第21話 須藤と亀田

***<須藤>***


 星羅をボクの好みに染め上げるだけ。そう思った瞬間、パシャリというシャッター音が鳴り響いた。


「だ、誰だ!?」

「須藤王、この証拠をバラまかれたくなければ涼風さんから離れろ」


 生徒会室の扉、そこにはカメラを構えるひょろひょろの眼鏡男子がいた。


「お前は……誰だ?」

「僕は亀田東里。去年、同じクラスだったけど覚えてないなんてね。やっぱり、君にとって僕なんて眼中になかったってことか」


 亀田東里。

 そうか、どこかで見覚えがあるかと思えばあの亀田か。クラスの隅で写真を見てニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていた男だ。

 ボクの最も嫌いな人種だ。


「もう一度言う。涼風さんから離れろ。君がしていることは犯罪だ」


 自信たっぷりにそう告げる亀田。

 恐らく、自分が優位に立っているとでも思っているのだろう。バカな男だ。

 自分の実力も見極められないなんてね。


「はあ、仕方ないね」


 そう言って、ボクは亀田に向けて星羅を投げつける。

 突然の出来事に亀田は慌てながらも星羅を抱きしめる。その瞬間、ボクはポケットの中にあるスマホを取り出す。

 まるで、星羅を無理矢理抱きしめているように見える亀田の写真を撮った。


「そうだな。例えば、こんなシナリオはどうだい? 君は涼風さんに襲い掛かった変態ストーカー。そして、ボクはそんな君から涼風さんを守ったヒーロー。片やクラスの日陰者。もう片方はクラス内でもそれなりの人気者だ。いい配役だと思わないかい?」

「ふ、ふざけるな! 僕に罪を擦り付けようたって、僕には証拠があるんだ!」

「それで?」


 亀田が怯む。

 開き直られるとは思っていなかったのだろう。


「確かに、君はボクが星羅を抱きしめている写真を持っている。でも、ボクも君が星羅を抱きしめている写真を持っているよ」

「じょ、状況が違うよ!」

「でも、それは周りの人間には分からない。さーて、学校の人はどっちを信用するかなぁ? クラスの日陰者で、魔法少女を見てニヤつく君と、クラスの友人たちと日々健全に青春を謳歌するボク。バカでも分かるだろう?」


 漸く状況が理解出来たのか顔を青ざめる亀田。

 そう、既に勝負はついていた。この世界において”誰がしたか”は大きな影響を持つ。

 この学園という小さな社会においてが、碌に友人を作る努力もせず、自分の世界に引きこもっていた時点で亀田はどれだけ足掻いてもボクより下だ。

 

「まあ、君が何もしなければボクも見逃してあげるよ。いつもみたいに自分を守って、隅に一人でいるのが君にはお似合いさ」


 言い返すことも出来ないのだろう。顔を伏せて黙りこくる亀田。

 写真を撮られた時は焦ったが、撮ったのが亀田のような小物でよかった。こういう奴は結局、何も行動出来ない。


 さて、一時とはいえ亀田に触れられて星羅も嫌がっているだろう。彼女の王子様として直ぐに助けなくては。


 星羅の腕を取ろうと手を伸ばす。

 だが、その手は亀田によって弾かれた。


「……どういうつもりかな?」


 強く睨みつけると、亀田は小物らしく身体を少しだけ引いた。だが、それも一瞬で直ぐにボクを睨み返してきた。


「僕はもう、一番大切なことから見て見ぬふりはしないと決めたんだ。涼風さんに、手は出させない!」


 弱いくせに。

 今までクラスの隅にいた癖に。ヒーロー気取りで調子に乗る。

 どいつもこいつも、ボクと星羅の邪魔ばかりして。


「調子に乗るなよ。星羅は君なんて求めていない。星羅にはボクのように、努力し、運動も勉強も出来て、友人もいる男が相応しいんだ! 君のような碌な努力もせずに星羅に近づく害虫が星羅の傍に近寄ってはいけないんだああああ!!」


