選考会議:ダイヤモンドか石ころか

1日は長かった。80人の面接を終える頃には、空に星も輝いていた。

町の子供は就寝の時間、そんなところだ。


面接官リブは目をつぶって、ふぅとソファにもたれかかった。赤髪は隣でおおあくびをかます。


「…明日もこれか、耐えらんねーなこりゃ。1週間にでも分けて欲しいくらいだぜ。なぁ、リブ。おめぇもさすがにへばったんじゃねーのか」

「…あぁ、一日中座ってることもそうないからな…

まぁ、仕方ないだろ。3日も4日も試験に費やしていたら、仕事が回らなくなる」


リブはそう答えると、ぐるりと首を回した。今日の仕事は、これで終わりでは無い。

この後の時間は、通常業務に就く。保安部としての、夜間の仕事だ。

見回りだの会議だの、他の町との外交や案件の整理、明日の用意など様々、とにかく町の本部は忙しい。



ーー翌日。

2日目の実技試験に関してはー…説明するまでもなく、絶望的にズタボロだった。


難しい細かいルールはなく、シンプルな試験だった。2人1組になり、サバイバル空間で、相手の頭数を削りつつ、時間いっぱいまでお互い相手を守り切る。それだけだ。

強いて言えば"自分の事は守ってはならない"、自らの安全はパートナーに全て委ねるのが、ちょっと厄介なルールと言ったところか。


カザンはと言えば、パートナーになったか弱そうな女子を守り切るどころか、結界も失敗し火傷を負わせ、女子の片足は骨折してしまった。

これは女子本人の力不足ではなく、カザンの評価として減点されていく。そんな状態になってまで、女子の方はカザンを守り切った。きっと、この女子は保安部になれるだろう。そう思った。


「くっそー…」


終わってからカザンは、彼女に合わせる顔がなかった。面接の時の勢いと自信が、この時ばかりは失われかけたものだ。

それでも、しがみつかなければならなかった。時間いっぱいまで、カザンも自分にできることはし尽くしたつもりだー…。




「…35番。ないな、実技は不合格…と」


実技試験の試験官は、7人いた。


「勢いは良かったんだけどねぇ」

「35番は回復系の陣が使えないのか?せめて骨折だけでも、すぐ治してやれば良かったものの」

「そもそも、魔法陣が雑すぎる…まるで子供の落書きだ」

「さて、次つぎ、と。40番はー…」



実技試験の翌日早朝。

ロザリナのお柱を中心に、試験官を務めた保安部の上層部メンバーが、会議室に集まった。


ロザリナのお柱は、ここ南の大陸一帯では、知らぬ者はいない。

かの有名なゴールドの陣使いであり、世の中の人が知る限り、"最強の陣使い"とは彼のことだった。



「…さぁて、合格候補が絞られたな。今んとこ36名か?」

「今年は"逸材"は見当たりませんでしたが、今後の成長の見込みは十分にあるかと」


お柱の問いに、実技試験官がそう答える。

お柱は満足げに顎髭をなぞった。

色黒の肌、クマのような巨体に真っ黒な短髪。筋肉隆々としているせいで、着込んだTシャツは今にも破れそうに見える。



今年の合格者が、決定されようとしていた。当然ながらと言えば良いのか、35番はそこにはいなかった。


「最初から完璧なやつなんて、ほとんどいねぇ。いきなりブロンズやシルバーで入ってきたやつなんざ、歴代でも数えられる程度だろ。

みんな、保安部になって上がってくんだ。おめーらもそうだったろが?

