第3話 つまり、兄さんは足手纏いね


「隊長っ! 奴が噂の『亡霊ファントム』では……」


 部下の一人が声を上げる。


なに……奴が不死身の?」


 ただの噂ではなかったのか⁉――隊長と呼ばれた青年はおどろいた様子だ。だが、


「ならば……我々はツイているぞ!」


 と声を上げた。


「私がコイツを始末すれば『箔が付く』というモノだ!」


 どうやら、敵の指揮官である隊長殿は思考が『お花畑』らしい。


(俺は倒せないから『亡霊ファントム』と呼ばれているのだが……)


 その名が広まったのはここ最近だ。

 情報が少なく、うわさ程度の存在で伝わっているのだろう。


 姿は見えているのに――倒す事も触れる事も出来ない――不気味な存在だ。


(まぁ、やっている事は基本、盗みとおとりなんだが……)


 それを態々わざわざ、教えてやる必要はないだろう。

 隊長は口元に不敵な笑みをこぼすと特殊な形状の銃を取り出した。


(いや、観賞用の装飾銃か……)


 問題は弾の方にあるようだ。嫌な感じがする。

 俺は左腕を光の粒子へと変え、腕を消す。


 正確には――こちらの世界では消えたように見える――というだけで、実際に消えた訳ではない。同時に隊長の背後へと出現させる。


 それに気が付いていない隊長は、


「これには――新たに開発した対【魔術師】用の弾丸……」


 『魔力喰ブレイクエンド』が込められている――と説明までしてくれた。

 俺は左手で、その拳銃に触れると再び、光の粒子へと変える。


 今度は拳銃も一緒だ。隊長は更に得意気に、


「まさか早速、実戦で試す事が出来るとはな……」


 アハハッ!――そう言って高笑いをする。

 すでに『その拳銃がこちらの手にある』というのに、暢気のんきなモノだ。


「へぇ、これが……」


 俺は戻した左腕に握られた銃を確認すると、弾丸を取り出した。

 弾丸の先端には赤い魔石がめ込まれている。


 嫌な感じの原因はやはり、これのようだ。


(新型の兵器を持っている――といううわさは本当だったらしい……)


 ――だが、本当にコイツらが開発したのだろうか?


 いや、誰かが兵器を流しているはずだ。

 ほぼ無尽蔵むじんぞうに生産できる複製体クローンは実験に持って来いなのだろう。


 更にコイツらの脳は『上書きオーバーライト』や『強化学習ラーニング』が可能だ。


(俺達【魔術師】と似たようなモノか……)


 少し哀れに思えてきた。

 だが、気付かない事こそ彼らにとっての『幸せ』なのだろう。


 一方――へっ?――と間抜けな声を上げる隊長。

 なにが起こったのか理解できていないようだ。


 対【魔術師】戦の基本は【魔術師】の視界に入らない事だ。

 視界に入った時点で【魔術】の対象となってしまう。


 普通は『狙撃手スナイパー』などをひかえさせておくモノだが、この新兵器に余程の自信があったのかも知れない。


(俺の目の前で手の内はさらすとは――救いようがないな……)


 いや、そういう風に思考するよう脳をいじられているのかも知れない。

 だとすれば、本気で可哀想になってきた。


 助ける理由にはならないが、殺す価値も見出せない。

 それに間抜けな敵は有難ありがたい存在だ。


 ――生かして返すべきだろうか?


 俺は手に入れた銃を光の粒子に変えると『魔導書グリモア』へ収納した。

 だが、コイツらを生かしておいたとしても、別の誰かを殺すだけだろう。


 ――やはり、殺すべきだ。


 ただし、今の俺に出来るのは、コイツらの注意を引き付けておく事ぐらいだ。

 モモやキャベツが分断したもう一方を倒して、助けに来てくれる。


 一人で無茶をするより、それを待った方が早いだろう。


(さて、いつもの通り同士討ちをさせるか……)


 俺は低く身構える。

 すると、ほぼ同時に――ドカンッ!――と大きな音が響く。


「うおおおぉーっ!」


 壁をち壊し、瓦礫がれき粉砕ふんさいしながらキャベツが現れた。

 その腕には、かろうじて原型をとどめている敵の姿ある。


 どうやら、敵をつかんだまま、壁に突進したらしい。

 相変わらずの怪力に脱帽する。


(後は任せて良さそうだ……)


「ようっ! 終わったのか?」


 そんな俺の問いに対し、


「見ての通りだ!」


 と挽肉ミンチになった敵を放り投げる。

 突如、壁を壊して現れた巨漢の存在と放り投げられた仲間の死体。


 敵の多くは戦意を喪失する。


「こ、今度は何事なにごとだ!」


 敵の隊長が粉塵ふんじんに巻き込まれ、コホコホッと咳込せきこむ中、


「隊長、お逃げください!」


 と部下が彼を下がらせる。冷静な部下も居たようだ。

 一方、キャベツは周囲を見渡すと、


「こっちはまだ、終わっていないようだな」


 フンスッ!――と息をく。

 だらしがないぞ!――とでも言いたいようだ。


 そんなキャベツの台詞セリフに、


「無茶を言うな! 武装がないんだぞ……」


 と俺は返す。キャベツの場合、元々の身体能力に加えて【魔術式ガジェット】を使っている。

 【魔術師】が『名付け』をした場合、【魔術】の一部を使用できるようになる。


 しかし、だからといって、通常は素手で強化された人間の身体をひねつぶしたりは出来ない。モモといい、キャベツといい、特殊な存在のようだ。


 俺を同類みたく考えるのは止めて欲しい。

 それに、これからの事を考えるのであれば【魔力】は温存したかった。


 そのためにヒジキに案内ナビを頼み、モモとキャベツに護衛として付いてきてもらっている。


「つまり、兄さんは足手纏あしでまといね」


 キャベツを盾代わりに使ったのだろう。

 彼の背後に隠れるように気配を消していたモモが姿を現す。


 相変わらず、不愛想に加えて言い方もキツイ。


(顔はいいのだから、もう少し愛想を良くすれば……)


 視線を向けると、彼女の手には人間の生首がある。

 ぎたて新鮮フレッシュ、ポタポタと血がしたたり落ちていた。


(どうやら、もっと根本的な所を改善する必要がありそうだ……)


 愛想を良くしても、これでは猟奇ホラーでしかない。

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