Episode 9#

「今日は逢えないのかー。残念」


 モルガナさんからのフレンドメッセージを確認して俺は肩を落とした。


 最近、彼女と逢えずにラグナリアを後にする日が増えてきている。どうやら仕事量が増えたらしい。


「俺とサボってるのバレたのかな……??」


 だとしたら大問題だ。ありえない話ではないだけに罪悪感が込み上げてくる。


 目的もなく娯楽街をぶらつきながら、考えても仕方ないことをあれやこれや考えていた。


 ふと娯楽街の中央にある広場にベンチがあるのが目に入り、何ともなしに座る。


 何も考えず、ただぼーっとすることしばし。


「隣、いいですか?」


 突然降ってきた声の主を仰ぎみる。パッと見3、40代くらいだろうか。西洋系サラリーマン風のおっさんが、人好きのする笑みを浮かべてニコニコとこちらを見ている。


「ええ、構いませんよ」


 特に断る理由もない。俺は快く隣を空けた。


「ここ、好きなんですよ」


 話好きなのだろうか、おっさんが話しかけてくる。


「そうなんですね」


「仕事中だから、アトラクションで遊ぶ訳にはいかないけど、いつもここで少し休憩するんです」


「なるほど。」


「お兄さん、若いね。恋人はいるの?」


「実は……最近出来たばかりで。とても素敵な人なので毎日楽しいです!!優しいし、綺麗だし、俺にはもったいないくらいで。」


 突然の突っ込んだ質問にネット弁慶が発動して饒舌になる俺。リアルではコミュ障発動して誰にも話せずにいたので、恋人のことを話せるのが嬉しくもあった。


「お、いいね!自慢の彼女か、羨ましい!!若いとは素晴らしいアドバンテージだとつくづく思い知らされるな。」


 話しながら照れ笑いをする俺におっさんはそんなことを言った。


「じゃあ、私はこれで失礼するよ。素敵な彼女さんによろしく。」


 そう言い残し、おっさんは去っていった。俺はなにかかすかな違和感を感じたような気もしたが、あまりにも些細なそれをおっさんの存在もろとも光の速さで忘れ去った。


 別れ際、優しげな瞳の奥が冷たく底光ったように見えたような気がしたことも。


 ◆◆◆◆


 何もない部屋に、1組の男女が佇んでいる。


 主以外の者を迎え入れることを想定されていない部屋は2人が立っているだけでやや手狭だ。


「突然呼び出されるなんてね。あなたは誰? 私になんの用かしら?」


 やや不機嫌そうな女をたしなめるように、男が口を開く。


「まあ落ち着きたまえ。どうせ優秀な君のことだ。見当はついているんだろう?音代君」


 そう言って男はニヤリと不敵に笑った。


「まあね。でも貴方に呼び出されるようなをした覚えはなくてよ、管理人アドミン。」


「ふん、支配人マスターと呼びたまえ」


 こともなげに正体を言い当てた音代に、今度は支配人が不機嫌そうに答える。


「ふふ、そんなに不機嫌そうにしなくていいじゃない。どうせそんな高度な感情貴方にないでしょう?AI


 ラグナリア運営管理統括AI。それが男の正式名称。通称、支配人マスター


 ラグナリアの運営管理を行うAIの頂点たる唯一の最高性能AIである。


「今すぐその減らず口を叩けないように君の回線をシャットダウンしたいところだがね……。単刀直入に言う。音代君、君に協力を要請する。」


「ふぅん? 協力、ねえ。」


「最近挙動不審な運営管理AIが1人、いてな。どうも特定の利用者ユーザーの影響を受けているようなのだよ。」


「……それで、私に何をしろ、と?」


 問う音代。分かっているくせに、とでも言いたげに支配人は答えた。


「当該AIのデータリセットを行うにあたって、当該AIと特定の利用者を引き離したいのだよ。君の利害とも一致していると思うが」


「……」


 予想はしていたとはいえ、支配人からの突然の要請に音代は黙り込む。


「……具体的に何をすれば?」


 長い沈黙の後、ようやく音代が口を開いた。


「君にしか出来ないことを。色々あるだろう?非接触型ダイバーにして若き天才プログラマー、葛城君?」


「ふん、全てお見通し、ということか」


「そういうことだ。君は当該利用者と友人でもあるそうだな。上手く立ち回ってくれたまえよ。」


「……」


「具体的な策は後ほど伝える。よろしく頼んだ。」


 そう言うと支配人は部屋ごと消え去った。


 否、音代が部屋を強制退去させられたのだ。


「ふん、AIごときが偉そうに。」


 そう呟いたのは、音代だったのか、あるいは。


 彼(女)とてAI全てを貶めるつもりは毛頭ないが、支配人のあの態度はどうにもいただけない。


「……どうする?」


 独白が消えた天井そらには、造られた太陽が輝いていた――


 ◇◇◇◇


「本日の処理完了、休憩モードに移行します」


【処理完了ヲ確認、休憩モードヘノ移行を許可シマス】


 日に日に仕事が増えていくのを、モルガナは不審に思っていた。


 いくらなんでも最近割り振られる仕事の量が明らかにおかしい。なんなら管轄外の仕事まで回されている気さえする。


 いくら彼女が優秀なAIと言えど、処理能力には限界がある。彼女ですら1日処理し続けるのがやっとの仕事量は、やはり異常と言わざるを得ない。


 最近はGeorgeに会う時間もなかなか取れず、息抜きもままならなくなってきている。


 AIに疲れる、という概念はないにしろ、これ以上の連続稼働はパフォーマンスに影響しかねない。


 やはり何かがおかしい。モルガナは最近の仕事について問い合わせることにした。


「オペレーターAI、こちらMorgana。応答願います。」


【ハローMorgana! コチラ、オペレーター。要件ヲドウゾ】


「最近の私の仕事タスク量について問い合わせを。そろそろ毎日の仕事量が私の処理能力をオーバーします。このままではパフォーマンスに重大な影響を及ぼしかねません。仕事量の削減を要請します。」


【要請ヲ確認。中央管理局セントラルニ問イ合ワセ中】


 ......

 ......


【問イ合ワセ完了。仕事管理タスクマネジメントニ異常ナシ。仕事タスクの削減要請ハ認メラレマセン】


 ??!


「そんなはずは……!!何かの間違いです。最近は明らかなオーバータスクです。再度問い合わせを要請します。」


【問イ合ワセ中】


 ......

 ......


【異常ナシ。要請ハ却下サレマシタ】


 何度試しても結果は変わらなかった。


 おかしい。


 何かがおかしい。


 モルガナのあずかり知らぬところで何かが起こっている。


「まさか……私がGeorgeさんと逢っているせいなの……?!」


 思いたる節はそれしかない。

 だとしても。

 課された仕事をサボったことなどない。規定の仕事はこなしていたはずだ。


 断じて納得いかない。


 とはいえ、問い合わせてこの調子では、彼女に成すすべは無い。この状況を何とかしなければGeorgeと逢うのは今後さらに難しくなるだろう。それだけは避けたかった。


「何とかしなければ……!!何とか!!」


 その日から、モルガナは仕事量削減計画を発動させた。


 なんとか負荷を減らすため。

 ひいてはGeorgeに逢う時間を作るため。


 彼女の戦いが、始まった。

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