Episode 7#
いつも通りの朝。
いつも通りの通学路。
いつも通りの学校。
――違うのは、俺の魂の
モルガナさん(の信用)を失って、抜け殻になった身体を引きずって何とか登校はした。が、授業も何も入ってきやしない。
ただただ頭は真っ白である。
「なあ、お前、大丈夫か??」
放課後、異変に気づいた尚人が話しかけてくるが、答える余力がない。というよりそもそも言葉は俺の耳を撫でるだけで心にまでは届かない。
「なあ……何があったか知らんが。元気出せよ」
説教が始まるかと思いきや、尚人の口から出たのは優しい言葉だった。
けれど。
絶望の縁にいる俺は何を答えることも出来ず、のろのろと教室を後にした。
「麻樹!! 間に合ってよかった!!」
校門から出ようとした時、今度は奏子が声をかけてきた。
余程急いで来たのか、はぁはぁとつく息が荒い。
「昨日はごめん。まさかこんなにあんたが落ち込むなんて思ってなくて……。」
空っぽの俺には、その謝罪すら届かず。ただ、とぼとぼと歩き続ける。
「ねえ、なんとか言ってよ……罵られてもいい、から……お願い……!!」
意図的に無視したわけではないが、結果的に俺は奏子をないものとして通り過ぎた。
「ううっ…ごめんなさい!! ごめんなさい……ごめんなさい……。」
後にはただ、遠ざかる俺の背中に泣きながら謝り続ける奏子だけが残された――。
◇◇◇◇
それから1週間が経った。
ダイバーになってから、こんなに長くダイブしない日が続いたのは初めてだ。
学校には行っているし、授業も受けている。けれど何も入ってきはしない。
元々コミュ障なので尚人と奏子以外に喋るヤツもいないが、二人とも全く話さなくなった。
最初こそダイブへの依存しすぎを心配していただけに喜んでいた家族も、少しずつ落ちる食欲や、空返事ばかりになる俺の異変に薄々気づいてはいるようだ。が、何も言ってこないところを見ると処遇に困っているのかもしれない。
ある時、自室でぼーっとしていると。
コンコン。
「お兄ちゃん? 入るよ?」
「……」
特に返事もしなかったが、それを了承と受け取ったのか、舞が部屋に入ってきた。
「ホットココア、淹れてきた」
そう言って二つのマグカップが載った盆を俺の机に置くと、
「温かくて美味しいよ?」
まるで毒味でもするかのように、自分のマグカップに口をつける。
……。
ゆっくりと、時間が流れてゆく。
「最近、どうよ?」
努めて明るく、舞が切り出した。探るような目でこちらを見つめ。
黙りこくる俺に、急かすでもなく、イラつくでもなく。ただ待っている。
……。
さらに時間は流れた。
「私ね、お兄ちゃんが大好きだよ」
唐突にそんなことを言い出す舞に戸惑いつつ、何も答えられない。
「覚えてる? 幼稚園の頃さ、私が同じ組の男子にいじめられてた時、助けてくれたことあったよね」
そこで一旦言葉を切り、また一口ココアをすする。
「あの時のお兄ちゃん、最高にカッコよかった!!」
何が言いたいのか分からなくて困惑している俺に、舞は続ける。
「優しくて、ちょっと頼りない時もあるけどやる時はやる。そんなお兄ちゃんが大好き。コミュ障だけど」
「……コミュ障で悪かったな」
「あ!やっと少し笑った!!」
ほんの少しの顔の歪みをも見逃さない、と言わんばかりの妹は、さらに続けた。
「そんな大好きなお兄ちゃんがさ、こんなに悲しんでるの見るの、辛いよ。何があったのか分からないし、そこを詮索する気はないけど……。これだけは覚えておいて? 私は、お兄ちゃんの味方だからね?ダイブのしすぎも心配だけど、全くしないでぼーっとしてるのも心配だよ」
そこでまたも言葉を切ると、俺用のマグカップを差し出す。
「早く元気になってね??」
幼い子供がおねだりするような上目遣い。
俺はようやくココアに口をつけた。
冷めかけだが、辛うじてまだ暖かいそれを一口、また一口と飲み下す度に瞳からこぼれる雫。
不思議とそれは絶望に凍りついていた心をゆっくりと溶かしてゆく。
慌てて背を向ける健気な妹に、言葉にならない感謝の気持ちが溢れ出る。
普段は小憎らしいくらいなのに、こんなに気が回せるなんて。むしろこんなに気を遣わせる兄貴はダメだよな……。
「久しぶりにダイブ、してみようかな」
俺の言葉に、
「ふふ」
元気出たみたいで良かった、小声でそうつぶやくと舞は二つの空いたマグカップを載せた盆と共に部屋を出ていった。
◇◇◇◇
小高い丘から見下ろす街並みは、おもちゃのようでいて、その全てが作り物だなどとも思えず、なんとも奇妙な感覚に陥る。
ラグナリア中央公園の一角にあるこの丘は、知る人ぞ知る絶景ポイントであり、デートスポットでもあるのだ。
何となく高いところからラグナリアを見下ろしたい気分だった。
ダイブを始めて間もない頃に偶然見つけた場所だが、カップルが湧いていようとなんだろうとお気に入りの場所のひとつだ。
――モルガナさん、元気かなあ。
ふと、そんなことを考える。
ラグナリアにインした時、真っ先にフレンド欄を確認したが、ちゃんとフレンドのままだった。相変わらず非表示ではあったけれど。
ひょっとしたら、来てくれるんじゃないか――そんな淡い期待を打ち消すように、その場を離れようとした、その時。
「こんばんは、Georgeさん。お久しぶりですね」
?!
――これは夢か?!
優しげにタレた目が微笑んでいる。
「モルガナ、さん……??」
どう、して??
「ここ、好きなんです」
まるで心を読んだかのように答える彼女に、
「あの、その、この間は……」
「勘違いなんでしょう? まあ仕方ないですよね」
!!
「何故それを?」
「つい先日、セレニアさんが謝りに来たんです。ついからかって享楽街に行くふりしてごめんなさい、って。ただの友達であって、決してそういう関係ではないと、必死に訴えておられましたよ。」
――奏子が?!
アイツにとってフレンドでもなんでもないモルガナさんを探すだけでも手間だったろうに。感謝とともに急激に襲い来る罪悪感に悶えそうになる。
「もう少し、彼女のことも見てあげては?」
イタズラっぽく微笑むモルガナさんに、思わず。
「俺は!!!
続きを言おうとする唇に、冷たく、柔らかいその人差し指があてがわれる。
「その続きは、まだ口にしないでください。私、大事なこと言えてないので……」
「大事なこと?」
「ええ。それを言う為の
なんの事かは分からないけれど。
「貴女がそうして欲しいのなら。いつまででも待ちます! その代わり――」
「その代わり?」
不思議そうな顔をする彼女に、俺は言った。
「必ずいつか答えをください!!」
少し困ったような、迷うような仕草を見せた後。
「はい」
確かに彼女はそう言った。
人生初の告白は、思わぬ形で中断されたけれど。
確かな答えが貰えた訳でもないけど。
なんだか、俺、今幸せなんだわ。
心が、繋がった気がすんだ。
そっと、モルガナさんの手を握る。
恐る恐る、やがてぎゅっと握り返してくれる。
たったそれだけなのに。
なんでこんなに嬉しいんだろう。
なんでこんなに心躍るんだろう。
今夜は眠れそうにない。
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