 その瞬間、感情の昂ぶりに呼応するかのようにボクの身体から黒い靄のようなものが姿を現し、人型の化け物の形を成す。

 それは正に、度々街で姿を現し人を襲う魔物の姿だった。


「な、何で魔物が……?」


 狼狽えるボクを他所に、魔物は腕を上げる。


 そして、その上げた腕を亀田目掛けて振り抜いた。

 肉が潰れる嫌な音が響き、亀田の身体が壁に叩きつけられる。


「あ、せ、星羅!」


 亀田が抱えていた星羅まで殴られたのではないかと焦ったが、拳が直撃する直前で亀田は星羅の身体を突き飛ばしていたらしく、魔物の拳の餌食となったのは亀田だけのようだった。


「あ……ぐ……」


 壁に寄りかかる亀田の鼻からは血が流れており、苦しそうにうめき声を上げている。

 その亀田にとどめをさすつもりなのか魔物が亀田に一歩近寄る。

 亀田が殺される。かつてないほどに人の死を感じ、思わずボクは声を出していた。


「や、やめろ」


 小さな声だったが、驚くべきことにボクの声に反応して魔物は足を止めた。

 そして、その目がボクを捕える。

 その瞬間、この魔物はボクに忠実なのではないかという直感が脳裏をよぎる。


「星羅を持ち上げろ」


 自身の直感が正しいかを確かめるべく、魔物に命令を出してみれば、ボクの要望通り丁寧に魔物は星羅の身体を持ちあげた。


「あは、あはは! あははははは!!」


 やはり正しかった。

 この魔物はボクの命令に従う忠実な僕だ。


 胸を覆う全能感。これだけの力を持った存在がボクの言うことを聞くのだ。

 不可能などない。これなら、亀田だろうと、冴無だろうと、例え警察が邪魔してこようと簡単に跳ね返すことが出来る。


 天はボクに味方している。

 やはり星羅とボクは結ばれる運命なんだ!


「よし、そのまま星羅を連れてボクについて来い」


 物言わぬ魔物に命令を出し、生徒会室を出る。

 亀田はもう眼中になかった。いつでも殺せる虫なんて、放っておいたって構わない。


「お、おい! 凄い音がしたが何かあった――ひっ! ば、化け物!!」


 廊下を歩いていると階段の方から、先ほどの魔物が亀田を殴りつける音を聞いたであろう教員が姿を現す。

 そして、ボクの背後の魔物の姿を見て顔を青ざめた。


「騒がれると面倒だな……。魔物、黙らせろ。命は奪うなよ」


 ボクが命令すると、魔物は星羅をその場に置き即座に教員に近づく。

 そして、教員の首を掴み壁に叩きつけた。

 鈍い音が響き、壁が揺れる。そして、さっきまで騒いでいた教師は静かに壁にもたれかかった。


「はぁ……バカが。派手な音を出したら、また別の人間が来るだろ」


 ボクの苦言もどこ吹く風な魔物。

 力はあるが知能はないタイプか。スマートではないところはボクの好みとは違うが、まあいいだろう。


「ボクは機嫌がいい。今回のことは見逃してやる。さっさとボクと星羅を抱えて人気のないところへ連れて行け」


 ボクの命令に従い、ボクと星羅の身体を掴む魔物。

 そして、そのままボクらを連れて魔物は二階の窓を破り、夜の闇へと消えていった。




 星羅とボクを連れて魔物がやってきた場所は昨日あの怪しい男と取引をした廃墟。

 夜だが窓から差し込む月明かりのおかげで星羅の表情は見える。


 瞼を閉じているところを見る限り寝ているようにも見える。

 思わず撫でたくなるような美しさだ。


 この女がボクのものになる。考えるだけで恍惚とした笑みが止まらない。


「ふふ、ふふふふ。式はどこであげようか? 地中海なんてどうだろう。行ったこと無いけど、名前の響きがいいからよさそうだよね」


 これからの未来に胸を膨らませながら、星羅の頬に手を伸ばす。

 あと数センチで星羅に触れる――その間際だった。


 ギギギという重苦しい音と供に、扉が開く。


「なっ……お、お前は……」

「よお。海の底から蘇って来たぜ……!」


 扉の先。

 そこには頭に海藻を被った冴無良平の姿があった。

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