第3話

 結果から言うと、二〇二〇年、私の婚活は大失敗に終わった。何で?と当時は思ったものだ。


 こちらが突き付けた、条件が悪かったのかも知れない。私と結婚するなら、弟とも同居してもらうと言っただけなのだが。それと弟の学費も全額、負担してもらう。これが絶対条件だ。


 とある男性からは、「俺と弟と、どちらが大切なんだ」と聞かれて、「弟に決まっとるてるじゃろうでしょう」と答えたら交渉を打ち切られた。謎である。私の弟は世界一なのだから当然ではないか。


 あるいは野球の話で盛り上がれなかったのが原因かも知れない。私は東京出身なので、応援するなら巨人であった。そもそも私は野球に大した関心も無い。


 結局、私は弟ばなれが出来できなかったのだ。いずれ弟が成人して、私から離れていくのは分かっている。だからこそ、今だけは弟と一緒に居たかった。なるほど、こんな事では婚活が上手く行かないのも当然だろう。


 当時は婚活の敗因が分からず、何が悪かったのかと自問じもんしていた。弟によれば、「姉ちゃんの頭が悪かった」という事らしい。言いながら弟は何処どこか、ホッと安心した表情だった。


 弟から馬鹿にされるやら、か安心されるやらで私は婚活から一旦いったん、手を引いた。弟が中学を卒業するまでには、まだ三年の猶予ゆうよがある。私は現実げんじつ逃避とうひねて、アプリでう同性の友達を探し始めた。


 ややあって、『花子はなこさん』というハンドルネームの女性と、ネットを通して私は意気投合いきとうごうした。アニメやゲームの話、お互いに同性が恋愛対象だという話をて。私と花子さんは直接、会う事となった。時期は二〇二〇年の後半である。




「若いわぁ……犯罪的な若さだわ」


 初対面で、そう言われた私は何だか面白くて、花子さんの容姿ようしを見つめながら目を細めた。年齢は私より十才、上だ。東京の言葉で話していて、それが私にはなつかしくひびいた。いた服装で、大人おとなびている。メガネが似合にあう、知的な女性だった。


「広島弁じゃないんですね、花子さん。ああ、本名は別でしたっけ」


「うん、広島にしたのは最近だから。いいわよ、花子さんって呼び名で。私、本名が好きじゃないから」


 声がいい。ずーっとき続けていたいと思った。私は嫌われるんじゃないかと思って、つい東京の言葉で話していた。広島弁は他県の人間に、きつく聞こえやすいのである。


 ファミレスで親睦しんぼくを深めて、その後も私達は、何度も会うようになった。少しずつ、互いの家庭環境に付いても話していって、花子さんが東京の両親と不仲だという事も知った。


今時いまどき、東京じゃ同性愛者なんか珍しくもないのにね。私の両親は、実の娘が事を認めたくないみたい。他にも人間関係で上手く行かなくてね。で、こっちで働く事にしたの」


 花子さんは詳細しょうさいを語らなかったが、上手く行かなかった人間関係というのは、恋愛方面だったらしい。彼女は彼女で、新しい恋を求めていたのだった。


 私も少しずつ、亡くなった両親の事や、一緒に住んでいる弟の事を花子さんに話した。将来の不安から、婚活に挑戦して敗北した失敗談しっぱいだんもだ。花子さんは親身しんみに聴いてくれた。


「私は、貴女あなたが婚活に失敗してくれて嬉しいな。婚活に成功してたら、今、こうやって出会えてないだろうし」


「不純な動機ですよねぇ、弟の学費の事しか考えてないんですから。今は仲良く話せる人がしいです」


「いくらでも話なら付き合えるけど、私でいいの? 十才、上よ。貴女には年寄りすぎない?」


「花子さんがいいんです。年齢だって、その……」


 これを言っていいのか迷ったが、私は続けてげた。


「……私の、お母さんに近くて。事故で亡くなった時の年齢が、ちょうど、花子さんくらいだったから」


 花子さんを初めて見た時、雰囲気が、母親に似たものを感じた。そう自覚した時、私は彼女と長く一緒に居たくなっていた。これも不純な動機というものだろうか。


 急に目の前で、花子さんが泣きだす。くもったメガネを彼女がはずす。傷つけたのかと思って私があわてていると、正面からきすくめられた。


「いいのよ……いいのよ。『お母さん』でも『ママ』でも、『花子さん』でも、好きなように私の事を呼んでね……」


 泣きながら彼女が言う。私は失敗した婚活を思い出して、私のために泣いてくれた男性は一人ひとりも居なかったなぁと考えていた。

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