義理の“きょうだい”との距離は、壁越し三センチ。

四乃森ゆいな

第一章

プロローグ「義理のきょうだいとのやり取り」

 突然ではあるが、俺には親同士が再婚したことで、“義理のきょうだい”が出来た。


 部屋割りを決める際『じゃあ、面倒見が良いあんたの隣にしちゃおっと!』などと、本人は愚か、隣以前から真隣の部屋を使う俺にも確認を取らずに、自分勝手に決めた母さんと、そして優しそうな見た目をした少し謙虚な義父さんとの4人暮らしが始まり——約3週間。


 戸惑うことも多いが、話し合いを重ね、共有し合い、何とか新生活の第一歩を踏み出していた。


 ……しかし、そんな表面とは打って変わり、俺は少し変わった生活を送っていた。

 というのも……、


亜希あきー。部屋にいるのか?」


 俺の声が玄関を通して、家の中に響き渡る。


『亜希』というのは、親同士が再婚したことで出来た年下の“きょうだい”の名前だ。現在は中学2年生らしい。らしいというのは、あいつが不登校を決め込んでいる故のこと。


 それと、もう1つ理由がある。

 かれこれ一緒に生活をするようになって3週間になるが、その間、俺は亜希の素顔を。“きょうだい”なのに、と思ったこともあったが、義父さんの話を聞いたら何となく、それは本人に無理強いをさせることになるのではと感じ、今はそっと、部屋の外から見守ることに徹している。


 だが、義理とはいえ『兄』となった以上、何か出来ることはないかと、ただひたすら見守るだけに徹しているわけではない。その一環として、声をかけることを始めた。


 どんなに些細なことでもいい。


 どんなにつまらない話でもいい。


“きょうだい”として俺に出来ることをしたいと思った。


 そして──そんな声に反応してくれたかのように、暫くしてから、俺と亜希は密かなやり取りをするようになった。些細なことでもいいと、亜希が返事をしてくれたみたいで。


 俺の中でも、密かな楽しみになっていた。

 それこそが──『交換日記』である。


「…………」


 すると、扉下の隙間から飛び出してきた『何か』に足がぶつかった。


 その『何か』こそが、亜希が用意してくれた交換日記。元々学校で使うはずだったと思われるノートの表紙には、フルネームで『宮代みやしろ亜希』と書かれている。宮代とは、義父さんの名字。珍しいことに、再婚したことで母さんの名字が採用されたのだ。


「……(コンコン)」


「ん、わかった」


 部屋の中から扉を2回叩く音が鳴る。

 今のは『開いて、書いて』というサインだ。今日、学校でどんなことをしたのか、外はどんな様子だったのか。そんな何気ない日常を日記に書いて渡す──そんなやり取りが、俺と亜希の間には必要不可欠な存在となっていた。


 そんな面倒なことをしなくとも、会話をすればいいじゃないか。


 そう思ったって何ら不思議はない。むしろそれが普通の光景だ。たとえ義理のきょうだいでも、同じ人間で、家族なんだから──そんな固定概念が、全ての人間に当てはまるとは限らない。現に俺達がそう。


 亜希は部屋から出てこない。

 ましてや、日記を書いても声を発することもしない。


 だからって俺は無理に部屋から連れ出そうともしたくないし、声を聞かせて欲しいと希望を出すこともない。


 だからこうして、今日も変哲もない会話を繰り返す。


 文字という、自分の気持ちを誤魔化せる道具を使って……。



『今日、家の中歩いた──亜希』


『そっか。どうだった? 歩いてみた感想は。慣れそうか?──亮太』


『まあ。家の中、広すぎだけど──亜希』



 ……それは否めないなぁ。

 母さん、無駄にお金稼いでるから、俺でも母さんの月の収入までは把握しきれない。



『少しずつ慣れたらいいよ。俺に出来ることがあったら、何でも言えよ──亮太』


『ん。ありがと、兄さん──亜希』



 俺は日記に書かれたお礼の言葉に口角を上げる。

 この扉の向こうで、お前はどんな気持ちで書いてるんだろう。

 知りもしない顔と声音を想像しながら、俺はいつも、日記の終わりにこう書き記す。



『明日も、楽しく話そうな──亮太』

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