第7話

「ぶっちゃけ、今回の件、注意だけでお咎めは無しだ」


 太輝はため息をつきながらそうぼやいた。

 調書も用意しなくていいので楽は楽であったが、幼馴染がやった行為へのけじめとしては不完全燃焼という気がする。


「風美ちゃんには話すなよ、ってわけにはいかないか。秘密にして後からバレた方が大変だからな。ただ話すタイミングとか、話すテンションは考えろよ」


「わかってるよ、意気揚々に話すわけないだろ、こんな話」


 元カレ元カノ、元恋人、幼馴染。

 言わないことはあれど、秘密にしてることは無い関係。

 それは勇樹と風美、二人だけの関係にだけ成立してる話ではなく、太輝も含めた幼なじみ三人の長年の関係性から培われたルールだった。


「言い方間違えたら風美ちゃんの一言が、お前を暴漢にしてしまったみたいになるからな」


「あのな、反省はしてるけど、暴漢ってのはあんまりじゃないか?」


「じゃあ、お前、夕方のニュース番組で高校生数名を殴り倒した三十手前のフリーターが出てきたらどう思うよ?」


「むしゃくしゃしてやったパターンのやつか、元々ヤンチャしてましたって金髪でガタイのいいヤツが出てくるかな」


「良いイメージは?」


「無い」


 そうだろ、と太輝は勇樹のことを指差す。

 それは見知らぬ誰かへのイメージであって、長年の幼馴染にそこまで酷い感想は抱かないだろう。

 あって幻滅、もしくは心配ぐらいだろう。

 ただ勇樹は幻滅されたくもないし、心配してもらいたくもない。

 勇樹は腕を組んで、うーん、と唸った。


「お前がやっちまったんだから、それについてはお前で答えを見つけろよ。俺が下手に助言してもバレるからな」


 風美はそういうところに妙に鋭い。

 幼馴染のデートプランの手伝いもバレバレだったし、誕生日プレゼント案などももちろんバレる。

 太輝の趣味嗜好を排除した選出をしたところでバレる。

 風美が鋭いのか、勇樹が顔に出るからなのか、若干怪しいところはあるが。


「そういえば、話は戻るんだが。昨日のいじめ現場、いじめられてたヤツはどうしたんだよ?」


「ああ、それは──」


 ──高校生の集団の奥、駐車スペースの塀に殴られ蹴られした学生がもたれ座り込んでいた。

 足跡に汚れた制服、痣が目立つ顔。

 見て見ぬふりをするには到底無理がある様子に勇樹は驚いた。

 そろりそろりと近づく勇樹。

 勇樹が殴り黙らせ地面に伏した高校生達は、それぞれに勇樹の隙を見つけて立ち上り逃げ出していく。

 起き上がらない仲間など投げ出した鞄と同様、お構い無しで捨てていく。

 身バレの警戒無しかよ、と勇樹は思ったが構ってやるつもりはなかった。


 大丈夫か、と声をかけるも座り込む学生はピクリとも動かなかった。

 どれだけの暴行を味わったのだろうか?

 夜目が効きその姿を確認できたとはいえ、怪我の具合の判断までは勇樹にはつかなかった。

 殴打による打撲だって打ち所が悪ければ最悪だ。

 手加減もわからない悪ノリで骨折の恐れもある。

 勇樹はとにかく救急車を呼んでやることにしようと思い、携帯電話を取り出した。

 その時だった。

 携帯電話の画面の光に反応して、学生が立ち上る。

 近くに落ちていた自分の鞄やら飛び出した中身を無言で拾い集めだした。


 もう一度勇樹は、大丈夫か、と問いかけたがやはり返事はなかった。

 一通り自分の物を拾い上げると、学生は足を引きずるように歩き始めた。

 勇樹に向かってではなく、駐車スペースの外へと向かって歩いていく。

 ずーずーっ、と靴が地面の上を滑る音が聞こえる。

 それから数十歩、もう暗闇で顔がハッキリと見えない距離まで行ってから学生は振り返った。

 勇樹のことをじっと睨むように見て、そして、また向き直して歩いていく。

 え?、とだけ勇樹は溢した。


「──助けたのに睨まれただけ? なんだそりゃ」


 太輝にそう言われても、勇樹は首をかしげるしかなかった。

 いじめられていた学生の後を追いかけて、今のは何だ?、と問い詰めるのも空気が読めていないというか恩の押しつけな気もするので止めた。


「いじめ現場を身体張って助けて、結果、警察署で説教食らってる。勇樹、いやあのさ、何やってんだよ、まったくよぉ」


 助けた学生から感謝やら称賛やらを受けていたならお説教でとんとんだよね、という前提で話をしていたので太輝は額に手をやり困惑した。

 この幼馴染は何とも冴えない。

 頑張った結果がついてこない。

 そんな話なら友人としては、ドンマイぐらいの声かけがあったのに、太輝の立場上そう言ってやるわけにもいかない。


「いじめてた奴らもそのいじめられていた子も警察で特定して、フォローはちゃんと入れておく。そのぐらいはしてやれる。心配すんな」


 元々それをお願いに来た節のある勇樹は、やっとその話になったな、と思いながら、頼んだ、と一言返した。

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