異世界で二度目の人生を駆け抜ける。俺の神器はスマホだよ。

風猫(ふーにゃん)

第一章 俺はいきなり異世界でも動じない。

第1話 バッティングセンターから異世界へ

 大学を卒業して、入社一年目のゴールデンウィーク。まだ、金もなく行く宛もないコウジは、近所のバッティングセンターに暇潰しにやって来た。

 春の五月とは言え、北国ではようやく雪が消えたばかりで陽差しは弱く、革ジャンの上着にジーンズという出で立ちだ。


 高校時代には、野球部で投手を目指したが、万年地区予選止まりの弱小野球部に嫌気がさし2年の夏で退部した。

 辞めた時は、中学時代の剣道を続けていれば良かったと少し後悔したが、投手をやりたくて野球を選んだのだった。

 野球を辞めてから、また剣道を始めて、大学に入ってからは、趣味で居合いの道場に通っている。剣道は二段で、居合いは初段だ。


 北国の子供は、冬に雪玉で遊ぶ。いわゆる『雪合戦』だ。その際に雪玉を平べったく円盤にして投げるとカーブする。

 雪合戦で曲がる雪玉を投げる奴なんていないから、驚く相手に直球も織り混ぜ無双した。

 それに少年だと、手が小さく野球ボールで、ナチュラルシュートを投げられた。

 カーブとシュート(ツーシーム)、左右に曲がる武器を手に、ピッチャーに挑戦したのだ。

 

 バッティングセンターの一番の高速140kmのゲージで打ち始めたが、数球打つと晴天のはずなのに突如として雨雲が現れ雷が鳴り響いた。

 えっと驚く俺の視界の先に、空間の割れ目ができて、そこから瞬く間に空気が渦を巻いたかと思うと、竜巻きとなって渦の中に引き込まれて一瞬、意識を失った。


 はっとして意識を取り戻すと、不思議な威厳のある声が頭の中に響いた。


『若者よ許せっ。そなたを誤って、違う世界へ連れて来てしもうた。

 そなたを元の世界に戻してやりたいができぬのじゃ。なんとかこの世界で生きてくれ。

 詫びに一つだけ、願いを聞き届けてやろう。何を望む。』

 

 えっ、えっ、俺は突然の事態に困惑しながら無意識にポケット手を入れ、スマホに触れた。 

 そうだスマホが使えれば、親にも連絡できるかも知れない。


『じゃあ、このスマホを使えるようにしてくれよ。電源がなくてもさ。』


『良かろう。この世界なりの機能で使えるようにしてやろう。時間がない。

 それでは若者、頑張って生きるのじゃぞ。』


 その言葉を最後に声の主は消え、また一瞬だと思うが意識を失った。




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 そして次に意識が戻った時、目にしたそこは見たこともない景色の街角だった。


 夕暮れが迫る古風な街並み、人気のない板塀に囲まれた路地の一画に、一人立っていた。


 バッティングセンターにいたのは、夢かとも思ったが、夢ではない証拠に手には金属バットとボールがあった。

 ここはいったいどこなのだろうか。

 あの声は、違う世界と言っていたよな。

 するとここは、ラノベでいう異世界なのか。


 

 そんな想いに囚われていたが、何やら物音が聞こえてきた。

〈オウリャッ、ガキンッ。〉路地の向こうから争うの喧騒のようだ。 


 何だろうかと恐る恐る近づいてみると、多数の覆面をした者達と剣で戦っている一人の男と庇われているらしい娘の姿が見えた。

 その様子はどう見ても、多勢の賊に二人が襲われている構図だった。


 俺は果たして助けられるのかと、一瞬、躊躇したが、考えている暇などないと金属バットで賊達の後方から殴り掛かって行った。

 もはや勢いだ。運動神経には自信がある。

それに剣道の打ち合い歴は、通算14年だ。


 真剣勝負なんて初めてだが、俺は幼少期から剣道をやり、二段の現役だ。

 夢中で手前の一人目の側頭部を金属バットを打ちつけて即倒させると、すぐさま振り返り、向かってくる二人目に小手を浴びせて、剣を叩き落とし、脳天に一撃を浴びせて昏倒させた。


 なおも混乱している中を、賊に打ち掛かり、斬り掛かって来る剣を、唸りを上げる金属バット捌きで弾いて、二人の顔面に面打ちを浴びせ指図の声をあげていた首魁の男に向かった。

 男は上段から切り下ろしてくるが、俺は左に躱し男の腕を打ち付けた。骨折しただろう。


 「まずい、引けぇっ。」


 あれっ日本語だ。ここは日本なのか。日本の歴史に両刃の剣の時代なんてないはずなのに。

 賊の一人が声を上げ、腕を骨折した首魁や倒した死体を抱えて、賊達は逃げて行った。

 


「どなたかは存じませんが、危ないところを助けていただき、ありがとうございました。」


 男が礼を言ってくる。やはり日本語だ。敬語を使ってるし、違和感がないのが不思議だ。


「いえ、喧騒が聞こえ、すぐこの先にいたものですから。お怪我はありませんでしたか?」


「お嬢様、大丈夫でございましたか? 

