33,ムラタ君

 放課後、思いもよらない人物から声をかけられた。

 ムラタだった。

「アオイちゃん、いっしょに勉強しない?」

 ムラタはいきなりそんなことを言ってきた。

「勉強?」

「うん。算数の勉強。僕、算数得意なんだ。だから、いっしょに勉強したいなと思って」

 ああ、私が算数で60点取らなければ特待生になれないこと、知っているんだ。おそらくマリだろう。こんなことを吹き込むのは。

 そんな話をしているとき、割り込むように一人の男子が話しかけてきた。

「アオイちゃん、いっしょに帰ろうよ。また、クロコロが現れると大変だから」

 そう言ってきたのはレンだった。

 正直、まだレンに対する怒りは冷めていない。

 みんなやっているとはいえ、人の投票を盗み見していたなんて……。

「私、今からムラタ君と算数の勉強をするの。だから、レン君とは帰らない。私のことはもう放っておいてくれる」

「うん……」

 レンはそう言うと、クルッと背を向け、早足で教室を出ていった。

 これでいいんだ。

 レンとはもう距離を置いたほうがいいんだから。

 私の頭に、そんな言葉が浮かんできた。

「さあ、勉強しよ」

 レンの出ていく姿を見ていた私に、ムラタが声をかける。

「僕、魔法は駄目だけど、勉強には自信あるから。きっとアオイちゃんの役に立てると思うよ」

 なんか、優しい。

 ムラタとこうして二人で話すことなどほとんどなかったけど、言葉そのものが柔らかくて優しい男の子だ。

 さすがは女子二番人気の男子だけのことはある。

 それに、すぐにこんなことも気づく。

 優しいのは言葉だけじゃないということを。

 教科書を開く指。その指が繊細な形状をしている。器用そうな長い指。

 私はちょっと心を持っていかれそうになるのを我慢しながら、ムラタといっしょに算数の問題を解きはじめた。


 一時間ほど勉強しただろうか。

 馬鹿な自分をさらけ出すのは正直はずかしかったが、ムラタは終始優しく苦手な分数をいっしょに計算してくれた。

 なんとなく、レンよりも教え方が上手な気がした。

 ただ、私の頭脳には、分数は重すぎた。もう理解力の限界が過ぎ、私はフラフラになってしまった。

 そんな姿を見てムラタはこう言ってきた。

「今日はもうやめにしよう」

「うん」

「明日もいっしょに勉強できるかな。クラス投票が終わったら、また放課後勉強しようよ」

 ムラタは控えめに言う。

「明日も、教えてくれるの?」

 そう言いながら、私の頭の中にはなぜかレンの姿が浮かんできた。

「もちろん、アオイちゃんさえよければ、毎日いっしょに勉強するよ」

「ほんと、うれしい」

 心のどこかに引っかかりを感じながら、私はそう答えた。

「決まり。じゃあ、いっしょに帰ろう」

「いっしょにって、ムラタ君の家、確か私とは逆方向だよね」

「うん。でも家まで送っていく。最近クロコロが出没しているからね」

「ありがとう……」

 控えめだけど、どこかしっかりしているところもある。ムラタって思っていたよりずっと素敵な男の子かも……。

 そんなことを思いながら、私はムラタと二人並んで家へと帰った。

 レンといる時ほど会話ははずまなかったけれど、歩いていると横にいるだけでムラタの優しさが伝わってきた。

 私、ムラタに好かれているのかも。

 そんなことを思ってしまった。

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