第2話 目覚め

「冴無君!」

「はっ!!」


 全てを思い出し、目を覚ました俺の視界に涼風の顔が入り込んでくる。

 光を反射し輝く銀髪に、若干つり目な大きめの瞳。

 前世では見たこともない絶世の美少女がそこにいた。


「ふおおお!! す、涼風さん!? す、すいませんでしたああああ!!」


 飛び上がり、直ぐに距離を置く。

 そして、先ほどまでの自分の愚行を思い出し額に頭を打ち付ける。


「ちょ、ちょっと! さっき頭を打ったんだから大人しくしておきなさい!」


 なんと、涼風さんは脅迫という最低な行為をした俺に慈悲の心を持ち合わせているらしい。

 人格者過ぎるだろ。こんないい人を俺は脅して、自分の欲望のはけ口にしようとしていたなんて……!


「本当に、すいませんでしたああああ!!」

「分かったから、もう止めなさい!」


 再度、強く額を床に叩きつける。

 ゴンッという鈍い音と涼風さんの声が澄み切った青空に響き渡った。



***



「一応、保健室に行くことをお勧めするわ。脅迫したことについては、反省しているみたいだし、もういいわ。ただし、二度とああいう人を傷つけたり、苦しめたりすることはしてはダメよ」

「はい!! 本当にすいませんでした!」


 結局、涼風さんはこれといって俺を処罰することなく見逃してくれた。

 何でも言うことを聞くと言った俺に対して唯一彼女が出した条件が「人を傷つけるな」なのだから、本当に彼女の聖人具合がよく分かる。

 もしかすると、人の皮を被った天使か女神なのかもしれない。


 彼女が屋上から出て行った後、俺は一人で空を眺めながら考える。


 涼風さんは優しい。

 だが、この世界にはそんな涼風さんの優しさに漬け込み、彼女を我が物としようとする欲深い存在がいる。前世を思い出す前の俺の様に。


 そして、そんな存在たちによって彼女は心身ともに追い詰められていき、最後は闇堕ちする。

 魔物たちから人々の生活を守るために戦う魔法少女の彼女が闇堕ちしたことで世界は闇に包まれて生き、力と欲望が支配する最悪の世界に変わる。


 それが前世で俺がプレイしたゲームが辿るバッドエンドだ。

 勿論、ゲームなのだから涼風さんが闇堕ちしないエンディングもある。だが、そのエンディングでも彼女が人々の欲望によって心身を傷つけられることになるという部分は変わらなかった。


 この世界がどちらの運命を辿るかは分からない。

 それでも、涼風さんに出会い俺は思った。


 こんなにも心優しく、人のために影ながら命がけの戦いを繰り広げる少女が不当に傷つけられていいはずがない!!


「やるしかないな」


 前世の記憶を何故思い出したかは分からない。だが、これも一つの運命なのだろう。

 目標は一つ。

 涼風さんを、彼女をつけ狙う人間たちから守り抜き、世界と彼女の破滅を阻止する!!


「まだ見ぬエンディングを求めて、俺の物語は今幕を開ける!!」

「あっ――」


 点に向かって人差し指を突き上げ、ポーズを決めながら叫び終えるとほぼ同時に屋上の扉が開く。

 恐る恐るそちらに視線を向けると、そこには申し訳なさそうな、気まずそうな表情を浮かべる涼風さんの姿があった。


「す、涼風さん……?」

「あの、先生が進路希望早めに出せって言ってたの伝え忘れてたから……その、急に開けてしまってごめんなさい。それじゃ、私は帰るわね」


 そう言うと彼女は逃げるように姿を消した。


 彼女が姿を消してから数秒後、俺は点を見上げ深く息を吐いた。


 恥ずかしいいい!!

 前世の記憶とか思い出して、完全に調子乗っちゃってたああああ!!


 こうして、俺と魔物と変態たちによる一人の少女を巡る戦いは幕を開けた。

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