◎第28話・反乱

◎第28話・反乱



 それからハウエルは、直ちに手の者に命じ、ウェード村などの動向を絶えず調査するように命じた。

 ディレク村はほぼ領主の支配が及んでいるため、危険はないはずだが、念のため大まかな諜報を命じた。


 そしてしばらくして、ある日の朝。

「申し上げます、ウェード村、サヒダ村、シタール村の自警団が反乱を起こしました!」

 ついに来たか、と彼は、書類に向けていた顔を上げる。

「よし、ローザたち供回り組と、今回はアントニーとかの官吏も、中級以上の者は呼んでほしい。全力を尽くさなければならない」

「承知!」

 使いの者は走っていった。


 トンプソンが開口一番。

「敵は各村、それぞれの三方からやってきておるようです、包囲攻撃の狙いのようにみえますが、これはいかが……?」

 ハウエルは答える。


「包囲攻撃を意図的に企てるほどの軍配者は自警団にいないし、こちらには銃兵の準備が整い始めた機動半旗がある。あくまで守勢、迎撃の戦いを維持して守備側の優位を取りつつ、こちらも三方に兵を分けて対応する」

「主様、それじゃ兵力が分散しませんか」

「ローザ、相手は五十ずつしかいないんだ。機動半旗は一千の兵を擁しているし、わずかながらディレク村の自警団も私に従う。分散して戦っても充分に勝てる。それから分散ついでに」

 彼は落ち着いているのか、熱を帯びているのか、自分でも分からなかった。

「鉱山と工房、ついでにこの『つむじ風の城』にも守備戦力を置く」


「なるほど。相手の狙いが、本気で地方政府を転覆させるのではなく、破壊による示威、そのために生産力に打撃を与えることにあるとすれば、その二つは重要な場所となりますわね」

 テラがうんうんとうなずく。

「その通り。仮に軍勢をもって攻め上ることがなくとも、忍び入って破壊工作をすることもありえる……ありえるけど、自警団にそんな戦略眼があるかなあ。こんな無茶な反乱をするような人たちに」

「主様、ご自身でおっしゃった言葉ですわ」


「とりあえず、万一に備えて防備は整えるし、破壊工作への警戒も欠かさないようにしよう。そうして戦力を分割しても、なお自警団には勝てると考える。どうかな」

「異議ありませぬ」


「鉱山と工房と城に百ずつ置いて七百か。三方に分散しても二百と数十。ディレク村自警団の合流もある。さらにこちらは、練度も高く銃があり雨天にも使える。豪雨の時の雨避け普請も訓練した。勝てるね」

「然り。自警団に一撃叩き込んで、これまでのツケを払わせましょう」

「ウェードに対してはトンプソン、シタールへはテラが指揮にあたってほしい。サヒダには私自ら出る」

 自警団への正義の鉄槌が、下されようとしていた。



 ハウエルの担当は対サヒダ村自警団の戦い。

 サヒダ村と城のちょうど中間あたりで、両軍が陣を築いた。

 小雨。周りに射線をさえぎるものは少なく、伏兵の余地もない。機動半旗の前には泥とぬかるみの地帯がある。ここを進軍するのは多少手間になるだろう。

 そこをハウエル自慢の銃兵部隊が、一斉に鉛弾を浴びせる。

 自警団も民兵であり民の一部である。が、もはや領主ハウエルも生半可な結果で終わらせる気ではなかった。


「敵の様子はどうかな」

「士気が振るわなさそうです。こちらを見てはうなだれたり、逃げようとして組頭や村長に折檻されたりしています」

「なるほど。つまり士気が高いのは組頭と村長ぐらいしかいないと」

「おおよそ、仰せのとおりかと。彼らは雨天の銃など怖れるに足りず、などと言っているようですが……」

「こんな小雨ぐらい克服しているからね。数の差もあるし」


 つまり、指揮官の頭だけが沸いている。

「いまなら情報工作とかで自警団の戦意を喪失させられそうだけど……私にはその気はない」

 彼は決然と前を見た。

 五十名の可哀想な戦士たちは、立ち上がり、武器を構えた。

「おや、前進の準備を始めたね。こちらも銃兵部隊と弓弩を準備せよ」

「御意!」

 伝令は命令を伝えるべく、駆け出した。



 かくして、ついに戦端は開かれた……が、もはや完全に一方的な一戦となった。

 わずか五十の集団が、大した統制もなく――あったところでほぼ無意味だが――ぬかるみを越えて機動半旗に刃を突き立てようとするも、思うように突貫できない。

 そこへ待ち構えていた正規軍の改良火縄銃が、一斉に火を噴く!

