◎第22話・陰を走る策略
◎第22話・陰を走る策略
ある日、ハウエルは城の哨戒で巡回している兵士――機動半旗の一員から報告を受けた。
「不審な痕跡?」
「はい。石壁、それも足元ではない高さに土が付いていたり、所属の分からない者の影があったり、夜中によく分からない物音がしたりしています。そしてそれは」
哨戒兵が続ける。
「盗人、あるいは暗殺者の気配とよく似ています」
「盗人……暗殺者!」
ハウエルは一瞬、目を見開いた。
「いや……待ってほしい。暗殺者なら外から忍び込むより、使用人とかになって溶け込んで侵入する方法を採るんじゃないかな。手段も武器ではなく毒とか」
「おっしゃるとおりで、おれも盗人の線が強いのではないかと思っています」
哨戒兵はうなずく。
「盗人か。よく気づいてくれたね」
「あまり大きな声では言えませんが……おれも昔、そういう稼業をしていた時期がありまして……」
「そうか」
ハウエルは軽くうなずく。きっと深入りすると、現在のこの兵士が多かれ少なかれ傷つくだろう。いまの彼は立派に更生しているのだから。
「しかし、どうしてこの城を標的にしたんだろうね。まだ一連の産業は始まったばかりで、がっぽり儲けているというには程遠い。ほかに比較的裕福な地方領なんてたくさん……とまではいわずとも、それなりにあるだろうに」
地方領は全体的にそう裕福ではないが、その中でも現在の荒天領より財政状況の良い領地は、探すまでもなくある。
「どうしてここを狙ったかだな。……怪しいな。トンプソンとローザを呼んでくれないか」
哨戒兵は「御意」とだけ言って、二人を呼びに行った。
事情を聴いたトンプソンが一言。
「盗人を捕らえて吐かせるのが、最も単純な解決方法でしょうな」
「トンプソンの助言は、本当に身もふたもないですね……。確実に捕らえられるとは限らないから、私たちに諮っているんでしょうに」
ローザが呆れる。
トンプソンは「お前に呆れられたくはない」と思っているのかは分からないが、咳払いして続ける。
「哨戒兵を増員したとして、気づかれれば相手は断念して帰る可能性が高うございます。城の財物はそれで守られましょうが、しかし、盗人の背後にいるのは誰か、それを知るためには、捕らえて尋問するしかありますまい」
「確かに、むやみに増員するわけにもいかないね……こちらが相手を見ているように、相手もこちらの出方を常に見ているだろうし」
「然り」
そこで領主は、違う発想を試みる。
「哨戒の量を増やせないなら、質でどうにかするしかないね。機動半旗の中でも特に哨戒の心得がある人間をそっちに回そう。ローザ、きみは夜に兵士のふりをして見回ってほしい」
「了解。こういうのは私に任せてもらえれば、ばっちり成果を出しますよ!」
「なんか不安だなあ」
「うぅうぅー!」
ローザが主のたった一言で憤慨しているところへ、トンプソンが口を開く。
「それがしは何をいたしましょうか」
「トンプソンは、そうだなあ……哨戒は苦手ではないだろうけど、別段得意そうには見えないしなあ。……よし、ほかの兵士や官吏たちから、それとなくその手の話を聞いてほしい。相手は腐っても盗人だ、そう簡単に尻尾を見せないだろうけど、まあ、埋もれた話を埋もれたままにするのもしゃくだからね」
「承知」
彼は一礼した。
「主様、必ず私が見つけてとっ捕まえるんですからね、いまからおとなしく褒美とお褒めの言葉を準備をしたほうがいいですよ!」
「はいはい。不用意な行動だけはしないようにね」
「うぅー!」
ハウエルは、ローザが見た目ほど無思慮な行動をする人物ではないことを知っている。
だから彼は、あとは盗人生け捕りと尋問の成果をじっと待つことにした。
数日後の夜。
石壁をよじ登ろうとする影。
そこへ鋭い声が響く。
「そこまで! 見つけましたよ盗人め!」
ローザは比較的大きな石を、女性の力とは思えない――否、腕力だけでなく技術にも恵まれた投げ方で投げつける。
印地打ち……というには石が少しばかり大きすぎる。その大きな石をまともに投擲したという点に、彼女の力量がうかがい知れる。
ともあれ、全身の力を利用して投げ打たれた、渾身の一投。
その豪速の印地は、あやまたず盗人の頭部に直撃する。
「やった!」
