あなたと、さしむかいな恋のうた。

「――じゃあ、決まり、

 明日、十時にメロン前で集合な!!」


「あっ、待ってよ、まだ付き合うとも何も!!」


「じゃあなさくら!!」


 行ってしまった、呆然ぼうぜんとその場に立ちつくす、

 胸が高鳴る、メロン前に集合ってことは……。


『……メロン前で彼氏と待ち合わせなの!!』


『めろんって、何?』


『えっ、桜ちゃん、メロン知らないの、雑貨屋さんだよ、

 最近、定番のデートコースがメロン前スタートなんだよ!!』


 クラスのイケてる女の子達が言っていたメロン!?

 やっぱり私をデートに誘ったんだ、ど、どうしたらいいの!!


 その夜は殆ど眠れず、せっかく借りた本も読めずじまいだった、

 明日、はっきり断ろう、お付き合いは出来ないって。



 *******



 ――はああっ、断ると決めたのに、何でおめかししてんのかな?

 あいつに会ってから変だ、ペースを崩されっぱなし。


「よおっ、桜、早いな!!」


「あっ、押山君、おはよう……」


「俺も呼び捨てしてんだから、真司しんじでいいよ」


 何だ、呼び捨てのこと気付いてんじゃん。


「じゃあ、さっそく行こうぜ!!」


「え、ちょっと、メロンはこっちだよ!!」


「その前に、見せたい物があるんだ……」


「……待ってよ、真司くん!!」


 えっ、私に見せたい物って一体何!?

 恋のサプライスでもあるの!!


 女子小学生憧れの店、メロンを通り過ぎ、彼が向かった場所は、

 真っ黒な箱型の外観に、いくつものシャッターが並んだ建物だった。


「……ここは!?」


「俺の親父のガレージだよ」


 背の高い彼でも、苦労しながら重そうにシャッターを開ける、

 暗い室内に光が差し込み、中の様子が見えた。

 作業場のようなスペースの壁には、沢山の本棚、サーフボードが

 整然と並び、中央には銀色のカバーを掛けられた物が置かれていた。

 真司くんの表情から、いつもの笑みが消え去っている。


「――親父の形見なんだ」


 カバーを慎重に剥ぎ取る、その仕草で大切にしている物だと分かった。


「青いHONDA、VT250Fだ」


 ――言葉が出なかった、流れるようなサイドの曲線を見せるバイクが

 まるであるじの帰りを待つ犬が、伏せの姿勢をしているように見えた。

 私はバイクのことはまったく分からない、だけど綺麗だと感じてしまった。


「どうして、私に見せたかったの……」


「これを見せるのは桜、お前が初めてだ、

 俺はこのバイクを修理したいんだ、その手伝いをして欲しい」


「……でも、きれいなバイクなのに、どこが壊れてるの?」


「見た目はピカピカだけど、中身は駄目みたいなんだ、

 バイク屋にも相談したけど、小学生の俺は相手にされなかった、

 こんな三十年前のボロバイク、タダでも引き取らないって言われた」


「……そんな、言い方ってないよ!!」


「俺は何年掛かっても、このバイクを直したいんだ、

 そして親父と同じ景色を見てみたい」


 彼の視線の先には、亡くなった彼のお父さんがバイクと共に、

 海を背景にした写真が飾られていた、横の棚には、

 一冊の本が置かれていた、タイトルから青春小説のようだ、

 後で作家の父に聞いてみよう、きっと思い出のある大切な本だろう、

 私にとっての大切な一冊、かわいそうなキリンを浮かべながら、

 私は忘れないように、しっかりとタイトルを記憶に刻んだ。


「私に出来ることなんて何もないよ」


「桜には、これの読み方を教えて欲しい、お前、本が好きって言ってたから」


 数冊の本を取り出す、全ての表紙にHONDA、VT250Fと書かれている、


「直すための説明書さ、難しい漢字が多すぎて、頭の悪い俺には無理だ、

 でも手先は器用で壊れた家電も直せるんだぜ、俺とお前が組めば何とかなる」


 突然の申し出に驚いたのもあるが、黙ってしまった理由わけは自分の勘違いだ。

 彼から恋の告白を受けたと早合点したたけでなく、今日もデートなんて

 心の中では、どこか期待してしまったんだ。


「……やっぱり、駄目だよな、こんなお願い」


 がっくりと肩を落とす彼を見て、私はあることを思いついた。


「……手伝ってもいいけど、条件があるの」


「条件って? 俺に出来ることなら何でもやるよ!!」


「まず一つ目は雑貨屋メロンで、可愛い小物を買ってくれること、

 そしてもう一つは、このバイクが直ったら何年後でもいいから、

 最初に私を後ろに乗せて欲しいんだ」



 こうして彼と私の秘密の共同作業が始まった。


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