 第一射のあとも、早合によって急速に次の射撃が準備され、鉛弾が暴風に乗るかのように、次々と戦場を紫電のごとく飛来する!


 何回目かの射撃が終わった時点で、勝敗はもはやついていた。初めから見えていたが、それをそのまま当然の結果としたのは、ひとえに指揮官の判断が最初から間違えていたからだろう。

 事前の戦術?

 違う。交戦するという意思決定そのものからだ。

「組頭と村長を生け捕りにするぞ、逃がさないで追って!」

 部隊の中でもよりすぐりの、難地に強く足の速い者たちが追撃を仕掛ける。



 村長と組頭は、わずかな護衛とともに戦場を離脱しようとしていた。

 そこへ追撃部隊が駆けつける。

「そこまでだお前ら!」

「賊の頃を思い出すぜ」

「落ち着け、あくまで目的は生け捕りだぞ」

「分かってらあ。適度に追い詰めますよ」


 組頭は剣を構えて乱暴に素振りする。

「この賊上がりどもめ、おれが天誅を下してやる!」

「よせ、組頭殿」

 緊張の場で、しかし村長が制止する。

「しかし村長!」

「かくなる上は仕方がない。降伏せんか、組頭殿」

「むう」


「もはや勝ち目はない。降伏した上で、どうにか領主様のお慈悲を乞おう」

「領主ハウエルめにですか!」

 この期に及んで、まだいきり立つ組頭。

「そうだ。ここで抵抗して、無茶苦茶に斬られるよりはよかろう」

「……そうですな、そうだ、これが天運か」

 取り囲む機動半旗に、村長が告げる。

「わしらは降伏しますぞ。縄をかけるなり好きにしてくだされ」

 組頭と護衛たちは、そろって武器を収めた。



 やがて、ウェード村方面やシタール村方面からも戦勝の報せが来た。

 いずれも村長や組頭を捕らえたとのこと。

「戦いには勝った。生け捕りに成功して、自警団には痛い目に遭わせた。領内の好き勝手する独立勢力は、とりあえずどうにかなった。今後の処置は考えないといけないけどね。でもそれ以上に……これは内紛なんだよね」

 城に戻ったハウエルは、ローザにこぼす。


「与えられる恩賞が少ないってことですか、確かに自警団って、私財を貯め込む部類の悪事はしていませんし、村長や組頭の財産だってたかが知れてますからねえ。国庫から銃の売上金を出すしかないですね」

 銃はすでに友好的な地方や同盟国に輸出しており、まあまあの金銭は倉にある。

 しかし、それだけではない。


「まあ……内紛だから、そもそも世間は戦功とは考えないってことだよ。私の武名は、まあともかくとして、世間的には機動半旗の実績とは考えない」

「でも主様とか私たちにとっては、機動半旗が実戦に堪えうることが知れたじゃないですか。それで我慢しましょうよ」

「実戦といっても、兵数的に全然本格的じゃないけどね。……でもまあ、そう考えるしかないか。あと、幸いにも機動半旗と自警団は仲良くはないから、機動半旗の兵たちの気分を害することも、そんなにないはずだからね」

「そうですね。こちらが大きく有利だったとはいえ、まずは懸案の勢力を倒したことで満足しましょうよ」


「そうしよう。さて、村長と組頭の処遇はトンプソンにでも一任するかな。彼なら、説得して改心させられる可能性もあるだろうし、それでも駄目で処刑となっても致し方ない。少なくとも領主本人である私の説得では、たぶん誰も帰順しないな」

 彼は淡々と自分の無力を語る。


「自警団の生き残りは、まあ分散して機動半旗に組み入れるか。わずかしかいないけど、末端はどうも村長たちほど戦意がなかったようだからね」

「それがいいと思いますよ。私はその辺はよく分かりませんけど」

「よし、この方針でいこう」

 彼は使いを呼び「トンプソンを連れてきてほしい」と命じた。

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