しかし盗人もさるもの、一瞬全身がぐらついたが、すぐに壁登り中の力が戻る。
だが、それでも手足は、わずかにだが滑ってしまった。
そのまま転げ落ちる盗人。ローザは素早く駆け寄り、持っていた縄で、逃げられないように最小限の捕縛をする。
「曲者をひっ捕らえました! 出会え出会え!」
「おお、これは、ローザ殿、やりましたな!」
近くで巡回していた哨戒兵が集まり、その身柄を確保した。
翌朝。
「この私が盗人と思しき曲者を捕らえました。いま地下牢か尋問室にいるはずです」
ローザがハウエルに報告。
「でかしたねローザ。まずはその勇気と手際を称えよう。よく頑張った」
「ウヘヘ、真面目に褒められると照れちゃいますよぅ」
ローザがくねくねする。
「あとで褒美の品を何か用意するよ」
「主様、私が欲しいのは物じゃないですよ。無限の価値を持つのは、いつだって大事な人からの感謝と称賛なんですからねっ!」
くねくねしつつニヤニヤし、わけの分からないことを言うローザ。
正直なところ、ハウエルからみて、というか誰からみても気持ち悪かった。
「へえ、褒美の品が要らないのか。ずいぶん安上がりだね」
「そうですけど、そうじゃないんですよ主様。女の子は、いつもトキメキを追い求めているんです。価値を量りがたい、お金にできないものを」
「そうか」
ハウエルは素直にローザに、日頃の忠勤に関して感謝の言葉を述べるつもりでいたが、こうまであからさまにおねだりされると、なんとなくやる気が失せるものだ。
「ローザはお金にならないものが好きなんだね。変わり者だなあ。城の近くにたまっている落ち葉とか好きかい?」
「うぅうぅー、そうじゃないです!」
ローザはめまぐるしく表情を変える。
いつもの光景であった。
ともあれ、真に重要なのは盗人の身柄そのものではなく、その悪漢たる盗人が誰の手の者かという情報である。その意味でローザは、核心となる最重要の手柄を立てたわけではない。
尋問。ハウエルはこれをトンプソンに任せた。
だが。
「えっ、もう吐いたの?」
「然り。盗人は拷問……もとい尋問に耐える訓練をしていなかったようで、凄惨な光景になる前に洗いざらい吐きました」
「おお……それで、誰の差し金だったんだ?」
「結論から申しますと、滝の砦の勇者カーティスです」
「勇者、カーティス……」
ハウエルはその名前に絶句した。
いったいなぜ?
「なぜなのかは盗人も知らぬようです。ただ、カーティスはどうやら主様と、この荒天領に対する妨害活動を始めたようですな。その一環として、盗人は派遣されたらしいとのこと。そしてこれは私見ですが……」
「なんだい?」
「カーティスは、荒天領で奮闘し、成果を出そうとしている主様が気に入らないのではないでしょうか」
「むむ……」
ハウエルはローザなどについては鈍感だが、カーティスの心を推し量れないほど愚かではなかった。
「確かに、勇者はこのところ、戦果がいま一つらしいということは噂で聞いていたけど」
「その噂のとおり、勇者は戦功をあまり立てられていないらしいですな。もっとも、専門家主義が裏目に出たとか、勇者が血迷っているとかではなく、単純に時の運だそうです」
「運命は怖いな。あの勇者の足を止めさせるとは」
「ちなみに主様の後任のゼーベックが、あまり有効に機能していないとも聞きました。カーティスの妨害活動はそれも絡んでいるのではないかと」
「ふむ」
ハウエルは兵站管理としては冴えないゼーベックを、しかし笑う気にはなれなかった。彼は、引き継ぎで会った限り、手を抜いたり適当に仕事を済ませる人間には見えなかった。熱心に備忘録にものを書き、分からない点は積極的に質問していた。あの男が怠け者だとは思えなかった。
とすると。
「悪いのはカーティス侯爵だけだね。事情は分かるけど、こちらも妨害されてあげるわけにはいかない」
「然り、全くもってその通りにございます」
「まあ、次に何が来るかは分からないけどね。とりあえず哨戒兵を増やしつつ、怪しいことはこまめに報告するように」
「御意」
少しばかりふんわりした結論に着地しつつも、ハウエルはトンプソンが領主の執務室を出るのを見送った。
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