片想いの幼馴染に告白したら恋人になれたけど、彼女は恋愛感情が薄いので色々困る

久野真一

第1話 片想いの幼馴染に告白したら恋人になれたけど、彼女は恋愛感情が薄い

「のんちゃんのこと大好き。恋人になって欲しい」


 空から太陽に照り付けられて、熱したフライパンみたいになった屋上。

 そんな中で僕は、バクバクする心臓を必死で抑えてなんとか言葉を絞り出した。

 

 あ、ちなみに今は我が洛城高等学校らくじょうこうとうがっこうの昼休み。

 鍵を借りないと入れない屋上は僕と、のんちゃんこと八島希やつしまのぞみの二人っきりだ。


(暑いし、ドキドキするし、色々な意味で死にそう……)


 なんで僕はこんな暑い日-最高気温は30度-に告白しようなんて思ったのか。

 そんなどうでもいい現実逃避をしながら、向き合った彼女の様子を伺う。

 失望されてるだろうか。困されているだろうか。

 やたら悪いことばかり考えてしまうけど、顔を上げたのんちゃんは笑顔だった。

 まるで僕にお菓子おごってもらって「わーい」となっているみたいな。


「いいよー、ゆうちゃん。じゃあ、恋人になろっか」


 そんな、僕が大好きないつもの笑顔のまま、解き放たれた言葉。

 ううん?妙な違和感が身体中を駆け巡る。

 なんていうか、あまりにもいつも通りなのだ。

 照れて居たり不安そうだったり、そういう時の仕草がまったくない。

 前にちょっとしたお世辞を言ってみたとき以下の照れ具合だ。

 いや、我ながらどれだけのんちゃんのこと好きなんだってことなんだけど。


「うーんと。ありがとう。それで……」


 いい言葉が見つからない。OKしてくれたから喜べばいいはずなのに。

 長年の付き合い故か違和感が先に来てしまう。

 そんな戸惑いを見て取ったんだろうか。


「ごめん。たぶんだけど、あっさり過ぎて困ってるよね」


 ああ、もう。付き合いが長いとこういうとこ読まれるのが困る。

 迷惑をかけてしまった時のような少し申し訳なさそうな元気のない顔。


「ああ。その……のんちゃんが凄くいつも通りだから」


 なら、隠しても仕方がない。


「だよね。ゆうちゃんだから打ち明けることだけど。誰にも言わないでね?」

「……わかった。約束する」


 深呼吸しながらだから、よほど重大な秘密なんだろう。

 固唾をのんで彼女の言葉を待つ。


「ごめんね。私、昔から恋愛感情があんまりないんだ」

「あんまり……ない?」


 その一言で、今まで時々のんちゃんに感じてた違和感の正体がわかった。

 同じグループの女子が恋バナで盛り上がっていても、「そういうのいいよね」

 とかあっさりだったり。他の男子に告白された時も冷静そのものだった。


「ああ。なんとなくわかった気がする」

「一言でわかられちゃうのも少し複雑なんだけど」

「だって前から恋愛話にあんまり興味なさそうだったでしょ?」


 時々変に思うことはあったけど、わざわざ言うことでもないと思っていた。


「いいけどね。私はそれでもちょっぴりは恋愛感情っぽいのがあるんだけど」

「聞きにくいんだけどさ。ということはOKくれたのって……」


 別になんとも思ってないけど、よく知ってるから安心だしとか。

 そんな理由?失礼な想像をしてしまいそうになるけど。


「誤解しないで欲しいんだけど、もちろんゆうちゃんのことは好きだよ」

「う、うん。ありがとう」


 思案しながらの真顔で言われると素に戻ってしまいそうだけど、でも照れる。


「ただね。他の女の子は恋をするとキュンとするとか胸が苦しいみたいな感じになるみたいんだけど。私の場合はじんわり薄く広がる感じ。わかる?」

「少しは。なんかいいな……みたいな淡い感じ?」

「そうそう。さすがゆうちゃん!だから、これからゆうちゃんと付き合っていく中でも、期待に応えられないこともあるかもだけど。言っておかないとと思ったの」


 期待に応えられない。たとえば、手を繋いだりそれ以上のスキンシップ。

 そういうのはちょっと難しいということだろうか?


「言ってくれてありがとう。大丈夫。全部受け入れるよ」


 少しだけ残念だけど、という言葉は飲み込む。

 のんちゃんはきっと気に病んでしまうだろうから。


「ゆうちゃん、ありがと。大好き!」


 気が付いたら手が後ろに回されていた。

 え?え?

 のんちゃんの顔が近づいてきたかと思えば……ちゅ。

 軽い音を立てて僕の唇と彼女の唇がくっついていた。


「あ、あの……」


 あまりに突然過ぎた。

 

「あ。ひょっとしていきなりキスとか唐突過ぎた?」

「あ、いや。嬉しいんだけど、さっき期待に応えられないとか言ってたし……」


 あれはお付き合いは出来ても、ふつーの恋人ができることができない。

 そんな意味だと思ってたのだけど。


「そかそか。ふつーはそう思っちゃうよね?」

「また心読まないで欲しいんだけど」

「文脈読めばそれくらいわかるよ。どれだけの付き合いだと思ってるの?」


 当然のように言うけど、全然当然じゃないからね。


「つまり期待に応えられないっていうのは、逆か」


 恋愛感情が薄いから、スキンシップに抵抗がある。

 じゃなくて、彼女が言ってるのは抵抗がなさ過ぎると。


「そゆこと。普通は、もっと恋するってのは恥ずかしい部分もあって、手を繋ぐとかから始めるんだと思うけど、恋愛感情が薄いから羞恥心も刺激されないのかな?キスの感触、結構いいなとか冷静に観察しちゃってるし」

