師匠に「ここから出て行くのは私を倒してからにしろ」と言われたけどあなたを愛しているから出て行きたくない ~実は師匠も弟子のことが好きで出て行ってほしくない~

草乃葉オウル@2作品書籍化

第1話 恋に燃える弟子

「ここから出ていくのは私を倒してからにしろ」


 いつか師匠はそう言った。


 3年前、師匠は竜に焼かれた村から俺を助け出してくれた。そして、家族と住む場所を失った俺を引き取り、山奥にある隠れ家で育ててくれた。

 師匠の名はフレア・フルフレイム。世間では『魔術の開祖』と呼ばれている人だ。


 魔術とは、人間の体内を巡る魔力を操り、超自然的な現象を起こす技のこと。師匠がそれを身につけたのはほんの10年前、年齢にして18歳の時だったらしい。


 それ以前の世界に存在したのは、貴族など一部の特権階級の者のみに受け継がれる〈魔導〉と呼ばれる技。こちらは世界に満ちる魔力を操って奇跡を起こす御業みわざだ。


 魔導を持たぬ平民はその圧倒的な力の前にひれ伏し、魔力を持つ強大な獣――魔獣の襲来時などには大金を払って討伐を乞う以外の選択肢はなかった。


 しかし、フレア師匠はそんな世の中をひっくり返してしまった。


 古代の体術を極める修行の中で生まれた魔術は、すべての人間に扱うことができる技だった。もちろん人によって能力差はあるけど、才能に恵まれた人は魔導にも劣らぬ奇跡を起こすことができた。


 そして何より、師匠は魔術をいろんな人に教えた。師匠は天才だった。体術も魔術もさることながら、人に教えるのが妙に上手かった。口下手でぶっきらぼうな性格だから、論理的な説明はあんまりない。ただ、言われた通りに体を動かしているといつの間にか上達しているんだ。


 そして、魔術はどんどん世間に広がっていった。


 これを良く思わないのが魔導の力で人々を支配する貴族たちだ。彼らは権力を振りかざし魔術の拡大に歯止めをかけようとした。しかし、好奇心に突き動かされ熱狂する民衆を止める力など権力にはなかった。なかば押し込まれるような形で禁止令は粉砕され、魔術は広く生活に根付くことになった。


 だが、力というのは間違いを起こす。広まった魔術による理不尽な暴力もまた止めることができないものだった。


 もちろん、力というのは使う人間次第。魔術のおかげで命を救われた人だってたくさんいる。魔導と権力に支配されていた時代と比べて世の中が豊かになっているのは、誰に目にも明らかだった。


 それでも、フレア・フルフレイムという女性は心を痛め、酷く疲れていた。自分の発見をみんなに伝えた結果、良いことも悪いことも起こった。若かりし頃の自分は、ただ良かれと思って魔術を広めた。それが正しいことだったのか、間違ったことだったのか……。


 その答えを見つけることができたのかは……俺も知らない。ただ、フレア・フルフレイムは自ら望んで歴史の表舞台から姿を消した。今となっては弟子も俺1人だけだ。


 なぜ俺を弟子にしてくれたのかはわからない。俺から頼み込んだのかも、師匠から提案したのかも覚えていない。炎の中から救い出された前後の記憶はショックで曖昧になっている。


 だけど、師匠は俺を弟子として扱い、魔術のすべてを教えてくれた。


 世間では師匠がとても厳しい人だと思われているらしいが、そんなことはない。口汚く罵ることはないし、実戦形式の手合わせ以外で暴力を振るうことはない。


 かといって、優しい言葉をかけてくれたり、頭をなでてくれることもない。本当に淡々としていて、感情を失ってしまったんじゃないかと思う時もある。


 だが、実際のところ師匠に感情はある。例えば、ご飯の時に好きな料理があれば少し表情が柔らかくなるし、機嫌が良い時は声が少し高くなり口数も多くなる。


 3年間師匠と2人っきりで暮らした俺には、あの人の細かい感情の動きが手に取るように……とまではいかないが、ある程度把握できる自信がある!


 でも、あの言葉……。


「ここから出ていくのは私を倒してからにしろ」


 これだけはどういう感情で発せられた言葉か、今でもわからない。複雑な想いが渦巻いているように思えて、良い意味なのか、悪い意味なのかも判別できない。普通に考えれば修行の最終目標は師匠を超えることだと受け取れるけど、その後……師匠は俺に出て行ってほしいんだろうか……?


 俺は魔術と魔導の対立とか、それによって引き起こされた事件とか、正直あまり気にしていない。ただ、師匠がそれらの事柄で心を痛めているという事実はとっても大事だ。


 たまに1人で遠くを見つめている師匠を見ることがある。ただ風に揺れている鮮やかな深紅の髪、世界を映し疲れたような淡くて赤い瞳……。何だかその光景が悲しくて、いつも胸を締め付けられる……! 俺はそんな師匠のそばにいたい!


 俺は師匠のことが好きだ!

 たとえ出て行けと言われても出て行きたくない!


