第25話 失恋

「ひっ!」


 咄嗟にだろう。

 俺が放った拳に対して須藤もまた拳を前に出す。

 俺の方を見て合わせに言ったわけではない。本当に偶然の出来事だ。

 だが、結果として須藤のその拳はカウンターとなり俺の頬を打ち抜いた。


「がはっ」


 勢いよく殴り掛かっていた分、前に出しただけの拳でもダメージがでかい。

 思わずよろめく。

 そして、その隙に魔物は俺の背後に迫っていた。


「オ゛オ゛!」


 背中に岩でも投げつけられたかのような衝撃が俺を襲い、そのまま地面に転がる。


「……ッ!」


 地面に転がる時に頭を打ったのか、視界が揺れる。

 焦点が定まらず、頭をミキサーにかけられているかのような気持ち悪さに動けなくなる。


「は、ははっ! 見たか! 正義は勝つんだよ!」


 須藤の笑い声が聞こえる。

 何とか腕に力を入れて立ち上がろうとする俺を影が覆う。

 必死の思いで顔を上げれば無機質な表情の魔物がいた。


「オ゛オ゛!!」

「がはっ!!」


 魔物に蹴られ、体内の空気が強制的に吐き出される。


「ごほっ! げほっ……」


 暫く転がってから、何とか呼吸を整える。

 だが、上手く呼吸が出来ない。


 これ、もしかして肺にダメージいってるか?


 そんなことを考えていると頭を踏み付けられる。

 踏み付けている相手は当然須藤だった。


「ははっ! なあ、どんな気持ちだ? ボクは最高の気分だよ。元々こうあるべきだったんだ」


 そう言いながら須藤は足を上げ、俺の腹を力いっぱい踏み付ける。


「お゛え゛っ!」

「お前みたいな! 底辺は! そうやって! 地面に這いつくばっていればいいんだ! 雑魚の癖に、星羅といちゃつきやがって!!」


 何度も何度も腹を踏み付けられる。

 手で抑えるが、踏み付けられるたびに激痛が走る。


 やがて、俺の反応も薄くなってきたところで須藤は満足したのか俺から足をどける。


「くっ……」

「ふん。まだ息があるのか。生命力だけはゴキブリ並だな。まあ、いい。後はお前に任せたぞ」


 須藤が魔物に命令を出し、俺から離れようとする。


 ここで須藤を逃すわけにはいかない。

 全身が痛いが、痛みがあるおかげでまだ意識を失わずにすんでいる。

 例え、全身の骨が折れようと須藤だけは……ッ!


「ま……て……」


 須藤の足を掴む。

 俺に気付いた須藤が苛立たし気に俺を睨む。


「しつこいんだよ!」


 そして、俺の手を俺が掴んだ方とは逆の方の足で蹴る。

 その勢いで俺の手が離れる。


 だが、俺は再び須藤の足を掴む。

 今度は引き剥がせないように腕を絡ませ、全身で足にしがみつく。


「こ、こいつ……! 邪魔するなぁ!!」


 須藤が何度も俺の身体を蹴るが、この手は離さない。

 この手だけは離すわけにはいかない。


「こ、この……! おい! てめえもぼさっと見てないで早くこいつを始末しろよ!」


 思い通りにいかないことで頭に血が上ったのだろう。

 須藤は魔物にそう命令を出す。


 そして、魔物はその命令に従いその大きな足で俺を蹴りに来る。

 だが、俺は今須藤の足にしがみついている。

 俺に危害を加えるということは須藤の足を痛めつけるということでもある。


「ちょっ! ま、待て!」


 その事実に須藤も気付いたのだろう。魔物を止めようとするが、もう魔物が止まる気配は無い。

 俺も須藤も、そして涼風さんも巻き込んで蹴り飛ばすつもりだ。


 俺と須藤はいい。

 だけど、涼風さんはダメだ。


 須藤の足を話、魔物の足を抑えにかかる。

 抑えきれるとは思えないが、せめて涼風さんが負傷することが無ければいい。


 その一心だった。


 そして、魔物の足が俺の身体に直撃しようかというその時、奇跡は起きた。


「フリーズ」


 凛とした声が響き、冷気が俺の横を駆け抜ける。

 そして、その冷気によって瞬く間に魔物の身体は凍り付いた。


「本当にバカね。でも、ありがとう」


 そこにいたのは一人の魔法少女。

 須藤に囚われ、気を失っていたはずの涼風星羅が変身した魔法少女スピカだった。


「少し触るわね」


 スピカはそのまま俺の下に近づいてくると、俺の身体に触れて悲痛な表情を浮かべる。


「ごめんなさい。全てを治すことは出来ないかもしれないけど、力は尽くすわ」


 そう言うとスピカの手からひんやりとした空気のようなものが流れ、俺の身体を包み込む。

 その空気は心地よく、少しづつ俺の意識は遠ざかっていく。


 ああ、やばい。

 まだ須藤が残ってんのに、寝るわけには……。


「後は任せて」


 結局押し寄せてくる眠気に負けず、俺は静かに意識を手放した。



***<side 須藤>***



 なにが起きている?


 突然のことだった。

 気付けば魔物は凍り付いていた、ボクの胸の中にいた星羅は姿を消した。代わりにボクの目の前には巷で話題の魔法少女スピカがいる。


「せ、星羅なのかい?」

「ええ」


 ボクの問いかけにスピカが答える。


 そうだったのか。

 星羅はスピカだったのか。

 正直かなり驚いたが、星羅ほどの美少女なら魔法少女であったってなんらおかしくはない。


「そうか、そうだったんだね。な、なら星羅。早くそいつから離れてボクと一緒にいこう」


 星羅に冴無から離れるよう声をかける。

 だが、星羅は悲しそうに首を横に振る。


「須藤君、ごめんなさい。私はあなたを許すことは出来ない」

「な、なんで……」


 違う。

 そんなの星羅じゃない。星羅はいつもボクに微笑みかけてくれる。

 ボクを受け入れてくれる。


 やめろ。見るな。そんな憐れみの目を向けてくるな!


「はは……そっか、そうなんだ。結局、星羅はボクのことが嫌いってわけだ」

「そうね。言いにくいけど、今のあなたは好きにはなれない」

「ふざけるな……ッ! ボクが、このボクがどれだけ君のために頑張ったと思っている! 誰よりも努力した! 誰よりも君を幸せに出来る自信がある! そんなところで転がっている冴えない男よりボクの方がずっとずっと――」

「須藤君」


 溢れる感情に任せ怒鳴るボクに星羅が静かに語り掛ける。


「私ね、人を不当に傷つける人は苦手なの」

「……ッ」


 言葉が詰まる。

 何故だか、中学生の頃のことを思い出した。


「須藤君は、それが分かる人だと思っていたわ」


 ……そうだった。

 星羅とボクの出会いは、ボクが理不尽に傷つけられていたからだった。


「ごめんなさい。もっとあなたに私は向き合うべきだった」

「あ……」


 どうして忘れていたんだろう。

 涼風星羅という少女は、心優しい少女なのだ。

 自分がフッた相手のことさえ心配してしまう。フラれた側より、何故か辛そうな表情を浮かべる。

 そんな愚かとまで言えるほどに人の幸せを願えるのが、彼女のいいところじゃないか。

 そんな彼女の在り方をボクは美しいと思っていたのに――。


「須藤君、これで終わりにしましょう。私はあなたとは付き合わないわ」


 中三の卒業式。

 ボクがフラれたあの日のように、彼女は頭を下げてそう告げた。


 そして、その直後にボクは意識を失った。

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