◎第26話・その計略は
◎第26話・その計略は
しかし。
「不審な兆候ですか。特にそういったものは、それがしの目が節穴なだけかもしれませんが」
「申し訳ありません、わしには心当たりは全く」
「誰かからそそのかされている者、ですか。私めのみる限り、怪しい動きを見せている部下は見当たらのうございましたが」
会計帳簿も見てみたが、特に追及できそうな痕跡は見当たらなかった。
「ないですね」
「ないですな……」
なお帳簿には、その他の関係ない不正の跡もなかった。事前に消し去ったのでないとすれば、晩学伯はかなり清い政治を敷いていることとなる。
指導者がそうであるなら、やはり地方政府側には曲者はいないのだろう。
「今回は機密であろう帳簿まで見せていただき、まことに恐縮の限りです」
「いえ、それで問題解決につながるなら、荒天伯殿にはお世話になっていますし信頼もできますから」
あいさつ。
「しかし、こうも無いとなると、あとは城下の間者からの報告を待つしかないようですね」
「そうですな……おとなしく待つとしましょう」
少々奇矯な点はあるものの、ローザは頼りになる。トンプソンは奇矯な点もなく安心して色々任せられる。晩学伯の間者たちも頼れるのだろう。
二人はそろって、小部屋から会議の間に移動した。
結論からいうと、間者組からの収穫はあった。
「鉱夫組頭の数人が、勇者カーティスと接触していたみたいです」
「勇者本人が?」
「はい。お金の動いた跡もあります。蜂起の気配は、カーティスが組頭たちを買収し、その野心をたきつけた上で、組頭たちを通して鉱夫を煽っていたようです。それをカーティスの手の者が強引に伝播させて、蜂起の機運を作り上げたみたいですね」
「カーティスは暇人なのかな。前線をほっぽって何してるんだろうね」
ハウエルは怒り半分、呆れ半分で話を聞いた。
「とはいえ相手は勇者カーティス。しかも本人が来ているとのこと。彼はただの武辺者ではなく頭も悪くないと聞きます。これは難敵なのでは」
一方の晩学伯は本気で心配しているようだ。
そして、ハウエルも決してカーティスをどうでもいい者として考えているわけではない。
「まず接触した組頭たちを、がっちり特定して会いに行きましょう。一箇所に呼ぶのではなく、個別に会いに行きましょう」
「罰を与えるのですか?」
「とんでもない。組頭たちと対立しては相手の思う壺。カーティスは鉱夫たちへの待遇を通じて憎悪を煽るやり方のようです。こちらは誤解を解いたり、ときには金の受け取りを指摘しつつも、鉱夫たちの頑張りを認めて友好を回復する方法でいきましょう」
「しかし、金を受け取った組頭は、それを拒むのではありませんか。金の力は、ときに誠意も理非の弁も通じなくさせると私は感じています」
「そうですね。その懸念はあります。そうなったら少しばかり脅すしかありません。そのために屈強な検査員を何人か連れていきましょう。もらった金を力で捜索するのです」
いつもの強引な手口に、ローザが呆れる。
「またそういう無茶するんですか。まあ私ももちろん力をお貸ししますけども」
「確かに強引な感はぬぐえない。けれど、晩学伯殿、捜索は必ずしも身柄拘束や訴追を意味しません」
「ほう?」
「あくまで我々がすべきは説得です。証拠を目の前にお出ししつつも、平和的に説得することは可能であると考えます」
「それ、もう脅し入ってませんか?」
「ローザ、脅しの一歩手前で止めるんだよ。それが為政者のケンカというものだよ」
「おお、怖いですね、主様は」
「ローザ殿……。それがしは主様の意図するところは分かりますぞ。鼻先に物証を突き付けつつ、事を荒立てないことは、充分に、とはいえないまでも、そういった流れにすることは可能でしょうぞ」
「その通りだよ、トンプソンは理解が早くて助かる」
「うへ、物騒な、まあ命令には従いますけどね……」
ローザが苦笑する。晩学伯は言葉こそ少なかったが、どうも理解はできたようで、ハウエルはそこが助かったところであった。
領主たちが直々に組頭たちと談判。
なお、場所は首謀者と目される者の家である。
いつでも家探しできるように、もとい「呼び出しでは心苦しいと考えて」場所を指定したものである。
「全て聞いているぞ。カーティスから金をもらって今回の騒ぎを起こしたんだってね」
「金? とんでもない、誰から何かをもらうまでもなく、おれは待遇改善のため立ち上がったのですぞ。全ては鉱夫の正義のために!」
「カーティスと接触したことについては?」
「誰だか知りませんが、誰かの入れ知恵ではありませんぞ」
取り付く島もないといった様子。ハウエルはローザたちに指示した。
「探して」
「合点承知!」
言うと、ローザ、トンプソン、検査員たちがいきなり家探しを始める。
「ちょ、ちょっと、何をするんだ!」
「金を探しているんです。やましいところがなければ、そんなものは出てこないでしょう」
「いい加減にしろ、おい、やめろ!」
