◎第24話・銃の改良
◎第24話・銃の改良
ハウエルは思う。
機動半旗は優秀な戦力である。
災害救援の心得こそ不十分なものの、凶賊団や流浪の強者といった出自に由来するのか、個々の腕前が比較的高い。合戦は集団でするものであり、そのために個人戦や賊の乱戦にはない戦い方を訓練する必要があるが、そもそも戦い自体には慣れているため、それほどその訓練を苦にはしていない……ようにみえる。
忠誠心も、現在の自警団よりはずっと期待できる。凶賊の罪を不問にし、公の正規軍にまで取り立てたのだから、これも当然の帰結であり彼の思い通りである。いかなるときにも離反も士気低下もしない鋼の忠誠心……までは持たずとも、とりあえず軍紀に従い命令通りに動く、それだけでも御の字である。
これに少しずつ銃の装備と訓練が加わり、徐々に機動半旗の戦闘能力は上がってきている。
しかし不安がある。
「銃には欠点があるんだ」
彼は、なんだかんだで信頼しているローザ、何かと物知りであり頼れるトンプソン、そして内政事務方の責任者の位置にいるアントニーに言った。
「確かに、いくつか欠点がありますよね」
「私めはそれほど戦いには詳しくございませんが、あるとは聞いたことがあります」
ローザとアントニーがそれぞれ答えると。
「雨と装填速度ですな」
トンプソンが核心を突いてきた。
「その通り。銃は雨に弱い。晴れた日しか運用できない。そして弾込めに時間がかかるんだ。これを少しでも改善しないと、銃をそろえる意味が薄まる」
「集団戦ではともかく、一騎討ちや少人数の戦いでろくに使えない理由ですね。雨が降っていたら火薬が湿気て使えませんし、晴れた日でも弾込めの時間を確保する護衛が必要になってしまいます。あとは夜は銃弾が命中しませんけど……まあ夜戦は特殊ですから」
「ローザ、今日はまともなことを言うね」
「うぅうー!」
ハウエルは腹心をからかいつつ。
「これを解決する方法は、大きく分けて二つあると思う」
「ほう、二つでございますか」
トンプソンが「一つではない、と」などと目を丸くする。
「私めも、一つなら思い浮かびましたが」
アントニーも答える。
「戦い慣れしていないアントニーでも心当たりがあるんだね、それは何かな、アントニー」
「先ほどローザ様がおっしゃったように、少人数の戦いではできないことをするのです。弾込めや雨天時の間を持たせる別の兵科、例えば天気に関係のない弓弩ですとか、護衛となる歩兵を配置するのです」
「それが普通の措置だと私も思います!」
「左様、どこの軍を見ても銃だけに頼った編制はしていないように思えまする」
ハウエル以外の三人は互いにうなずき合っている。
しかし。
「もう一つ方法が考えられる。銃そのものを改良するのはどうかな」
今度は三人とも目を見合わせた。
「確かに、それができれば問題は解決しますけど……」
「いや、仮にそうだとしても、極端な編制はできませぬぞ。戦いは銃のみで行うものではありませぬ」
「それはそうだよ。私としても銃に編制を全て振るつもりはないよ。だけど編制だけで補うのは限界があると思うんだ。せっかく銃の生産体制を確立したんだし、最大限それを活かすことをしたい。よそに売るときも、強みになるからね」
「なるほど。主様のご意向は承知しました。で、具体的にどうするおつもりで?」
「それなんだよね。職人とも相談するしかない。それで何も出てこなければ、この話は終わりだ。だから、ローザとトンプソンには職人との相談に同席してほしい」
銃を作る側と、それを使う側、双方の知恵を組み合わせれば、何か出てくるかもしれない。
少なくともハウエルはそう考えた。
「なるほど、主様のお考えが少しは分かった気がしますな。それがしは同席になんら異議ありませぬ」
「私も異議ありません!」
「アントニーも来るかい?」
「私めは遠慮いたします。同席したところで戦のことはあまり分かりませぬ」
「そうか、分かった」
ハウエルはそれ以上問うこともなく、うなずいた。
その後、職人たちとハウエル、ローザ、トンプソンを交えて、会議が開かれた。
「というわけで、何か案はないかな」
ハウエルが物腰柔らかに尋ねる。
「とおっしゃいましても」
「ううむ」
職人たちは案の定、考え込む。
そこへ領主が助け舟を出す。
「私の知る限り、雨で銃が使えなくなるのはいくつかの原因による。火皿が濡れて上手く着火しないこと、火縄の火が消えること、そして火薬そのものが湿気ることだ」
「なるほど。そう考えれば火皿に関してはある程度、解が出ますな。覆いで保護すればよろしい」
トンプソンが発言する。
「火薬を注ぐ際は開けることになりますから、特に豪雨の時は困りそうです」
「豪雨の時は仕方がないよ。それは私も覚悟しているし、どうしても銃の火力が必要なら普請で雨避けの設備を建てるしかない」
ハウエルが兵法の観点から回答する。
「火縄は……火縄は防水加工をするのが一番だけど」
「ロウを塗るのはどうでしょう」
ある職人が提案した。
「ロウか」
「水を弾くといえば、その印象があります」
「ほかにもいくつか水を弾くものについて心当たりがあります。一部の木の皮ですとか、油、樹脂、ニカワといった具合です。これで火縄が作れるかどうかは実際にやってみないと分かりませんが……」
「なるほど。実際にやってみないと分からないか……」
作ってみないと分からない。
多かれ少なかれ、そうであろうと考えてはいたこと。雨に耐える鉄砲づくりはまだ試行錯誤の段階にある。
しかしこうもまっすぐに言われると、いささかもどかしいというもの。
「しかし試す価値はあるよね。ぜひ火縄班はその方針でお願いするよ」
「御意。色々やってみます」
職人が頭を下げた。
「あとは火薬だね。とはいっても、火薬そのものと火薬袋の二つかな」
「確かにそうですね。火薬袋も含めて防水を施さないと、あまり効果は出ません」
「火薬そのものですか……」
「どうしたんだい?」
聞くと、トンプソンが代わりに答える。
「きっと、火薬の調合は繊細でありますゆえ、なかなか改良というわけにはいかないのでしょうぞ」
「むむ」
「雨に耐えても、火が思うように点かなくなったり、爆発しなくなっては意味がございませぬ」
彼の意見に、しかしハウエルは答える。
「しかし、それでも探求することに意味はあるはず。無理を言うようですまないけど、火薬班はまず色々試してほしい。それで少しでも現状を改善できれば儲けものだ」
「むう」
「それに、火薬袋の防水加工はできそうな気がするけどなあ。油とかなんとか。私は製法にまでは詳しくないけれども」
ハウエルが促すと、火薬班もうなずいた。
「御意。火薬と火薬袋の改良を進めます」
「あと、これは私の案なんだけども、弾込めについてだね」
彼は話を切り出す。
「弾と火薬を紙とかで包んで、装填するときには包みを開いて一発分をさっと込められるようにすれば、装填の時間も短くなるんじゃないかな」
言うと、火薬班の一人が思い出したように反応する。
「あ、聞いたことがあります。早合と呼ばれているものですね。ずっと西方の国では似たようなものが使われているらしいです」
「へえ、すでに先例があるのか」
「詳しい製法は伝わっていませんけれども、おおせのように先例がありますので、頑張れば作れると思います」
「安請け合いに聞こえるけど、大丈夫?」
「大丈夫です。製法は伝わっていませんが、実物を見たことがあります」
「へえ。じゃあ任せてもいいね。頼んだよ」
「御意!」
火薬班の職人は、明るい表情で拝命した。
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