第16話

 頼んだスタミナ定食が勇樹の目の前に並ぶ。

 白ご飯に味噌汁、キャベツの千切りにプチトマト。

 そしてメインは豚のしょうが焼きと唐揚げにローストビーフ、牛豚鳥をとにかく並べた馬鹿みたいな皿だった。


「相変わらず、バーで出すようなメニューじゃなくてホッとしてるよ、俺は。ホントさ、大学前とかに移転した方が良くない、この店?」


「特別に出してるのに、何その皮肉。ガタガタ言うなら、下げるわよ」


 想像以上のスタミナぶりに勇樹は箸をつけるか躊躇っていると、勇樹の評価を不服に思ったマスターが用意した皿を持ち上げようとする。


「わーわー、待って待って。褒めてんだって、マスター。ここのメニューはそこらの定食屋顔負けの逸品だって事だって、なぁ、風美?」


 焦った勇樹は慌てて風美に助け舟を求めるが、風美は何とも言えないといった表情をしていた。


「何か言ってくれよ、風美」


「いやだって、勇樹の褒め方が下手くそ過ぎてさ。そこのフォローが何にも思いつかない」


「わかった、フォローはもう良いから無闇に傷つけるような事言わないでくれ」


 苦笑いを浮かべて返す勇樹に、風美は、はーい、とだけ返して笑っていた。


 それからどうにかこうにかマスターを説得して、作って貰ったスタミナ定食を食べる勇樹。

 三十を過ぎると肉がキツくなるとよく聞くが、三十路手前の勇樹はガツガツと肉を平らげていく。

 美味い肉と美味いビールの組み合わせは最高だ、なんて大袈裟にリアクションを取って見せたのは食べてる様子を風美とマスターにただ見られてる恥ずかしさから来るものだった。


 食事と酒が進み暫く経つと、バー入り口に吊り下げられた鐘が揺れて音を鳴らす。

 開いたドアから見えたのは、太輝の姿だった。


「悪ぃ、遅くなったな」


「珍しいな、いつもなら太輝が一番早く店にいるのに」


「今日は非番じゃないからな」


「お疲れ様、太輝君」


「お疲れ様、風美ちゃん」


 勇樹と風美に軽く挨拶をすると、太輝はいつも座るカウンターの席に座る。

 勇樹も風美もそれを知っていて席を空けて置いた。

 マスターに、コーヒーを一つと頼む。

 昼間は喫茶店として経営してるので、豆の種類は豊富にあるがそれを細かく指定しなくても、太輝の好みのコーヒーが用意される。


「快気祝いってのに悪いな、まだ仕事中なんだ」


「なんだよ、忙しいな。また大きな事件でもあったのか? ニュースには出てなかったけど?」


 勇樹は店内の隅に置かれているTVを指差す。

 喫茶店からバーへの切り替え時間を挟んでいたので、マスターが休憩時に見る用にTVは無音のまま点けっぱなしになっていた。

 いつもなら夜深くなってから通信番組が映っているのだが、今はローカルニュース番組が流れている。

 伝えられるニュースは、地域住民でもなかなか知らない市の隅っこで行われてそうな祭りの話だった。


「まぁニュースには出ないだろうな、公に出来ない事件だからな」


「それって……」


「そう、お前が刺された事件の話。まだ決まってないんだよ、あの少年の処遇ってやつがさ」


 太輝がそれを口にすると、風美は緊張するように動きを止めた。

 持っていたビールの入ったグラスをカウンターの上に静かに置く。


「ちょっと待てよ、あれからどれだけ経ってると思ってるんだ。数ヶ月間、放ったらかしたってのかよ?」


「放ったらかしたんじゃないよ。保留にさせてもらってたんだよ、風美ちゃんのとこの上の方にも話を通してさ」


「元、ね」


 ヒーロー業を引退した旨を訂正する風美、そうだなと返す太輝。


「保留にさせてもらったってどういう事だよ?」


「被害者はお前なんだ。公に出来るとか出来ないとかそんな事よりもさ、お前とあの少年の話なんだろ? 決めるのは勇樹、お前であるべきだ」


「法治国家の公務員の発言じゃないぜ、まったく。そんな私刑みたいな話、どうやって通したんだよ?」


 とっくに終わった話だと思っていた事がまだ続いているのだと寝耳に水な事態に、勇樹は太輝に食ってかかる。

 そんなことで太輝が立場を危うくしたとしたら申し訳ないで済まない。

 風美も太輝も自分のせいでなりたかったものから離れることになるのだとしたら、勇樹は自分の事を一生責め続けるだろう。


「そこがまぁ笑える話なんだが、それほど苦労はしなかったんだ。政府の秘密組織様のやり方が強引過ぎたからな。警察の上層部、うちの署だけじゃない場所で御不満は溜まってたってとこだな。被害届けが出ていない、って屁理屈で押し通せたよ」


 太輝が通した屁理屈はつまり、勇樹の両親も勇樹が入院中に被害届けを出さなかったということだ。

 刑事事件にまでしたくなかったのか、政府から隠蔽の圧力がかかっていたのかはわからないが、その事について何一つ勇樹は聞かされていなかった。


「もちろん刑罰についてはこっち側の領分だから任せて欲しいが、罪に問うのか問わないのかは、お前が決めてくれ、勇樹」


 真っ直ぐとした目で太輝にそう言われ、勇樹はたまらずジョッキに入れてもらったビールを飲み干した。

 おかわり、と勇樹が持ち上げた空ジョッキをマスターは受け取るか悩んだが、太輝が頷き了承すると一つ息を吐いてから受け取ることにした。

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