 不覚でした、こんな路地に引き込まれるなどとは、私の不注意でございましたっ。」


 はあ、はあ、肩で息を吐きながら、護衛なのであろう男が娘さんに侘びている。


「私は大丈夫です、ポーカー。

 それより、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。」


 いずこかの身分のあるお嬢様らしい。

 年の頃は中学生くらい、金髪で青い目をしている。日本人には見えない、西欧人だな。


「失礼ですが、貴方様は冒険者でしょうか?」


「いえ、旅の者でこちらに来たばかりです。」


 とっさに、思いつきで怪しまれないようにとでまかせを言った。


「まあ、もう宿はお決めになりましたの?

 もし未だなら、当家においでください。」


「はあ、宿はこれから探すところでした。」


 助かった、こんな時間だし、この世界へ来て何もわからないのだ。

 探す当てもないし、とにかく世話になろう。


「申し遅れました。私の名前は、レイネ·ハーベストと申します。」


「私めは、ハーベスト男爵家で騎士を務めますポーカーと申します。」


 二人は、男爵家のお嬢様と護衛騎士だった。


「俺は、コウジ、、、旅の者です。」


 名字は名乗らない方が無難だな。貴族に対し名字を名乗って、貴族かと聞かれたら面倒だ。 

 

「襲って来た者達は何者ですか?何か襲われる訳でもあるのですか?」


「分かりません、こんな街中で襲われるなど、思いもよりませんでした。父なら何か心当たりが、あるかも知れませんが。」


「お嬢様、急ぎお屋敷へ戻りましょう。

 いつまた、奴らが現れるとも限りません。」


「ええそうね、お父様に一刻も早く、知らせなければ。」


 そうして、俺達は急ぎ足で屋敷へ向った。

 襲われた路地から30分程歩き、門構え大きな屋敷に着いた。

 門番も二人いて、さすが貴族の屋敷だ。


 門から結構な距離がある玄関に辿り着くと、執事らしき者が出迎えて、二人が襲われた話を伝えると、大慌てで奥へ駆け込んで行った。


「ささ、コウジ様こちらへ、まもなく父が参ります。」


 応接室らしき部屋に案内されると、すぐに

レイネの父親が現れた。


「レイネ、襲われたとは誠か。とにかく無事で良かったわい。

 まったく、レイネにもしものことがあったらたいへんじゃったわ。はぁ〜。」


 父親は焦った様子で、早口に捲し立てた。


「父上、こちらのコウジ様が、お助けくださいました。」


「おおっ、そなたがお助けくださったか、心から礼を申す。」


「いえ、偶然通り合せたので、幸いでした。」


「コウジ様は、すごくお強いんです。

 賊は10人もおりましたが、お一人で5人をあっと言う間に打ち据えれました。」


「それはなんとも、お強いことだな。」


「お父様、コウジ様にはうちにお泊りくださるよう、お連れしました。」


「それはもちろんじゃ、お礼もせねばならん。好きなだけ、ご滞在いただくがよい。」  


「それで父上、私を襲ったのは、何者でしょうか?、街中で襲われるなど、思ってもみませんでしたわ。」


「まさかと思うが、お前の婚姻に反対する貴族の手の者かも知れんな。」


「えっ、私の婚姻?そんな話は聞いていませんっ。」


「うむ、なにせ儂も知らせを受けたばかりの話でな、ブログリュー公爵家の長男が、どこぞでお前を見染めたらしく、婚姻を申し込んできたのじゃ。」


「それで、私が狙われたと?お父様、そんな話はお断りください。

 私は一人娘で、お父様のあとを継ぎです。

 この領地を守って、治めて行かなけばなりません。」


「ふむ、お前が望まぬなら、この話は断るつもりでおる。大事な一人娘を見知らぬ男なんぞに渡してなるものか。」


 おやおや、この男爵、結構な親馬鹿だぞっ。 

 公爵とか、かなりのお偉いさんだと思うが、逆らっても大丈夫なのか。 



 扉がノックされて中年の女性が入ってきた。


「あなた、お食事の用意ができましたわ。」


「お客様、レイネの母のシモーネと申します。

 この度は、娘を危難から救っていただきありがとうございました。

 この娘の身に何かあったらと思うと、生きた心地がしませんでしたわ。」


「コウジと申します。偶然、通りがかりお助けすることができました。ご厄介になります。」


「とにかく、お食事の用意ができましたので、食事の間へおいでくださいませ。」



 食事の間で夕食をご馳走になった。

 食事は、フランスパンのような固いパンと、山羊の肉のステーキ、それに鳥肉の入ったシチュー、塩胡椒の味付けの野菜サラダだった。

 食事中は俺の身の上話やら、これから何処へ行くのか聞かれたが、見聞を広めるため田舎から出て来たばかりであるとしか答えなかった。

 食事が終わると寝室に案内され、上着を脱ぐと疲れからぐっすり眠りに落ちた。

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