆けるゴブリンは絶好の的であり、次にホリィが懐から取り出したるは、手裏剣であった。

 

 軽く投げられたそれは、全てゴブリンの眉間に収まり、一投一殺でゴブリンを屠る。


「あ~、もう次に何言うかだいたい分かったよ。手裏剣も十字だけど、宗教的な意味はないからな。むしろ日本の伝統的な武器だからっ!」


「えっ? キリストを磔にした十字架を使徒が怒りのあまり投げたのが手裏剣の始まりじゃないのっ!?」


「うん、完全にフランさんに騙されてるからっ!」


「……まぁ、武器としては強いから、良しっ!」


 そうして全てのゴブリンを倒すと、小屋の中から、王冠と2本の王錫を携えたゴブリンがのそのそと緩慢な動きで出てくる。

 普通のゴブリンより二倍近い体躯に他とは違い装飾を纏った姿はまるでゴブリンの王。ゴブリンロードとでも言える存在であった。


「こいつが親玉ってところねっ!!」


 ホリィは手裏剣を投げつけるが、それに反応したゴブリンロードが王錫をかざすと、まるで見えない壁でも現れたかのように、手裏剣が弾かれる。


「えっ!? 何、今の!! もしかして、魔法ってやつっ!?」


 若干興奮気味のホリィだが、エリックも内心興奮していた。


(おおっ!! マジか。ファンタジーらしいファンタジーが来たっ!! 今まではどこか害獣が現れたくらいの認識だったけど、これは熱いっ!!)


「ちょっ! もう一回っ!!」


 しかし、ホリィの手元にはもう投擲できる武器が無かったので、周囲を見回した結果。


「伊東エリック、今の見たわよね?」


「ん? ああっ、もちろん」


「あれは検証する必要があると思うの」


「まぁ、そうだな。もう一回くらい見たいというのは正直なところだな」


「ありがとう! あんたならそう言ってくれると思ったわ」


 ホリィは間髪入れず、エリックの襟を掴むと、そのまま、一本背負いの要領で投げつけた。


「うそだろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 あまりの衝撃にエリックは、日本の武器『手裏剣』の次は、『神風特攻』を武器にしてきたと意味不明な思考回路をしながら、ゴブリンロードの謎の壁によって叩き落された。


「あ~、ちょっとね。ちょっと待ってて」


 ゴブリンロードに待ってとジェスチャーを交え伝えたはずだったのだが、


「rhご@わえkjんかおvfhぽ」


 意味不明な言語を口走ったあと、今度は別の王錫を振るうと、今度は火球が放たれる。


「ええっ!? クソっ! ちょっと待てって言ったのにっ!!」


 火球を避けて横に飛び、パーカーで火の粉を振り払う。

 王錫が2本あるのは、それぞれ、攻撃用と防御用のアイテムであった。


「ちょっと! ここまでしたんだから、責任もって助けろよ。聖女さまよぉ!!」


 叫んだ先にはすでに聖女の姿はなく、いつの間にか、ゴブリンロードの真正面にまで位置していた。


「正々堂々。全力の一撃っ!!」


 すでにエリックを投擲武器兼囮に採用している時点で正々堂々という言葉は全く似つかわしくなかったが、この場に反論するものは居なかった。

 フルスイングのハンマーはゴブリンロードに防御の隙も与えずに、でっぷりとした腹部へと撃ち込まれる。


「ごぼぉぉぉぉぉぉ!!」


 無理矢理空気やら内臓やらが吐き出されるような嫌な音が口から漏れ出ながら、ゴブリンロードは数転後ろに転がって行く。


「手ごたえありっ!!」


 まだ完全に仕留めていないことを危惧したエリックはホリィに油断するなと伝えようと口を開きかけたが、


「トドメの追撃っ!!」


 再びハンマーを振るう鬼神、いや、聖女の姿を見て、心配無用だと口をつぐんだ。


 ――がんっ!!


 トドメのハンマーは、しかし、透明な壁に阻まれ、ゴブリンロードまで到達することはなかった。


「むむっ、まだ、そんな体力があるのね」


 驚愕の表情を見せるホリィだったのだが、


「でも、師匠は言っていたわ。射撃は一撃決殺。打撃は百撃撲殺って」


「それ、ただの殺し方になってますけどっ!」


 エリックの言葉は風の囁き程度にしかホリィには届かず、師匠の言葉通りに、ハンマーで3撃目、4撃目と振るっていく。


 その連撃はまるで舞のようで、間断なく続けられていく。

 エリックでさえ、もう何撃目か分からない程の連撃の後、透明の壁はとうとう破壊され、無防備なゴブリンロードの姿が露わになる。


 最後の悪あがきとでも言うように、ゴブリンロードから放たれた火球は、


「内角低めっ!!」


 逆にハンマーで打ち返され、己の身を焼く結果となる。

 バリアも反撃の手段もなくなったゴブリンロードはめった打ちに合う。

 そして――。


「今度こそ、トドメっ!! たぶん、百撃目くらいっ!!」


 もはや自分でも数を数えていないホリィの攻撃を浴び、完全にゴブリンロードは沈黙するのだった。


「もう、聖女より、走攻守に優れた野球選手の方が似合う気がしてきたよ」


               ※


 無事にゴブリンロードを撲殺したホリィとエリックは、小屋の中に居るであろう人質を助けるべく、中へ。

 これまでの人質は丁重な扱いではあったが、ここでもそうとは限らない。

 ある程度の覚悟を決めていると、部屋の奥に一糸まとわぬ女性が鎖で繋がれていた。


「伊東エリックは見るなっ!」


 ホリィの手刀がエリックの眼球を捉える。


「ぎゃああっ!! おまっ! 俺じゃなかったら失明ものだぞっ!!」


 エリックの言葉を無視して女性に歩みよるホリィ。

 しかし、その歩みが不意に止まる。


「これは……、塩、胡椒? それから、小麦粉に、パン粉? あっ、ロック鳥の卵まで」


「完全にトンカツのレシピを言っているようにしか聞こえないんだが、どうなってんのっ!!」


「こ、このゴブリン、コックよっ!! あの王冠はきっと髪の毛が入らないように。王錫も菜箸なんだわっ!!」


「待て待て、どうした急にグルメものに転向したのか?」


「しっかり見なさいよ! その目は節穴なの!?」


「お前の所為で、節穴以下だよっ!!」


「もういいわ。それより、もし、こいつがただのコックなら、もしかして他にゴブリンの上位種みたいなのがいたり……」


「ああ、そういうこと? それなら心配は無さそうだよ。ここが一番強そうな音だったし。たぶん、王になるものが調理するシステムだったんじゃないか。ワイバーンに捧げる為の調理を」


「なるほど。さすが、モンスター。殲滅対象に相応しいわね」


「……それ、ダンジョンのモンスターだけだよ。地球に住まうモンスターは一部良いヤツもいるから。特に俺は悪いモンスターじゃないよ」


 聖女ホリィの気迫に目が見えないながらもその重圧を感じ、思わず言い訳するエリックだった。

 

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