組頭はローザに挑みかかるも、ローザは彼をつかみ、投げ飛ばし、追撃で蹴りを何発か入れてのけた。
「かはっ……こ、こんな横暴」
「あ、晩学伯様、ハウエル様、不審な金を見つけました」
検査員がそのブツを持ってくる。
大量の金貨。組頭が持つような額ではない。
「密約の走り書きも見つけました」
何者かの計画と協力を乞う旨が書かれたもの。計画の記載は、組頭たちが起こした行動、およびローザらが探った情報とほぼ同じであった。
その筆跡は勇者のものであったが、さすがにそれだけで勇者訴追を果たすには無理があるだろう。
しかしそれでもよい。ハウエルとて現時点で勇者に直接反撃をしようとは思っていない。
「くっ……」
検査員が強引に調べ、物が散らかり荒れた部屋で、組頭はむむとうなる。
「さて、それらしい物証は出てきたわけですが。どうも事実は先だってのお話と違うようですね」
「しかし……おれは何もしていません!」
「強情ですね。ところで私たちが望んでいるのは、別にあなたの処罰ではありません」
「むむ?」
「私たちとて事を荒立てたくはないのです。この家が検査によって散らかったように、あなたの命も散らせたくはないのですよ。それではわだかまりが残るだけだ」
組頭は言葉の途中で目をむき、絶句したように息を止めた。
「嘘も方便。悪事を正直に吐く義務を観念するのも酷というもの。これを罪とするなら、あなた方が責任をもって鉱夫に説明と鎮静を求めるのが、最も建設的と考えますがいかがですか」
「むむ……脅しですかな?」
「脅しとお考えなら審問を開きますか、ああ、その前に『尋問』で身体に事情を聴くことになりそうですね。ちょうど尋問に詳しい配下も私にはいることですし」
トンプソンが静かにうなずく。
「どうみても結構な譲歩を我々はしていると思いますが。これ以上というなら晩学伯殿のご意向によって、法と秩序による峻厳な措置をするしかなくなります。他に何かありますかね?」
組頭はしばし無言、そして。
「罪には問わないと約束してくれますか」
「約束します。この騒動をあなた自身によって鎮めてくれるならね。それで構いませんよね、晩学伯殿」
「うむ。私としても、それで事が済むなら」
うなずく晩学伯。本来はここの領主は彼であり、彼が前面に立って交渉等をすべきであったが、ハウエルはその点を責めても仕方がないことを知っていた。
まして硝石調達で世話になっている身。下手にがめつい要求はできない。
ともかく。
「分かりました。おれから他の組頭や鉱夫に説明して、矛を収めてもらいましょう」
その後、金をもらっていた組頭による説得や説明は誠実に行われたようで、鉱夫たちは賃金の水準等について一応は納得した。
蜂起の気運は徐々に鎮まり、改めて圧政を敷かない限り、今後武力衝突に発展するおそはないだろう。
ハウエルも帰ることにした。
「とりあえず事は収まったようですし、私たちはひとまず領地に帰らせていただきます」
「そうですな。こたびのご協力、まことにありがとうございました。貴殿の領地の切り盛りもあるところを、わざわざいらしていただき、大変恐れ入りました」
晩学伯は頭を下げた。その様子に、この言葉がただの建前であるような気配はない。
「こちらこそ、機密にもかかわる会計帳簿を見せていただいたり、談判に従者を引き連れさせてくださったり、大変恐縮しております。もしご迷惑でなければ、お困りのときには援助を惜しまない所存です」
「心強いお言葉、ありがとうございます。これからも私たちの硝石をよろしくお願いいたします」
「委細承知しました。あまり長々としても晩学伯殿もお疲れでしょうから、まずはこれにて」
「そうでしたな。ゆっくり領地で疲れを取ってください」
ハウエルらは馬車に乗り込んだ。
「それでは、これにて。ご健勝をお祈りしています」
晩学伯が「今後ともよろしく頼みますぞ」と言うと、馬車は走り出した。
馬車の中でローザがからかうように。
「長いんですよ、あいさつ」
「仕方がないよ。礼は尽くさないと」
ハウエルの言葉に、トンプソンも同調する。
「特にこたびは問題に特別に介入させてもらった身だ。仮にも他人の領地に割り込んだ以上、嫌われてもおかしくはなかったのだぞ」
「それは分かってるけど……なんか面倒だなって思うんですよ」
「とはいえ、晩学伯殿の感謝の言葉は、建前だけではない様子だった。だからなおさら礼を尽くさなければならない。自分から味方を減らすのは感心しないからね」
「誰がですか?」
「私自身がさ」
ハウエルはそういうと「ふあぁ」とあくびをした。
「お疲れのご様子ですな」
「なにせ他の領地での事件だからね。そりゃあ疲れもするさ」
「私がもみほぐしますよ。全身。くんずほぐれつ念入りに。そして高まった二人は燃え盛る愛を体験するのです!」
「なんか寝言でも言った?」
「うぅー!」
またしてもトンプソンが「なんだこれ」といいたげな視線を向けていた。
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