第5話 初陣(※二度目です)

 通路を進むと、一人の男に遭遇した。

 麻の粗末な服を着た、ほつれた赤毛ジンジャーの若い男だった。

 手斧を持っている。

 ノワールの奴隷戦士。この離宮を襲っている賊の一人だった。

 理由は後述するが、闇と光のキセキの世界で敵対する相手とは、その大半が若い男である。こうした、雑兵以下の雑魚に至るまでが。

 個別エンドのある大ボス(メインヒーロー)達ほどの美形ではないが、攻略Wikiでは「リアルに居たら付き合えるライン」と言う下品なコメントが散見された程度には整ったルックスである。

 奴隷戦士がカレンの存在を認めるや、わかりやすく手斧を掲げながら迫ってきた。

 カレンはこれを、静かに注視して迎える。

 “最弱の雑魚敵”とは言っても、それは、これから相対する大物らと比べての相対的な評価である。

 大の男が振り下ろす斧をまともに受けたなら、食器より重い物など持った事のない令嬢の細身など、ひとたまりも無いだろう。

 その、致命的な鉄塊が振り下ろされーーカレンはこれを小盾で受けると、流れるようにその重打を逸らした。

 斧が令嬢の身体に食い込む抵抗を当て込んでいた奴隷戦士の身体が、大きくつんのめった。

 カレンは遅滞なく、エストックで奴隷戦士の胸を貫いた。肋骨を巧みに避けて、心臓を破った手応えがあった。

 間髪入れず、喉を刺し貫く。

 跳躍し、既に半死の状態でよろめく奴隷戦士の側頭部にローリングソバットを叩き込むと、彼は受け身を取る事もなく倒れ伏した。

 的の大きな急所から、順に破壊して行く。基本的な作法と言えよう。

 そして、この新たな生においても盾弾きパリィの感覚は健在である事を、改めて確かめられた。

 奴隷戦士は、しばらくの間ピクピクとしていたが、間もなく絶命した。

 直後。

 奴隷戦士の遺体から、白金色に輝く、流体でも気体でもない……強いて言えば“微かに質量のある光”のようなものが浮かび、カレンの身体に吸われて行った。

 その光は、しばらくの間、彼女の皮下や血管内で淡い輝きを灯しては消えた。

 殺した奴隷戦士が体内に持っていた全能元素“エーテル”を奪ったのだ。

 数値に換算して55か。奴隷戦士の保有量としては、至極妥当だ。

 この世界において“エーテル”は最重要のものだ。

 理論上、あらゆる物質に変換可能なエネルギーであり、肉体の存在情報を更新する為のエネルギーともなる。

 大聖堂にある然るべき施設で必要量のエーテルを支払う事で、あらゆるものが手に入り、あらゆる肉体強化が可能となる。

 より平たく言えば、お金と経験値を統合した“ポイント”がエーテルなのである。

 

 通路の角を曲がろうとした瞬間ーー大きく湾曲した鎌剣ショーテルを手にした奴隷戦士が飛び出し、斬り付けて来た!

 カレンは反射的に跳び退き、斬首こそ免れたが、首筋を深々と抉り裂かれた。

 夥しい血液が弾け、散水した。頸動脈が両断されるほどの重傷だ。

 奴隷戦士はなおも肉迫し、ショーテルを振り回して来る。

 当然だ。戦士は相手を殺すために戦うものだから、悠長な小手調べなどあろう筈もない。

 このままでは失血死する。

 カレンは、胸から提げたペンダントの、鉱石のようなものを握りしめた。

 接触した掌から、彼女の意識に連動して、石が一度だけ明滅した。

 直後には、ショーテルで破られた首が元通りに治癒していた。

 これなるは“賢者の石”である。

 上空に輝く大エーテルのエネルギーを封入する事により、触れて願うだけで、今のような奇跡がもたらされる。

 主な用途は外傷の治癒だが、一部の高位魔法の触媒としても使われる。

 何度使用しても石そのものは失われないが、燃料とも言えるエネルギーについては、都度補充しなければならない。

 その具体的な方法は、後述。

 今後はエネルギー残量も併記していく事とする。

【賢者の石:2/3】

 とにかく、回復は済んだが賊はまだ生きて、剣呑な凶器を振り回している。

 これも的確にパリィし、賊が体勢を崩した所へ二刺し、一蹴り。淡々と始末した。

 

