36,クロコロが

 恐怖で足が震えてしまっている私に向かって、クロコロが飛びかかってきた。

 だめだ。逃げられない。

 金縛りにあったみたいで、体がまったく動かなくなっている。

 もしかして私、ここで大けがを……。いや、大けがで済むのならまだいい。最悪なことが起これば私は……。

 クロコロが襲ってくる中、どうすることもできない私は、ただ目をつぶり固まり続けることしかできずにいた。

 ああ、なんて不運なの。

 もっといろいろとやりたいことがあったのに。

 大好きな魔法、もっと勉強したかったな……。

 凶暴なキバを持ったクロコロが目の前まで迫り、何もかもをあきらめかけていたその時だった。

 どこからか叫び声が聞こえてきた。

「アオイちゃん!」

 その声とともに、私の前にスッと現れる人影。

 えっ?

 私を守るようにクロコロの前で立ちふさがったその人物は、拳を振り上げ魔物に向かっていく。

 誰?

 私はその人物を見る。

 よく知っている男の子だ。

 見間違えるはずもない、幼稚園時代からの幼馴染……。

 私の前に現れた男の子、それはレンに間違いなかった。

「ワー!」

 レンは大声を出し、クロコロに殴りかかっていく。

 しかし、相手は人間よりずっと俊敏な動きをするクロコロだ。

 レンのパンチはあっさりとかわされると、クロコロが鋭い牙を光らせながら彼の腕にガブリと噛みついた。

「キャッ!」

 生徒たちから悲鳴に似た短い声がもれた。

 腕をかまれたレンは、自分の腕をかばうように体を小さく丸めた。そんなレンに向かってもう一度クロコロが噛みつこうと向かってくる。しかも、今度は別のもう一体もレンを標的にいっしょに飛びかかろうとしていた。

 レンが……。

 私を救おうとして……。

 このままではレンはクロコロにやられてしまう。

 どうすればいいの?

 私に何か出来ることはないの?

 時間にしては一瞬のことだった。私は頭の中でさまざまなことを考えていた。

 そうだ!

 確か、アキコさんがこんなことを言っていた。クロコロを追い払う方法があると。

 クロコロは雷が大の苦手。雷魔法をクロコロにあてれば魔界に逃げ帰っていくと。まずは氷魔法でクロコロの動きを止めてから、雷魔法を打てばいいとも教えてもらった。

 氷魔法をかけながらの雷魔法。

 そんな難しいこと、はたしてできるのだろうか?

 不安がよぎったが、もう考えている時間はない。

 レンに向かって二体のクロコロが襲いかかってきているのだ。

 私を助けようとしてくれたレン。そのレンを私が何もせずに放っておくわけにはいかないじゃない!

 やるだけのことをやるしかない!

 そして、絶対にレンを助けて見せる!

 まずは風と水の複合魔法。魔力をかけ合わせ、右手の指に力を集中させた。

「ブリザード!」

 指から氷のうずが発生し、そのまま猛吹雪となって二体のクロコロにぶち当たる。

 瞬時に、クロコロたちは氷の膜に閉ざされ、動けなくなった。

「す、すごい!」

 周りにいた生徒たちから声がもれた。

「アオイのやつ、杖も使わずに氷魔法を成功させやがった……」

 でも、これだけでは駄目。

 これから、雷魔法をクロコロに当てなければ……。

 どうすればいいの?

 氷魔法を持続させながら、雷魔法を打つ……。そんなことなどできないわ……。雷魔法を打つためには全神経を集中させる必要がある。そんなことをしている間に、氷魔法が解けてしまうじゃない。雷魔法を打つ前に、レンは襲われてしまうじゃない。

 どうすればいい?

 勉強のできない頭で必死に考える。

 そうだ!

 難しい理屈は抜きにして、私は本能的に叫んだ。

「ミチカ! 私に協力して!」

 私はミチカの名前を叫んだのだった。

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