第四章

第23話 今日、この世界が終わる


 ――〈シラユキ視点〉――



 とうとう計画を実行に移す日が来てしまった。

 もう少し、皆と楽しく暮らせると思っていたのだけれど仕方がない。


 毒林檎ともいうべき、命令が届いてしまった。

 【七姫セブンス】達とも、これでお別れだ。


「『ラプンツェル』――付き合わせて悪かったね」


 ボクの台詞セリフに、


「なぁに……構わんよ」


 と『ラプンツェル』。もともと、ここに塔を建てたのは彼女の発案だ。

 見方によっては、彼女もボクを利用したと言える。


 簡単に言えば――互いの利害が一致した――というヤツだろう。

 ボクの元となった本体オリジナルも、この地にこだわっていた。


 そのため『シンデレラ』に頼み、詳しく調査してもらったのだ。

 どうやら、この地は始まりの場所の一つらしい。


 【魔王災害】と呼ばれているが【異界】からなんらかの接触があったようだ。

 『天使』や『宇宙人』が現れた――そんな眉唾物まゆつばものの情報が出来た。


 本体オリジナルも、そこには興味がないようだ。

 【異界】と呼ばれる場所とつながる事で得られる能力である【魔術】。


 また、その知識の方が重要らしい。ボクの大好きな黒髪の少女『カグヤ』の言葉を使えば『呪い』でしかないソレを――今も多くの人々は求めている。


 互いに切磋琢磨し、時に争い、時に助け合う事で――人はいずれ、その場所へと辿たどり着くだろう。


 しかし、人間という生き物は楽をしたいようだ。

 簡単にソレを求めてしまう。


 結果、多くの血が流れ、なにも知らない人々が犠牲になった。

 上に立つ人間にとっては、その出来事は数字でしかないらしい。


 【異界】と関わった事で、精神が汚染されてしまったのだろうか?

 いずれにしろ、鳥籠とりかごの中に居るボクでは確かめようがない。


 本体オリジナルから受けた命令は、とある施設に潜入し、情報を集めること。

 丁度、ボク達のような存在を施設に集め、戦争を始めようとしていた連中がいた。


 思いのほか、潜入自体は楽だったと言える。

 それよりも苦しかったのは、人の不幸を見て、見ない振りをする事だ。


 集めた子供達を動物のようにあつかい、実験を繰り返す大人達。

 それが人間だったのか、日本人だったのか、それすらもあやしい。


 人間が異形の姿へと変貌へんぼうする、この【魔境】では、人間の姿をしている者達こそ『化け物』だったのかも知れない。


 もしかすると【異界】から来た連中が人の姿をしていた可能性だってある。

 今となっては、それを確かめるすべはない。


 ただ、ボク自身も我慢の限界にきていたので『オヤユビ』の暴走は助かった。

 また人間らしい感情がボク自身にあった事にもおどろく。


 けれど、ボクのような不完全な存在を家族だと言ってくれた『カグヤ』の存在こそ、ボクにとっては一番のおどろきだ。


 妹がいた――と言っていたので、ボクを重ねているのだろうか?

 いや、彼女は子供を身籠みごもっていた。


 一人では絶対に育てられない事を知っていたから、ボクを巻き込んだのだろうか?

 いや、それだけで【七姫セブンス】が動くはずはない。


 あれだけくせの強い連中を一つにまとめるなんて、それこそが【魔法】だ。

 きっと、彼女を変えた存在がいるのだろう。


 彼女との出会いがボク達を変えてくれたように――


「準備は出来たけれど、本当に実行するのかい?」


 ワタシは構わないが――と『ラプンツェル』。相変わらず、素直ではない。


「それは実験が失敗するという事?」


 ボクの質問に、


「実験に失敗も成功もない。あるのは結果だけださ」


 まで、彼女は――実験が出来ればいい――そんな姿勢スタンスを崩さないようだ。


「キミのように強くなるには、どうすればいいのかな?」


 ボクは質問する。複製品コピーであるボクは本体オリジナルに逆らう事は出来ない。

 『ラプンツェル』は――くだらない事を聞くなよ――という態度で肩をすくめた。


 けれど、質問には答えてくれるようだ。そういう性分なのだろう。


「仲間を信じる事だ」


 と彼女らしくない発言にボクは目を丸くする。すると『ラプンツェル』は――その顔を見たかった――と言うように腹を抱えて笑った。


 ボクが知っている彼女は、そのような人物ではなかったはずだ。

 研究にしか興味のない、そんな人間だった。


「あの日、ワタシ達はお互いに『名付け』をしたじゃないか……」


 この場所に塔を造ると決めた日、お互いがお互いを監視するためにボク達は『名付け』を行った。それぞれが御伽噺おとぎばなしのお姫様の名前をかんしている。


 ――彼女が『カグヤ』に決めたのは人魚姫に配慮してだろうか?


 どちらも、想い人とは結ばれない物語だったはずだ。

 そこに大した意味はないと思っていたけれど――


「綺麗な貴女あなたは白雪姫がいいわね」


 『カグヤ』にそう言われた事が『シラユキ』となった切っ掛けだったのを思い出す。因みに『ラプンツェル』は『塔を建てる』と言い出したのが彼女だからだ。


「『カグヤ』はあの性格だから、本心は言わないだろうね」


 お互いがお互いを守るための『名付け』さ――と言って『ラプンツェル』は立ち上がる。何処どこかへ行くのだろうか?


「あのが戻って来ているみたいだからね……」


 ちょっと様子を見て来るよ――そう言って部屋から出て行った。

 アリスの事が気になるのだろう。どうやら、彼女は信じているようだ。


 恐らく、ボクが裏切ったとしても、『ラプンツェル』の実験が完璧だとしても――

 『カグヤ』なら、それを打ち砕くと思っているらしい。


「『ラプンツェル』――やはり、君は強いよ……」


 仲間を信じる心を持っている――と誰も居なくなった部屋でボクはつぶやく。


(性格はひねくれているけどね……)


 今日、この世界が終わる――今夜が満月である事と、彼女が『カグヤ』を名乗った事がまるで運命のようにさえ思えてくる。


 正確には――世界の在り方が変わる――というべきだろう。

 ボクの【魔術】は『物質をかたくする』という程度のモノだけれど、


すごいわ! 貴女あなたの【魔術ちから】はきっと、皆を守るためにあるのよ」


 そんな事を言って、ボクの手を取ってくれた『カグヤ』を、ボクは裏切らなければならない。


「出来る事なら、キミを月に返してあげたかった……」


 そうつぶやいたボクの頬を涙が伝った。

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