第2話 姉の使命

 響香は優花のセーラー服姿の写真を見ながら、自分の妹のことを思い出していた。




 ◇◇◇




涼夏りょうか、どうした?」


「ん……何もないよ? どうして?」


「なんか暗い顔してる」


「……なんでお姉ちゃんって、すぐ分かるの」


「家族だからでしょ」


 当時高校三年生だった響香がそう答えると、二歳年下の妹の涼夏はふっと笑い、でもすぐに瞳が潤み始めた。響香はティッシュを何枚か涼夏に差し出し、優しく言葉をかけた。


「話聞くことなら、できるけど?」


「うん…………実は……先輩が」


 元々運動が得意だった涼夏は、中学から始めたバドミントンで、めきめきと力を発揮していた。二年生で大会のレギュラーに選ばれて地区大会で準優勝し、三年生では副部長として部員をまとめ、県大会まで駒を進めた。一方、運動に自信がなく、勉学しか取り柄がないと感じていた響香は、そんな妹を純粋に尊敬していた。

 もし運動の実力が拮抗きっこうしていたら、涼夏に嫉妬を抱いていたのかもしれない。逆に力の差が圧倒的だったからこそ、嫉妬を超えて尊敬という感情を抱くことができたのだろう。


 スポーツの強豪として知られる高校に進学し、再びバドミントン部を選んだ涼夏は、一年生にして大会のレギュラーに抜擢された。だがそれが、二年生の先輩の癇に障ってしまったようだった。

 それから涼夏は二年生の先輩に陰口を叩かれたり、ありもしないことを噂されたり、ラケットを隠されたりしていた。引退を控えた三年生は大学のスポーツ推薦の内申点に傷をつけないようにするため、我関せずの状態。同期の一年生は先輩からの報復を恐れ、誰も涼夏を助けようとしなかった。


「涼夏。それ、いつから?」


「一ヶ月半くらい前かな……」


「えっ? なんでもっと早く言わないの」


「だってお姉ちゃん、今年受験生だし……心配かけちゃうから」


「だから我慢してたの? ダメだよ。何も言わずにいきなり泣き出す方がずっと心配だよ。早く何とかしなきゃ。ね、私が助けるから」


「でもどうやって? お姉ちゃん、私と高校違うじゃん」


 響香は当時、県内でそこそこ有名な進学校に通っていた。


「とにかく方法は考える。涼夏の実力でレギュラー勝ち取ったのにそんなことするなんて、私が許さない。それに涼夏のこといじめてるの、涼夏にとっては先輩でも、私よりは年下なんだから。涼夏が心配することないよ」


「お姉ちゃん……」


「だから、もう少し詳しく教えて」



 でもその三日後、涼夏は死んだ。

 部活の帰り、線路に身を投げた。

 遺書も、そして、ラケットもなかった。

 涼夏のラケットは、死んだ翌日に、施錠されていた体育館の倉庫から出てきた。



 響香は拳を握りしめた。

 涼夏を救えなかったことも、大事な妹の身体がこんなにぐちゃぐちゃになってしまったことも、彼女が気に入っていたセーラー服が血まみれになってしまったことも、全てが悔しかった。運動が苦手な自分が身代わりになれば良かったとさえ思った。


 涼夏と同じ世界に行って慰めてあげなくちゃ、自分が何もできなかったことを謝らなくちゃと、深夜に自室でロープの輪っかを作った。しかし、それに首をかけるための椅子を動かす時に少し大きな地震が来て、結局両親にバレてしまい、未遂に終わった。それからしばらくの間、響香は母親と同じ部屋で寝るように言われた。


 大学は結局推薦で合格したので、メンタルのせいで受験に失敗する、ということはなかった。

 涼夏が生きられないのに、自分は大学になんて行けないと思ったが、母の一言で考えが変わった。


「響香が死のうとした時、地震が来たでしょ。多分あれ、涼夏が止めようとしたんじゃないかって思うのよ。大学受験が成功したのもそう。響香が今まで頑張ってきたからこそ、二月の試験で無理しないようにって、きっと涼夏が早めにお姉ちゃんを楽にしてくれたのよ……だから響香には、生きて欲しい。もちろん私達の娘として大事にしたいって気持ちもあるし、生きて、涼夏に人生を見せてあげて欲しいとも思うの」


「お母さん……涼夏……」


 母の一言で生きると決めて、響香はやるべきことを見出した。



「絶対、許さない……」



 それは、涼夏いじめの主犯格、とやらを探し出し、極限まで苦しめてやることだった。

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