27,お母さんの好きな人

「遅くなりました」

 レンは息をきらし魔法研究室に入ってきた。

「うわさをすればね」

 アキコさんはそう言って私の顔を見る。

「アキコさん、聞きました? アオイちゃんのこと。アオイちゃんが特待生に推薦されたこと」

 レンが嬉しそうに言う。

「ええ、さっき本人から聞いたわよ。良かったわね。レン君もうれしいでしょ」

「うん、ほんと良かった」

「さあ、もうこれで私の役目は無事に終わったので、魔法の特訓は今日で終わりよ」

「えー! アキコさんの授業、もう終わりなのですか?」

 レンが残念そうに言う。さすが、アキコさんのことも好きだと言っていることだけある。

「そう、終わり。二人に魔法を教えることができて私も楽しかったよ」

 アキコさんはそう言うと研究室から出ていこうと歩きはじめた。

「ありがとうございました」

 私とレンはあわてて礼を言う。

「こちらこそありがとう」

 アキコさんはそういいながらすっと片手をあげてバイバイをしてきた。

 なんだか、その姿もカッコいい。

「また会えますよね」

 私は聞く。

「もちろん、また会えるわよ」

 そう言うとアキコさんは思い出したかのようにこんなことを言った。

「レン君、算数は得意?」

「算数ですか? まあまあ得意です」

「だったら、アオイちゃんに算数を教えてあげて。アオイちゃん、今度のテストで60点とらなければ特待生に推薦されないのよ」

「えっ、そうなんですか。だったら教えます。今日から教えます」

 レンは即答した。

 その様子を見て、アキコさんはうれしそうにうなずいた。

「じゃあ、アオイちゃんをお願いね、レン君」

 そう言いながらアキコさんは魔法研究室から出ていった。


  ※ ※ ※


(アキコ視点)


 なんとか無事に終わった。

 私はそう思いながら魔法研究室をあとにした。

 これで少しは借りが返せたかな、ねえ、ユキ。

 心のなかでそうつぶやいた。

 そうなのだ。私はユキに借りを残したままでいるのだ。借りを返す前に……。


 私とユキ、そしてトノザキ君は子供の頃からの仲良し三人組だった。

 ある日、社会人になったユキはこんなことを聞いてきた。

「アキは、今好きな人、いるの?」

「別にいないわよ」

 私はすぐにそう答えた。

 うそだった。私は好きで好きでたまらない人がいたのだ。

「で、ユキは好きな人、いるのでしょ?」

「うーん」

 ユキは何かを考えている様子だった。そしてこう言ってきた。

「今度、トノザキ君に食事を二人で行こうって誘われたのよね。フレンチの高級店なの」

「よかったじゃない。トノザキは間違いなくユキのことが好きだから、プロポーズでもするつもりじゃないの?」

「……」

「もしかしてユキ、私のことを気にしているの? 私、トノザキのことなんか、なんとも思ってないわよ。確かに子供の頃は少し良いかなって思ったことはあったけど、今は全然なんとも思っていない」

「だったら」

 ユキは一呼吸おいてこう言った。

「私、トノザキ君と結婚してもいいの?」

「もちろん、いいに決まっているじゃない。どうしてそんなことを私に聞くのよ。ユキもトノザキのこと好きなんでしょ。早く結ばれて幸せになってよ」

「ありがとうアキ」

「うん、おめでとうユキ」

 そう言った時だった。

 不覚だった。

 不覚にも私の目から涙があふれ出てきたのだ。

 そしてその涙は止まらずに私のほほを伝い続けた。

 うれし泣きではない、と自分でわかった。

 私は、逃げるようにユキのそばから離れていってしまった。

 後日、ユキがトノザキのプロポーズを断ったことを私は知った。そしてユキにつめよった。どうして、そんなことをするのだと。

 ユキは平然とこう言った。

「他に好きな人がいるから断った」と。

 でも、間違いない。

 ユキは私のことを思って、トノザキの話を断ってしまったのだ。ユキがトノザキのことを好きだったことは、二人をずっと見てきた私が一番良く知っている。

 その日から私は、ユキに借りができたと勝手に思い込んだ。

 そして、その借りを返す前にあの子はこの世を去ってしまったのだ。

 私は天に向かって報告した。

 ユキ、アオイちゃんにあなたの得意だった雷魔法を教えたよ。

 それにアオイちゃん、仲のいい幼なじみの男の子がいるよ、と。

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