「だいたいわかった。色々謎が解けたよ。僕と積極的に手を繋ぎたがった理由とか」


 小学校低学年の小さい頃ならいざ知らず。

 中学になっても、割と無邪気に僕と手を繋いでくることが時々あった。

 

「もちろん好きだからっていうのはあるからね?」

「わかってる」

「だから、こんな変な女だけど……改めてよろしくね」

「おっけ。それくらい、どーんと受け入れるさ」


 結局、彼女は彼女。

 確かにちょっと変だけど、そういう面だって見てきた。


「じゃあさ。もう一度キスとかしてみてもいい?」


 ええ。なんかのんちゃんが興味津々という顔なんだけど。

 好奇心で目を輝かせてこんなこと言われるなんて。


「ごめん。僕の方が恥ずかしいから、次のキスは明日にしてもらえると」

「あ。今のゆうちゃんがなんかいい!」

「ちょっと待って。どういう意味?」

「だって……凄く恥ずかしそうにしてくれてるし!」


 こうして、恋愛感情が薄い。しかも、羞恥心も薄めの。

 ちょっと変わった彼女とのお付き合いが始まったのだった。


◇◇◇◇


 その夜。僕はといえば―


「あー。のんちゃんに電話したい!」


 いやだって、恋人になれた初日だし。

 テンションが上がらないわけがない。

 でもなあ。のんちゃんは楽しそうではあったけど。

 今はむしろ好奇心の方が勝ってそうで。いやこれからずっとそうかも。

 電話してもなんか妙なノリになりそう。


 なんて考えつつスマホの通話ボタンを押すのを躊躇してたのだけど。

 ヴー、ヴ―。突然、僕のスマホが振動し始めた。

 表示されたのは「のんちゃん」という文字。

 まさか彼女からかけてくるとは。


「こんばんは、ゆうちゃん。さっきぶり?」

「のんちゃん、なんかいつもより楽しそう?」

「そりゃまあ、ゆうちゃんと恋人になれたわけですし?」

「楽しんでもらえてるなら僕は嬉しいけどね」


 電話の向こうの彼女はさぞかしご満悦だろう。


「なんていうのかな。夕食がカレーライスだった時みたいな気分?」

「お付き合いの喜びがカレーライスと同程度か……」

「ごめん、ごめん。冗談。でも、恋人ってこういう感じなんだねー」

「普段恋バナをスルーしてらっしゃったのんちゃん様としてはどんな気分で?」

「これは確かに惚気たくなるかも?みたいな?」

「その感情を冷静に観察してるのが君らしいね」


 僕はといえば、そんな余裕なんてまったくない。

 好きだ―。のんちゃんが可愛い。キス良かったなあ。

 そんなことばかりが脳裏を駆け巡る。


「ひょっとして拗ねてる?」

「勘のいい女子は嫌いだよ」

「んふふ。でも、良かった。これならうまくやってけそう」

「……やっぱ、少し気にしてたんだ」


 いくらスキンシップとかに抵抗がないとか。

 羞恥心が人より薄めとかあるにしても。

 恋人になった後の色々(特に放課後)はむしろ過剰過ぎたくらいで。

 何かを確認しているようですらあった。


「それはね。ゆうちゃんを悲しませるのはやだし」

「ま、大丈夫。それにだけど……」

「ん?」

「気にしてるほど、恋愛感情がないわけでもないと思うよ」

「そうかな」

「僕に電話かけてきてるし、テンション高いし」

「そっか。なら素直に楽しんでもいいのかも」

「そういうこと。ちなみに、僕が今何を考えてるのかわかる?」


 ちょっと知りたくなった。

 

「んー。私のことで頭がいっぱい、みたいな?」

「……」

「冗談だったんだけど。ひょっとして当たってる?」

「だから、勘のいい女子は嫌いだよ?」

「そっかそっかー。そういうのなんか嬉しい。ちなみに私が考えてることは?」


 のんちゃんが、か。

 屋上の反応でもそうだったけど、テンション高め。

 でも、ちょっと不安そうな感じ。

 こうして色々確認したがるところ。


「ちゃんと恋人やれそう、とか、ゆうちゃんはやっぱり優しいな、とか?」


 後半はあえてちょっと茶化してみたのだけど。


「どっちも当たり。もう、かなり読まれてるなあ」

「二つ目も肯定されると、かなりその、照れるんだけど」

「別に照れなくてもいいのに。優しくしてくれてるのはよくわかってるよ」

「なんかさ。僕は一生君に勝てなさそうだよ」

「何が?」

「そういう素直過ぎるところ」


 あるいは、それは恥ずかしいという感情が薄いからかもしれない。


「ゆうちゃんは逆に恥ずかしがりだよね。でも、そういうのも大好き」

「だからね。そーいうところが……もういいや。僕も大好きだよ」

「照れない照れない。それじゃー、おやすみ!明日からもよろしく!」


 そう言って唐突に電話は切れてしまった。


「でも……のんちゃんは変わらないなあ」


 ああやって茶化したりしながらもちゃんと気遣いがあるところとか。

 あえて、大好き、という言葉をはっきり言ってくれたのも。

 そんな素直さがちょっと内気な僕を救ってくれたこともよくあった。


 しかし、これだと今夜は寝られないかもしれないな。

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