 喉を引き裂くような、金切り声の悲鳴が迸った。

 若いメイドが奴隷戦士の一人に掴まれた、その瞬間だった。

 彼我の距離は10メートルを超えている。

 男が、逆手に持ったダガーを彼女の頭上に振り上げていた。

 もう、カレンが近付く時間的猶予はない。

 だから彼女は、指輪の煌めく左手を前方にかざした。

 次瞬、細かな水飛沫の足跡を宙に描き、透明な塊が賊の顔面に直撃。四散し、周囲にちょっとした小雨を降らせた。

 賊の身体からは瞬時に力が抜け、メイドから手を離して、前のめりに倒れた。

 犠牲者の首があらぬ方向に曲がっている。

 聖水魔術・水撃ボール。

 これでも最初歩の術だが、油断した成人男性の首を一撃で折る程度の脅威はあった。

 なお、教国の魔術はである。

 無から水を生み出し、武器とする点は、全ての聖水魔術に共通する。

 ただし、生み出した水をどのように使うかと言う様式は、教国内の学派によって全く異なる。

 例えば、今、カレンが撃った水撃ボールは、水を加圧して撃ち出す事で打損を与える、典型的な“ピエトロ派”の様式だ。

 ピエトロ派を極めた者は、莫大な鉄砲水・山津波をも自在とすると言う。

 他にも、水質を酸などに変える“パウエル派”や、冷気と氷を使う“フィリップ派”など「水を武器とする」と言う解釈は、権威の数だけ枝分かれをして来た歴史があった。

 それはさておき。

「ぁ……ぁぁぁ……」

 未だ恐怖から立ち直れないメイドが、腰砕けになっておののいていた。

「お逃げなさい」

 カレンが冷然と告げる。

「私はアルジャーノン・クレイ大司教の娘、カレン・クレイ。本堂に避難し、この事を伝達なさい」

 殊更、自分の名を吹き込んだ上でメイドに退避を命じる。カレンが通った道を逆走し、南口から脱出して貰えれば、メイドは生還出来る。

 一度、この世界の結末を見ているカレンは、それをあらかじめ知っている。

 

 ここまでは危なげなく進めた。

 メイドを逃がしてから程なくして、何もない宙空にある“裂け目”を見付けた。

 奥行きが無いにも関わらず、確かな綻びがある。

 そして、白金色をした、あの大エーテルの光が少しずつ漏れ出しては消えていた。

 パワースポットと呼ばれる、聖女にとってはいわば“中継点チェックポイント”である。

 カレンが裂け目に手を入れると、漏れ出す光がにわかに量を増して、周囲をますます強く照らした。

 カレンは、聖女の能力をもってパワースポットを制圧したのである。

 ここは次元の位相がズレており、他者から認知されなくなるので、安全に休憩が出来る。

 時折、敵である奴隷戦士が側を素通りしていくのが何とも落ち着かないが、これ以上の待遇を望むのは過ぎたる贅沢と言うものだ。

 裂け目から漏れ出したそれを、賢者の石に補充するのもここで行える。

 また、制圧したパワースポット間での転移も可能であり、例えそれが敵地の只中であっても、ひと飛びで復帰する事が可能となっている。

 このパワースポットの生じている場所と言うのは、多くが重要な事物の近辺である事も意味している。

 例えば。

 強大なノワールの民……分かりやすく言えば“ボス”と呼ばれるものが近くに居る、など。

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