 しかし、だからと言って修行の手を抜くことはできない。師匠を超えるという目標は、いつしか自分の中でも大きい存在になっていた。それに師匠だって、俺が明らかに手を抜いていることを知ったら悲しむだろう。俺はもう師匠を悲しませたくないのに、それではいけない……!


 だから、今から始まる手合わせで師匠に勝つ!

 勝ったうえで俺の気持ちを伝える!

 一生そばにいたいと……!


 ここがそのタイミングだ。修行が終わりに近づいていることは薄々感じていた。おそらく、この手合わせが最終試験!

 さあ、どう戦うか……!


 師匠も俺も得意な魔術は炎だ。

 というか……炎しか扱えない。

 魔力にはそれぞれ個性があり、生まれた頃から扱える属性は決まっている。そして、扱える属性は基本的に1つだけだ。炎属性の師匠に魔術を習っても、生まれ持った属性が変わることはない。


 つまり、俺と師匠が同じ属性なのは完全に運命なんだ!


 不思議な縁があるというか、妙な相性の良さというか……お似合いの2人というか……。ま、まあ、そういう話以外にも師弟が同じ属性だと都合が良いことはある。同じ属性ゆえにお互い炎に対する耐性を持っていて、大怪我を気にせず実戦的な修行を行えるとかね……!


 ただ、今のこの状況においては同属性なのが困った問題になっている。俺が師匠よりも強くなったことを証明するには、この手合わせに勝つ必要がある。しかし、お互いに耐性があるということは、炎魔術が勝敗を分ける決め手になりにくいんだ。


 炎に頼れないとなると、魔力を肉体の強化に回して、体術をメインに戦闘を組み立ていくことになる。その場合、攻撃するべき場所は人体の弱点である頭部か胸部になるけど……師匠のうれいを帯びた切れ長の目と通った鼻筋、淡いピンクの唇が美しくて見惚みとれてしまうほど美しい顔を殴るくらいなら自分の顔を殴ろう。


 じゃあ、胸は……もっと触れない!

 もちろん触れてみたいという願望はいつもあるけど、戦いのどさくさに紛れて触ったと思われるくらいなら、堂々と頭を下げて触らせてもらった方がマシだ。もちろん、そんなことをお願いしたことはないが、そっちの方が男らしい!


 しかし、そうなると上半身はほとんど狙うことができない。師匠の胸は大きいし、戦闘中は揺れて動くことも考えられる。すると狙いはどんどん下がっていって下半身を攻撃することになるけど……それは論外だ。


 あれ……?

 俺って師匠のことを攻撃できないんじゃないか!?


 今までの手合わせでは、師匠が俺の攻撃を手足で受け止めるか華麗に回避していた。それが前提の修行だった。しかし、師匠を超えたことを示すなら受け止められたり、回避されたりしてはいけない。でも、俺の攻撃で痛そうな顔をする師匠は見たくない……。笑顔だってそんなに見たことがないのに……!


 そうだ……!

 だからこそ、炎を使うんだ!


 俺のすべてを乗せた炎の勢いで師匠を吹っ飛ばすんだ。炎と炎のぶつかり合いならシンプルな力比べになるし、師匠の体に触れる必要はない。それに同じ炎属性の魔術師だから、熱によるダメージはほぼない。吹っ飛んだ後も師匠なら受け身を取れるだろう。


 それでいて、シンプルな力比べだからこそ勝った方が魔術の力強さに関しては上だと言える。もちろん、師匠の熟練の魔力コントロールや実戦で磨かれた体術には勝てないかもしれない。でも、自分の得意な土俵で勝負を仕掛けるというのも戦いでは大事なこと!

 これで……決まりだ!


「いきますよ、師匠!」


「……こい!」


 まずは魔力を一気に放出!

 揺らめく炎が俺の全身を包み、周囲の空間を焼く!

 ああ……今日は良い火力をしている!

 この炎のすべてを拳の一点に集中させ……解放する!


「いっけええええええええええええ……えっ?」


 俺の叫びと共に放たれた豪炎ごうえんは、同じタイミングで放たれた師匠の炎に飲まれて消えた。そして、その事実を理解する間もなく俺の方が勢いよく吹っ飛ばされ、背後にそびえ立つ岩壁に背中から激突。そのまま壁にめり込んでしまった。


「ぐええっ……!?」


 な、なんだこの威力……!?

 3年間、師匠と共に過ごした日々の中で、こんなに強い炎は一度も見たことがない……。修行の時も、手合わせの時も、師匠の古い知り合いに頼み込まれて向かった魔物討伐の時も、本来の10分の1のパワーも出していなかったということか……!?


 う、自惚れていた……。

 俺は師匠に追いついたと思い込み、ここで勝つことができると勘違いし、1人で勝手に舞い上がっていた……。まだまだ偉大な師匠を超えることなどできないということだ……。


 でも、それはそれで悪くないと思ってしまう自分もいる……。これからもあなたのそばで学ぶことができるのだから……。


 今日は言えなかったけど、好きです、師匠……。

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