…まぁ、ここにいるお前たち隊長クラスは、よっぽど優秀なやつの集まりだがよ」


お柱は自分の仲間達を自慢するように、ガハガハと笑った。


「…まぁ、そーゆーこった。試験はお前達に委ねてあった、合否も俺がどうこう言うこたぁねぇ。お前らが決めたやつらだ、俺ぁ異論ねぇよ。

じゃあ、これで決まりでいいか?」

「… …」


誰も何かを言う者はいなかったが、しばらく黙っていた面接官、リブが静かに口を開いた。


「…お柱」

「おぅ、なんだリブ」

「…一か八か、推薦したい奴が」

「なんだって?お前が直々に推薦か?そりゃすげーな…で、なんでそいつぁ合格者に入ってねんだ?」


リブの隣で、2日間嫌々ながら書記を任された赤髪が、「オイオイ」と言いながら机をトントンと叩く。


「リブ、まさかと思うがー…お前、まだあいつのこと気にしてんのか?やめとけ、リブ。実技試験の結果見ただろーが、雑魚はいらねぇって何度も言ってんだろ」

「それはお前の意見だ、ジュエイ。俺はお柱の判断を聞きたい」


ジュエイと呼ばれた赤髪は、面白くなさそうな目つきで、やれやれと足を組んで机に乗っけた。

リブはあれから、ずっと考えていたのだ。ジュエイとも、何度も意見を交わしていた。


「…なんだリブ、そんなずっと気になってるやつがいたか。どいつだ?」


お柱は、腕を伸ばして正面にいたリブから、書類を受け取った。


「35番、カザン・ストライク。

この青年に至っては、俺1人で判断する訳にもいかなかった。こいつ(ジュエイ)の意見はさっきの通りだが…まぁ、ここにいる皆の意見も聞きたい」


「リブ、35番って…この子Eランクの子でしょ?Eランクなんて160人中たった1人だったから、覚えてるわ。

実技試験は酷かった。あなたも見れば良かったのに」


「…まぁ、総合で考えたら不合格の得点なのは分かる。面接は何も悪くなかったが、結果を見る限り実技が確かに残念だ。


だが…。実技はさておき、問題は面接の内容だ。


… …お柱。こいつは…ガサラの生き残りだ」



室内がざわついた。事情を知るジュエイ以外の全員が、わけがわからないと言った顔になる。


「…ガサラ…?あの、北のガサラか?どーゆーこった、全滅したんじゃなかったのか…?!」


お柱も、これには驚いたようだ。騒つく皆を静めてから、リブは面接時に聞いた内容の、一部始終を伝えた。

皆が、黙りこくった。口をぽかんと開ける者もいれば、なんてこったと眉を顰める者もいる。


「…問題は」


リブが続けた。


「"死守"の特陣を持っていることだ。…確かに、一般の陣使いが特陣を譲渡された例が、無いわけじゃない。

特陣を持っていること自体が、すごいわけでもないし、推薦の理由はそこじゃない。


言ってしまえば特陣を持っていようが、使えぬまま町で生活したっていい。

何も無理に、保安部に入れなくたって良いだろう。

…だが、俺の推薦の理由はー…」


「…なるほどな、リブ…お前の特陣か」


リブが結論を言う前に、お柱が察したように納得のうなりをあげた。

さすがは、ロザリナのお柱だ。何も言わずとも、話の先が読めたようだ。


「…そうだ。俺の特陣ー…。ここまで言えば、皆分かるんじゃないか?


"死守"が使えれば、ある意味では不死身になれる…ガサラのお柱が、自分に"死守"を使っていれば、全滅は免れただろう。


だからこそ、"ガサラの全滅"が不可解なものとして、ここ南にまで伝わってきた。

"なぜかお柱は死守を使わなかった、もしくは使えもしない状況だった"そう、推測されてきた。

だが、"死守"を奪われまいとして、善なる者の側に守り抜いたことは、本当に賢明な判断だった…


…"死守"はロザリナを救うかもしれない。


俺の特陣との相性が…この上なく最高だからだ」



「そいつぁちげぇねぇ、リブ。

…もしあいつが、今後化けて特陣を使えるまでになればー…

保安部に欠かせない人材になるぜ」


リブの話に、お柱は大きく賛成したようだ。何か、希望や期待をもったのか、その真っ黒の瞳を輝かせる。

お柱の声には力がこもった。



「でも、化けるかどうかが分かりません。実技試験を見ていた限りではー…正直、期待できないように思います。

まともに発動した陣も少なかった…あれじゃまるで町にいる子供と変わらない」


実技試験官は不安そうに、試験結果の紙をピラピラと、お柱に振って見せた。


「そりゃそうだろう、こいつぁ訓練されてもいねーんだろうしな…。まぁ、センスがあるか無いかはわからねぇけどよ、鍛える価値はある。

あまりにも成長しねぇ、"見込みゼロ"ならおそらく、自分から続けられねぇと気づくだろーよ。

俺ぁ好きじゃねぇが、クビってのも無くはねぇしな」


「お柱、じゃあ、この35番とるんですかー…?」


お柱は癖のように顎髭をなぞって、ニヤリとする。


「…リブも言ってたな、一か八かだって…


ダイヤモンドの原石か、ただの石ころかー…俺ぁしばらく、この目で見ててやってもいいぜ。

面白いじゃねーか。使えもしねぇ特陣を持った、Eランクの陣使いー…

そいつが化けたらおめーら、いつか命を救われるかもしれねーぞ」


ガッハッハと、巨大な口でお柱は笑った。

不安そうな者もいたが、無理もない。まるで賭け事のようなものだからだ。

慎重な者ほど、喜んで賛成はしていなそうだ。

しかし、これがこの町のお柱の決断だ。



「こいつぁ…リブの推薦と、俺の賭けでおまけの合格だ!


ただ、あれだな。雑すぎる魔法陣、落ち着きのない動き、慎重さにかける戦闘ー…

実技の結果からして…コイツが鍛えられるのにぴったりの隊は、お前のとこだな、リブ。


ガッハッハ、責任持って育ててやれよ!いつかお前の相棒になるようにな!

おそらくお前が1番、コイツー…カザンを化けさせられる。頼んだぜ、リブ」



…そんなこんなで、まさかの結果を残して、会議は終了した。



「…あ、そーだおめーら。カザンが特陣を持ってること、他の奴らには黙ってろ。ここだけの話にしておけよ。

本人にも、それから他の保安部のやつらにも、足枷になるだろーよ」



2週間後、合格通知と保安部の制服が、カザンの元へと届いた。

あまりにも現実味がなく、夢なのか分からないその現実に、カザンは何度も何度も通知を見返した。

ここからが、始まりだ。

ダイヤモンドの原石か、はたまた石ころか。



お柱が"賭け"をした目的…平穏なロザリナに残る、たった1つの"恐怖"。

「必ずまた、この町を奪いに来る」そう告げた男の存在。

その恐怖からこの町を救うその時ー…

カザンも共に、自分達の横にいるかもしれないとー…そう、思ったのだ。


「…へっ、都合の良い未来予想図ってとこか。それでも良い。それを叶えてやれるかどうかは、育てる側の俺達にかかってる…そーだろが」


お柱は部屋で1人、自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

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