第10話 FILE01 女学園バラバラ死体事件-2

 まだ登校してくる生徒の多い中、校門に黒塗りの車が横付けされた。

 そこに乗り込むミカに、羨望の眼差しとため息が漏れる。

 こうしてみると、その美しさは実に絵になる光景だ。


 しかし、ミカに続いて俺が乗り込むと、空気が露骨に刺々しいものへと変わった。

 こうならないよう、せっかく二人の登校時間をずらしたのに台無しだ。


「なんでアイツまで一緒に乗るんだ?」

「くそう……俺もミカさんとご一緒したい」

「なんかの容疑者なんじゃね?」


 好き勝手言われ放題である。


「ちょっと、日頃の行いを改めた方がいいんじゃない?

 相棒として恥ずかしいわ」


 静かに走り出した車の中でそう言うミカは、さして気にした風でもない。

 本心では、恥ずかしいなどと思ってはいないのだろう。


「言いたいヤツには言わせておけばいい」


「強がりでそう言っているなら鼻で笑うところだけど、あなたにはそれを言う強さがあるものね」


 有象無象のヤジよりも、俺のことを信用してくれているということか。


 周囲のイメージほど天才ではない彼女だが、物事への評価を自分で行えるのは一つの才能だと思う。


 …………

 ……


 車が到着したのは、警察署だった。

 ほんとに俺ってなんかの容疑者なのか?

 んなわけないな。


「署長を呼んでください」


 ミカは病弱設定のまま、静かに受付の婦警へ話しかける。


「どうしたのお嬢さん。署長にいきなり会えたりはしないんですよ」


 婦警さんはこういったことにはなれてますから、といった雰囲気でミカをいなそうとする。


「存じています。行きましょう、愁人」


 一方のミカも同様だ。

 婦警を無視して、奥へと進んでいく。


「ちょ、ちょっと待って!」


 慌てた婦警さんが追って来るが、ミカは小さくため息をついてスマホを取り出した。

 ワンコールも待たずにつながった相手に向かって、静かに言う。


「部下の教育はしておいてください、とお願いしたはずですが」


 そうとだけ伝えると、ミカは婦警にスマホ差し出した。


「いったい何……え? 署長? は、はい。承知しました……」


 相手は署長なのだろう。

 通話を終えた婦警は、訝しげな顔で俺たちを見送るのだった。


「私もこの仕事を始めて間がないから、顔パスとはいかないのよね。

 と言っても、顔が割れるのも問題ではあるんだけど。

 そのために、目立たないよう受付には話を通しておくよう上から通達されてるはずなんだけど……」


 署長室へ向かう途中、彼女はいつもの調子へと戻っていった。

 学校モードから仕事モードへ切り替えたのだろう。


 署長室はちょっとした会議室ほどの広さがあった。

 その机には、殺人事件と思われる資料が広げられ、正面の大きなモニターにも、情報が映し出されている。


「受付では申し訳ありませんでした。事情を説明していた担当者が、たまたまトイレに行っていたようでして……」


 恐縮しきりの署長であるが、 内心「なぜこんな小娘に……」と考えている。

 そのことに、ミカは気づいていないようだ。

 まあ、署長の気持ちもわかる。


「いいわ。事件の概要を説明してください」


 ミカに促され、署長が資料を指しながら説明を始める。


 そういえば、署長室には俺たちの他には彼しかいない。

 そのレベルの機密ということだ。


「これが現場写真です」


「うわ……」


 ミカが眉をひそめるのも無理はない。

 署長が指した写真には、五体がバラバラになった女性の死体が写っていた。

 かなり丁寧にばらばらにされている。

 両足と左腕は肉が剥がされ、骨がばらばらに折られている。


「被害者の名前は、柳優南(やなぎ ゆうな)。

 犯行時刻は、昨日の夕方16時~18時頃。

 今日になって、捜査中に関係者の記憶が消え始めていることが発覚した。

 そこで規則に則って、『組織』に連絡したと言うわけです。

 それでは、私はこれで。

 誰も入って来ないようにしてありますので、気のすむまでお使いください」


 署長はそう言うと、部屋を出て行った。


「彼らの殺しは、記憶がなくなるという特性上、雑で感情的なものが多いけれど、ここまで猟奇的な現場は初めて見たわ。

 きっと、強い恨みを持つ者の犯行ね」


「いや、違うな」


 ミカの分析に、俺は異を唱えた。


「どういうこと?」


 自分の予想を否定されて不快に感じるだろうが、時間との勝負だ。

 余計な気遣いはせず、ざくざく行かせてもらう。


「猟奇殺人のように見せかけているが、何かを探ろうとしている。

 強盗が家中の引き出しを開けていくように、人間の体を解体している」


「なんでそんなことがわかるの?」


「死体の配置だよ。

 無造作にばらまかれてるように見えて、脚から順番に丁寧に解体されてる。

 そこまでなら、几帳面な猟奇殺人者ということもあるが、右腕だけ肉が剥がされていない。

 左腕の途中で解体作業が終わっている」


「左腕の前骨あたりね」


「そう。おそらくこの犯人は、左腕で目的のモノを見つけたんだ」


「すご……この資料を見ただけでそこまで……。

 でも左腕にいったい何があったの?」


 自分の考えをすぐに改められるのは、彼女の美徳だな。


「それはこれから調べよう」


「骨に宝石でも埋め込まれてたのかしら」


「プランダラーは人間と同じように、金目的で殺すことも多いという話だな」


「そう。怨恨と並んで、かなりの割合を占めるらしいの。

 彼らは人間と精神的に融合しているせいか、人間の欲望をより強く持っているから」


「彼らも、どうせなら良い暮らしをしたいってわけか」


「そういうことね」


 人間や魔族相手の理屈が通じるということだ。

 人間と精神構造の異なる神族を相手にしたときと比べれば、やりやすいというものだ。


「それからもう一つ気付いたことがある。

 調べさせておいてくれないか?

 平行作業で『時短』したい」


「いいけど、まだなにかあるの?」


「この死体、左腕に新しい手術跡がある。上手く隠してあって、犯人は気づかなかったようだな」


「ほんとだ……」


 写真をかなり拡大しても微かに見える程度、上手く隠してある。


「事件に関係あるかはわからないが、担当医を見つけて、話を聞いておいてくれ」


「わかったわ。手配しておく」


 ルカは「ほんとよく気付くわね」と感心しながら、スマホを操作するのだった。

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